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第104話 三騎竜

 中央に構えるは、三騎竜の一角。天霊軍を束ねる角将(かくしょう)【アバラハン】。


「全軍、前へ!」


 その号令の元、最前線に陣取ったコボルト族達が、得物を掲げた。


 時を同じくして、ツキカゲを拉致した鱗将(りんしょう)【マキミズ】も軍配をかざした。


 また同時に、翼将(よくしょう)【ライケイ】も高々と(とき)の声を上げた。


 天霊ブローキューラ軍、20万。

 たった1万の魔王マリアベル軍を殲滅すべく、一斉に突撃を開始した。


 地が鳴り、震える。

 土煙が舞い上がり、樹海の木々が悲鳴を上げるようにざわめく。

 ひとりひとりは小さな力かもしれない。

 しかし、圧倒的な数の暴力。

 大地を埋め尽くすほどの巨大なひと塊の小さな力は、蠢く尊大な巨獣となりて、静かなる樹海に襲い掛かった。

 狂暴なほどに。


 

―――天霊軍の上げる雄叫びが巨木の群れを震わせながら、樹海へと雪崩れ込んでいった。


 その巨大な獣を構成する細胞の片隅に、その男はいた。


(俺が!俺が!手柄を上げるんだ!手柄を上げて、天霊様のお側に就いて、そんでもって、いっぱい金を稼ぐんだ!待ってろよ!ソフィア!アルベルト!ジェシカ!父ちゃん、出世して帰るからな!)


 深緑の鱗に覆われ、爬虫類の如し顔を持つ獣人種コボルト族の青年だ。彼は自らの欲望を叶えるため、この戦に民兵として参加した。

 右手に携えた片手剣を振りかざし、同じくコボルト族の何万もの兵隊と共に、霧深い樹海を駆けていた。


(手柄!手柄!手柄!)


 先行する仲間達に蹂躙され、樹海の下草は無惨に躙られ、柔らかな腐葉土は既に踏み固められている。彼にとっては走りやすいことこの上なく、奪われた小さな生命になど思いを巡らせる隙すらなかった。


(手柄!手柄!手柄!)


 前へ前へと進むうち、折り重なるようにそびえる巨木に道を塞がれる。仲間達が道を変え、それでも前へと進んで行く。彼もその後について駆けた。


(手柄!手柄!手柄!)


 ようやく少し拓けた場所へと辿り着いた。

 霧の中、人影が目に留まった。

 剣戟の音が響いてきた。

 どうやら遂に会敵したらしい。


(手柄!手柄!手柄!手柄!)


 青年は片手剣を振り上げ、鋭い金属音を響かせた影へと斬りかかった。


「手柄ぁー!」


 濃霧の中でもはっきりと捉えられるほど、相手が目前に迫った。


「はい、さようならぁー!」


 声と共に青年の目に映ったのは、たなびく濃紺の髪と、白い霧に浮かび上がる淡い樹海の景色だった。

 まるで空を翔んでいるかのように、くるくると景色が回っている。そして、何も見えなくなった。



 迫り来たコボルト族の首を切り上げ、ゴルウッドが声を張った。


「オラ、どうした!?まだまだこんなもんじゃねぇぞ!どんどん来いやぁー!」


 切り上げたと同時に、敵から奪ったなまくら刀が悲鳴を上げて折れた。


「ゴルウッド!こっちだ!」


 霧の中からフォスターの声が聞こえてくる。同時に肉の切れる音も響いてきた。


「ここに落ちてる剣を集めた!どんどん使え!」


 見ると、大柄のコボルトから剣を引き抜くフォスターの傍らに、無数の剣が突き立てられていた。


「ありがてぇや!流石、気が利くな!」


 簡易的な武器庫の完成だ。

 ゴルウッドは無造作にその内の一本に手を掛けると、


「背中を狙うんじゃねぇよ!卑怯もんが!」


 肩を回し、引き抜いた剣を背後へと打ち下ろした。若きグールを討とうとした敵のコボルトは、肩から下腹部にかけて真っ二つに切り裂かれて絶命した。


「かかってこいや!真っ正面からなら、いくらでも勝負してやんよ!」


 ゴルウッドの雄叫びが樹海に木霊した。その足元には、おびただしい数の亡骸の山が築かれていった。




(あーあー、バカだねぇ。)


