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第7話 炎のくちづけ

 プージャが目を閉じた。


黒薔薇の貴公子が、その潤んだ唇に、

唇を重ねた。






黒薔薇の貴公子の眼孔から、炎が噴き上がった。





「!?」


プージャを突き飛ばそうと腕を伸ばした。

しかし、それよりも速く、


「プージャ様!」


マルハチがプージャの体をかっさらった。


「なん…だ!?これはぁー!!」


眼孔から燃えがった炎は瞬く間に頭部を飲み込み、全身へと広がっていく。

炎に巻かれた黒薔薇の貴公子が怒声を上げた。


「プージャ様、失礼。」


プージャを抱きかかえ、邪神像の前に着地したマルハチがプージャの唇をハンカチで丁寧に拭った。


「マルハチぃー!!貴様ぁー!!」


黒い炎に焼かれ、両手で顔を押さえながら黒薔薇の貴公子がもがいている。

それでも、プージャの炎は焼き尽くすことをやめなかった。


「残念でしたね。薔薇は、よく燃えますので。」


「あああああ!?あああああぁぁぁぁー!!」


全身が焼け爛れていく。

貴公子が苦しめば苦しむほど、さらに炎は激しさを増すばかりだ。


「何故だ!?この僕をぉー!!何故、二度もぉー!?」


遂には両手をついて倒れ伏した。


「二度も殺される方が悪いのです。」


マルハチが吐き捨てた。







 巻き戻すこと、数日前。


「本当に次は黒薔薇の貴公子っつーのが来るん?」


ベッドの上に寝転びながら、プージャが問い掛けた。


「ええ。間違いないでしょう。」


マルハチはベッドの脇に寄せた椅子に腰掛け、膝の上に広げた分厚い本に目を落としていた。


「数百年前に忽然と歴史の表舞台から姿を消した黒薔薇の貴公子。その理由が、マリアベル家の家族史に記されています。」


「家族史?なにそれ。そんなんあるの?」


「プージャ様。ちゃんと図書室の蔵書はお読みになって下さいませ。」


「えー。めんどいなぁ。とりあえずかいつまんでおせーて。」


「元よりそのつもりですが。

この史書によると黒薔薇の貴公子は、ラクシャサ・ウル・マリアベルと婚姻を結び、その夜に妻によって暗殺されました。」


「え?その人って、」


「そうです。プージャ様の大叔母様にあたる人物ですね。」


「へぇー。そーなんだ。」


「これをご覧下さい。」


家族史の本をプージャに手渡した。

そこには、女性の肖像画が描かれていた。


「え?これ、私か?」


「そうです。あなたとあなたの大叔母様は、瓜二つなのです。」


「うぇー。なんか気味悪い。」


「その偶然があなたに味方するのです。」


「ふーん。そんなもん?」


「ええ。破壊神バルモンを破ったことが周知のところとなった今、多くの魔王があなたを狙い始めるでしょう。

召喚の儀の後、石棺の帝王があなたに手を上げた際、黒薔薇の貴公子はあなたを助けました。

理由など私の知るところではありませんが、他の魔王よりも先駆けて、奴があなたに近付くことは予想に難くありませんよ。」


「んで、いつ来るん?」


「そこまでは。」


「えー。じゃ意味ないじゃんさ。」


「ですので、網を張りましょう。いつ奴が現れてもいいように。奴が他の魔王同様に居城を持ったという話は今のところ聞き及んでおりません。奴の能力と、史書から思考を読み解く限りでは、恐らく単独で潜入してくるでしょう。

それを待つのです。」


「ふーん。」


「屋敷の警備は最低限に抑え、気持ちよく潜入させるのです。出来る限り安心感を与え、そして仕留めるはプージャ様、あなた自身です。」


「え?私?」


「はい。」


「無理!戦いとか無理!」


「安心して下さい。戦いはしませんから。プージャ様に魔術を施します。」


「魔術?どんな?」


「決められた相手があなたに触れた瞬間に、黒の炎(パイロマヴロス)が発動する魔術です。それなら、例えあなたが幻術をかけられたとしても、自動的に相手を攻撃出来ます。」


「そんな便利な。」


「蔵書に納められた秘術のひとつです。門外不出。本当にマリアベル家の蓄えた知識には脱帽致します。」


「んで、どーすんの?」


「対象を目の前にして、その対象が描かれた特殊な肖像画に触れることで術はセットされます。」


「なんよ?特殊な肖像画って。」


「これです。」


指差したのはマリアベル家史だった。


「この家族史に描かれた肖像画こそ、それに違いありません。」


「へぇー。そんなんまで書いてあるんだ。」


「だからちゃんとお読み下さいと申してるのです。確か、プージャ様の絵本の中に、黒薔薇の貴公子そっくりの登場人物が出てくる話がありましたね?」


「お!?よくご存知で!【君がランチを食べるまで】だね。マルハチ君もやっとこ興味出てきたかのぉ。」


「そちらにこの肖像画を仕込ませて頂きます。後は、肌身離さずその本を持ち歩いて下さい。そしていざと言う時には。」


「触るのねぇー。そんなら簡単だぁ。」


「はい。プージャ様。」


マルハチがプージャの目をじっと見据えた。


「ん?どした?」


「鼻くそが飛び出てますよ。」


「うむ。」


執事に鼻をぐしぐし拭かれながら、魔王は威厳に満ちた声で頷いた。







 「あああああ!あああああ!」


黒薔薇の貴公子の苦悶に満ちた声が、徐々に小さくなっていく。

最期の時が迫っていた。


「っぶへ!?」


マルハチの腕の中でプージャが目を開いた。


「お目覚めですか?プージャ様。」


「やべぇマルハチ。暗黒仮面騎士様とチューする夢見たわ。」


「それは結構。目覚めたばかりで申し訳ありませんが、少し黙ってて下さいませ。」


黒薔薇の貴公子の動きが止まった。


「……死なん……このまま……ひとりでは…………死なん!」


マルハチはプージャを抱き締めながら身構えた。

最期に何かするのは分かっている。

その何かを、プージャを連れたまま防ぎきればマリアベルの勝ちだ。

マルハチは神経を研ぎ澄ませた。


「ラ……くシャ……さ……」


断末魔と共に、貴公子が腕を伸ばした。

プージャに向けて、プージャを求めるかのように。

背後から気配がした。

マルハチは視界の隅で何かが動くのを捉えた。

気が付いた時には遅かった。

ふたりに向かって、巨大な邪神像が倒れ込んできたのだ。

それはただの重力ではなかった。

黒薔薇の貴公子が最期の力を振り絞り、ふたりを道連れにせんと像を飛ばしたのだ。


(速い。この大きさでこの速さ。)


まるで猛獣が獲物に襲い掛かるかの如き凄まじい速度で、邪神像がふたりに迫る。


(この速さは、避けられない!)


プージャを庇うことすら間に合わない。

像から突き出した無数の角が、今まさにふたりを串刺しにしようとしていた。


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