第九話 マグスは、一人じゃない!
「んじゃ早速加入するって伝えないと」
「そうだな。ところで連中の宿、知っているのか?」
「……」
聞いてなかったわ。
えー、どうしよ。
「やっぱ加入やめるか」
「諦めるの早くない!?」
魔王が突っ込んでくるが、そんなこと言ってもなぁ。
冷静に考えれば夜のお店に行けばいいだけなわけだし。
「……、素人」
「よし、頑張って探そう!」
さーって、まずは冒険者ギルドに行けばいいかな?
指定の宿に泊まってるみたいだし、そこを教えてもらえばいいだろう。
「うお!? え、何!?」
「どうしたマグス?」
急に頭の中にピコーンって音が鳴り響いた。
慌てる俺の頭の中で、繰り返しその音が鳴り続ける。
「なんか頭の中でピコーンピコーンって音が……」
「ん? ああ、それは通信系の魔法だな」
「通信?」
特に害のある魔法ではなく、距離の離れた仲間同士で話をしたりするための魔法らしい。
「えーっと、このピコーンピコーンってのが何かしらの暗号になってるとか?」
「そんなわけ無いだろうが。その音は呼び出し音だ」
魔力を使って頭の中の音を掴むようにすれば繋がるらしい。
そういうことは先に言って欲しかった。
「こう、かな?」
(あ、繋がった。ごめん、寝てた?)
「おわっ!?」
脳内に直接声が書き込まれるというか叩きつけられるというか、なんともいえない違和感を覚える。
「掴む力を弱くすると音が小さくなるぞ」
「なるほど……」
だからそういうことは先に言えと。
まぁいいや。
(もしもーし。マグスー? 繋がってるよね?)
(あー、てすてす)
(お、聞こえた聞こえた)
どうやら相手はライアさんらしい。
(急にごめんね。取り込み中だった?)
(いえ、初めて通信の魔法使ったので使い方がわからなくて)
初めて使うどころか、同じ系統の魔法を一度も使ったことがないのだ。
そうなると感覚を掴むのにどうしても少し手間取るんだよね。
繋がっている今も制御するのに少し苦労しているくらいだし。
(え?)
(はい?)
(もしかして、マグス……)
やばい。
なにかまずいこと口走ったか?
考えてみれば勇者たちのことを俺は全く知らない。
何が地雷になるのが慎重に発言しなければ。
もし魔王の存在がバレたら俺の首はすぐに落とされることになるのだし。
(ううん、いいわ。マグス、私たち友だちになろう……?)
(え? どういうことですか?)
何やら悲しそうな、そして慈愛の籠もった声でライアさんが俺に語りかける。
(大丈夫、大丈夫だから。ね?)
(は、はぁ……)
しかし友だちって、パーティーメンバーって話じゃなかったの?
それがなぜそんな話になるのだろう。
あれか、トモダチっていうのは勇者たちにとっての隠語なのだろうか。
(それにしても、個別通信でよかったわ。戦略通話で繋げてたらシスティーあたりが暴走してそうだし……)
個別通信? 戦略通話?
またわからない単語が出てきたな。
「個別通信は一対一、戦略通話は複数人での同時会話が可能な魔法だ」
「なるほど」
システィーってシスティーヌさんのことだよな?
あのおっとりとした人がなんで暴走するんだろうか。
(マグス、友達として私が貴方を守るから!)
(あ、ありがとうございます?)
(だから、私たちのパーティーに安心して入ってね!)
(あ、はい)
(よっしゃ! んじゃ明日から早速よろしくね! 朝一ギルド前集合で! おやすみ!)