 鬼神の如く無双するグールの青年に群がるコボルト兵達を、冷ややかに眺める者があった。

 樹上から周囲を見渡し、戦況を見極めんとするのは、ドラゴン族の女だった。


(あんな狭いところに誘い込まれて、命を粗末にしやがって。)


 戦場として使われているのは、恐らくこのために用意したのだろう、少し拓けた空間はさながら広場のようだった。


(ったく、これだから低能なコボルトは。)


 頭上からならよく分かる。まるで光に集まる羽虫のように、コボルトの雑兵達が続々と広場に流れ込んでいく。

 が、いかんせん手狭な空間だ。敵対するグールとインキュバスと対面出来るのは、多くてもせいぜい20人程度。

 その全てが一刀の元に斬り伏せられていた。

 更に後方では、群れからはぐれた者達をスケルトンやゾンビといったアンデッド兵が待ち受け、次々と駆逐されていく。

 その数、ゆうに万は下らないだろう。


(木っ端共じゃ話にならんな。)


 これ以上無駄に戦力を浪費するのは得策ではないと判断した女が、口角を大きく裂いた。

 瞬間だった。

 その口腔からドラゴン族の閃光(レーザー)が放たれると、グールらの躍動する広場を横切った。

 無論、数千を駆逐する敵の反応速度なら避けられぬものではない。

 だが、女の意図は全くの別物だった。


 ゴルウッドらの立ち回る広場を囲む大樹達が、鋭い閃光により呆気なく濫伐された。

 同時に一瞬ではあったが濃霧も取り払われた。


 大樹達が倒れ伏すよりも速く、先程よりも数倍も広く拓かれた広場に、コボルト族の群れが雪崩れ込んできた。

 グールとインキュバスの動きに焦りが出るのが手に取るように分かる


(あっはは!さてさて、どこまで持つのか、見物だわね!)


 太い枝の上に腰掛けながら笑うその女のドラゴン族こそ、鱗将マキミズその人だった。



―――ゴルウッドとフォスターの部隊が優位性を失いつつある頃、樹海の至るところで木々が悲鳴を上げながら倒れ始めた。

 

「シット!こちらの意図が読まれ始めましたわね!」


 執事達と同様に、コボルト族の死骸の山を築いていたララが声を張り上げた。


「思ったより早かったね!そっちの戦果は!?」


 敵兵の四肢を食いちぎるヒョウに向かい、頭蓋を噛み砕いた直後のコヨーテが問い掛けた。


「1万ってところかしら!そっちは!?」


「ボクもそんなもんだと思う!」


 四方八方から群がる天霊軍の雑兵を蹴散らしながら答えるアイネ。その声色から少しずつ余裕が無くなっているのが感じ取れた。


「フォスター達も同じ程度だとして、まだ半分にも満たないじゃない!」


「まずいよ!あっちも少しずつ崩されてる!」


 アイネが目を向けたのは、後方で奮戦するクロエの配下達だった。圧倒的な数の敵兵に取り囲まれ、ひとり、またひとりと斃れ始めている。


「ファック!これじゃクロエさんに顔向け出来ませんことよ!」


「どうしよう!少し下がる!?」


「冗談じゃない!わたくし達が引けばそれこそ敵を勢い付かせるだけよ!一歩たりとも引かないわ!」


「分かった!」


 ふたりを押さえ付けるようにコボルト族が群れをなして飛び掛かる。全身を震わせて振り払うと、ヒョウとコヨーテは咆哮した。

 それは、悲痛な叫び、と言えた。



「これはこれは、お疲れのようで。マドモワゼル。」



 そんなふたりの叫びを嘲笑うかのように、おどけた口調で声を掛ける者があった。

 まるで道化のような出で立ちをした、男のドラゴン族が翼をはためかせて浮いていた。

 どうやらふたりが疲弊するのを待っていたのだろう。


「お前……」

「誰!?」


 アイネとララの問いに、男は満面の笑みを浮かべて答えた。


「貴女方を冥府へと(いざな)う死神……とでも申し上げましょうか。」


 このふざけた道化こそ、翼将ライケイその人だった。


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