第103話 絶望の森を突き進む。
「どうだい?ミュシャ。」
風穴から敵勢の様子を眺める背中に向け、マルハチが問い掛けた。
ミュシャは振り返ると、双眼鏡を握った手を下ろしながら答えた。
「はい!いっぱいいます♪」
無論、双眼鏡などは握られてはいない。指を丸めてそれっぽくしてみただけだ。
「いっぱいいるのは分かってる。内訳を知りたい。」
よくもまぁ、こんな時まで冗談を言えたものだ。
いつもながらなのだが、マルハチは頭痛を感じなかった。ミュシャの冗談が場を和ませる。逆に感謝しているほどだった。
「そうですね、少しドラゴン族や他の種族も混じってますが、大体はコボルト族みたいです。」
「コボルト族は古来よりドラゴン族の眷族だからね。彼らが主力なら、アンデッド族やゴブリン族が主力のうちでも何とかやれるだろう。それで、ドラゴン族の配置は?」
「あそこと、あそこ、それからあそこに何だかお偉い感じのドラゴン族がいますよ♪」
ミュシャが三方向を順に指差していく。樹海から見て左右45度と正面。見事に均等に分かれていた。
「それが三騎竜というやつだな。」
ミュシャの傍らに立ち、マルハチが呟いた。
「また強そうな名前の人達ですね!」
ミュシャの瞳が怪しく揺らめいた。
「ああ。現代のドラゴン族だが、天霊に魂を支配されて配下となった、名うての戦士らしいね。」
「それも白狼の記憶なんですかい?便利な機能ですね。」
ゴルウッドが笑いながら言った。
「人の頭を道具のように言うな。」
部下の茶化しを諌めつつ、マルハチが背後へと向き直った。
「奴らは非常に強力だ。白狼の記憶によると、ひとりひとりが白狼に匹敵するほどらしい。」
「ツキカゲさんを拐ったのはあの人です♪」
ミュシャが向かって右の三騎竜を指差した。
「僕と白狼の繋がりのせいで、ツキカゲが時空転移を使えることが天霊にバレてしまったからね。だから彼女がいの一番に略取された。」
「北部から増援を呼べないのは痛いですね。」
ミリアが沈んだ声で呟いた。
「こちらの手勢はサルコファガスから脱出した1万のみ。絶望的です。」
それに同調するようにライリーが漏らした。
「確かに、まともにぶつかり合えば。」
マルハチが顔を上げた。
「幸運にも、戦場は樹海だ。」
「たしかに、たいぐんにはふりだな。」
「そうだ。綿密な計画を立てれば、あるいは。」
「すでにたっている。というかおをしているな?」
クロエがマルハチを見やった。
「ああ。最低でも、すぐには潰されないくらいの策は、ね。」
マルハチが笑い返した。
「きこう。」
「まず、プージャ様の小屋を守るため、ライリーの小隊はこの風穴で警護に当たってくれ。」
「はっ!」
「そしてクロエ。君は大隊5千を率いて樹海の境、最終防衛線を守って欲しい。」
「わかった。」
「それから残った5千をふたつに分ける。ゴルウッドとフォスターが左手を、アイネとララは右手を。それぞれが中隊を率いて防衛に当たるんだ。」
「「御意。」」
「「分かりました。」」
樹海を指差しながら、マルハチの指示が下されていく。
「さて、ここからが特に重要だ。」
マルハチが、残った執事に視線を向けた。
「ナギ。君はクロエと共に後方に回り、舞台を演出して欲しい。」
「舞台?」
その意味深な表現に、ナギはピンをきたようだ。室長よろしく、ニヒルに口角を上げて見せた。
「ああ。幻術で樹海に霧を掛けて道を絞るんだ。どれほどの大群だろうと、戦場に流れ込む人数が限られれば、実際に前線で戦闘に参加できるのは少数になる。それに飛来するドラゴン族対策にもなる。が、この広さだ。やれるかい?」
「室長。俺はあなたの部下ですよ?当然です。」
「だろうね。」
お返しとばかりにマルハチも口角を上げてやった。
「マルハチさん、マルハチさん♪」
そんなキザなやり取りをするふたりの間に、能天気な声が割り込んできた。
「ミュシャ達は何をしたらいいですか?」
そう、ミュシャだけではない。ミリアもまた、名を呼ばれなかった。
マルハチはそんなふたりに顔を向けた。
「君達は遊撃隊として動いてもらう。」
その眼光は、単純な指示とは裏腹に、鋭い輝きを放っていた。
「遊撃隊……ですか?」
その異常な視線に何かを感じ取ったのか、ミリアは言葉を詰まらせた。
一体その視線の意味は?
ミリアが問い掛けようとした時だった。
「はい♪」
ミュシャがそれを遮った。
「頼むよ。」
マルハチがミュシャに掌を差し出した。
その掌に勢いよく小さな手を叩き付けるミュシャ。
それだけでふたりのやり取りは終わってしまった。
きっとふたりだけに理解し合える何かがあるのだろう。どうやら置いてきぼりを食らってしまったようだ。ミリアは心中で溜め息をついた。
「さて、準備はいいね?」
作戦の伝達を終え、マルハチが改めて全員に向き直った。
後は時を待つのみ。
マルハチの顔が、そんな心情を物語っていた。
「では、後はボクらに任せて、しっかりと姫様をお守り下さいね。」
晴れやかな表情のマルハチにアイネが笑い掛けた。
途端にマルハチの頬が赤く染まった。
「す、すまない。僕の配置を伝えるのを忘れていた。」
いつも通りの癖で髪をくしゃくしゃに掻くと、マルハチは口を開いた。