ライアさんは勢いよくまくしたてると通信の魔法を切ったようだった。
少し呆然としてしまう。
「……」
「どうした?」
「あ、いえ、とりあえず仲間になることは伝えました」
うん、重要なことは伝えたから大丈夫だよな。
それにしてもパーティーか。
最後に組んだのは何年前だったかな。
「ほう、そいつは重畳」
「それで明日から一緒にダンジョンに潜ることになりそうです」
「なるほど、ダンジョンに……。ちょっとまて」
「はい?」
一緒に潜るとなると戦闘が発生する。
俺はそのことをすっかり失念していたのだった。
「お、おはようございます……」
「マグス、おはよう!」
「なんだ、眠そうだな。大丈夫か?」
かなりギリギリの時間になってしまい、冒険者ギルドの前に行くと既に皆集まっていた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫……、久しぶりのパーティーで緊張しちゃって」
「緊張して寝られなかったのですか? うふふ、可愛いですね」
なんだろうこの悪寒。
いや、大丈夫だ。
なんせ彼女たちは勇者。
後ろから刺すなんてことはしないはずだ。
「さ、それでは行きましょうか」
「ええ、期待してるわよ」
俺のポジションは斥候兼前衛だ。
と言っても罠の位置も熟知していれば魔物たちもみんな知り合い。
大した問題はない。
……、はずだ。
皆、昨夜練習したとおりしっかりやってくれよ……。
俺は若干の不安を抱えたまま、ダンジョンへ向かうのだった。
「はっ!」
「GUGYAAA!」
妙に顔ののっぺりしたオーガロードが地面へと倒れる。
その体からは紫色の体液が流れ出していた。
「やるものだな」
「凄いの」
隣に立つシャルロットさんと少し後ろで杖を構えるリノが俺を褒める。
「一撃かー。ほんと拾い物だったわ」
「頼りがいがありますわね」
更にその後ろでは、弓を放つ間もないとぼやくライアさんと安心できると笑うシスティーヌさんがついてきている。
彼女たちの様子をこっそり伺うが、違和感には気がついていないようでホッとする。
今倒したオーガロード。
その正体はスライムキングさんだ。
スライムの中でも最高レベルの彼と、変身の得意なオールドドッペルゲンガーさんに協力を仰ぎ、分体を他の魔物そっくりに仕上げてもらったのだ。
わずか一晩でこの仕上がりは上出来だと思う。
顔の造形がいまいちだが、普通の人間には魔物の顔の区別なんてつかないし。
一番心配だった俺の戦闘も、ドッペルゲンガーさんの指導でそれっぽく見えているみたいでホッとする。
俺の動きを再現して、悪いところを指摘してくれたからな。
とてもわかり易かった。
「罠も一瞥するだけで見抜いてるの」
「しかしこれだと少し張り合いがないな」
しかしたった一晩の練習ではどうしても全てを賄えず、細かいところでボロが出てしまっているようだ。
他の斥候やっている人の動きなんて俺は知らないし、教えてもらう時間もなかったからな……。
「まぁ、このダンジョンは俺の家みたいなものなんで」
「なるほどなの」
リノは初めて会ったときのことを思い出したらしく、納得してくれた。
「しかし単騎で最下層まで踏破しているというのは本当だったのだな」
「魔物の少ないルートを知っていれば案外どうにかなりますよ」
と、いうことにしておく。
嘘に嘘を塗り重ねてていつ破綻するか怖くて仕方がないが。
もしバレたら冒険者なので秘密もありますよと逃げるしか無いだろう。
「そういうものか?」
「もう中層を越えていますけど、あまり魔物と遭遇してませんものね」
スライムキングさんもずっと俺たちに付き合っていられるわけじゃない。
彼は彼で仕事があり、書類仕事の合間を縫って手伝ってくれてるのだからあまり文句も言えない。
もちろん、部下のビッグスライムさんたちも協力はしてくれているが彼らが作れる分体だとせいぜいオーガ程度まで。
各階層のボスや、下層の魔物はそれに相応しいレベルで作れないのだ。
あ、もちろん俺の相手をしている魔物はビッグスライムさん製だけどね。
見た目だけ同じであれば問題ないし。