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第一話 魔王、食べちゃいました。

「腹、減った……」


 夜の街の片隅。

 俺はうずくまり飢えを耐えていた。

 表通りからは賑やかな喧騒と出店のものと思わしき食べ物の香りが流れてくる。


「あのゴブリン倒せていれば黒パン一個くらい買えたのにな……」


 あと少しというところで逃げられた獲物の姿を思い出しながら俺はつぶやく。


 財布の中には銅貨一枚すらない。

 武器を売れば食べれないこともないが、それだと冒険者としての人生が終わってしまう。


「うう……死ぬ……。んぁ?」


 空腹のあまり目が回ってきた俺の目の前に、いつの間にか黒い玉のようなものが落ちていた。

 いびつな形をしたそれは、俺の霞んだ目には黒パンに映った。


「く、黒パン! いただきます!」

「ま、まて! やめろ! うわあああああ!!」


 味わう余裕など無い、とにかく今は胃を満たさないと。

 黒パンにしては妙に歯ごたえのあるそれを、俺は必死になって咀嚼した。



 すべてを飲み込んでからふと気がつく。


「なんか今声が聞こえたような」


 もしかしたらパンの落とし主の声かもしれない。

 だがパンは既に俺の胃袋の中、手遅れだ。

 最悪雑用をする代わりに許してもらおう。


「あれ? 誰も居ない?」


 そう思って周囲を見渡したが、表通りから一本入った裏路地には誰も居ない。

 気の所為、だったのだろうか。


「き、貴様……」

「ひっ!? だ、誰だ! どこにいる!」


 すぐ近くから声はするが姿は見えない。

 隠れるところなど無いはずなのに。


「よ、よくも儂を食ったな!?」

「へ?」


 声の出処は、俺の腹のあたりからのようだった。



「どうしてくれる!?」

「そうは言われましても……」


 声の主いわく、彼は魔王バアル。

 七十二柱の魔王の中でも第一位に叙せられている大魔王だそうだ。

 しかし、勇者に敗れ逃げ出してきたらしい。


「それがさっきの黒パンだったんですか?」

「黒パンではない! 儂の本体たる魔王珠だ!」


 で、身動きができない魔王を俺は食ってしまったと。


「ごめんなさい!」

「ごめんで済むなら衛兵はいらぬ!」


 全くそのとおりで。

 でも仕方がないじゃないか、腹が減ってたんだから。

 というか、人間を滅ぼそうとしている魔王を食べたところで謝る必要はないような?


「腹が減ってたんですよ……」

「腹が減った程度で魔王を食うか普通!?」


 そんなこと言われてもなぁ。

 魔王様は飢えたことはないのだろう。

 あの苦しさを味わえばそんなこと言えないはずだ。


「ありえない! ありえないぞ貴様!! うっ……、何だこれは……」

「え? どうしました?」

「く……、腹のあたりに強烈な違和感が……」

「腹って、魔王様身体無いでしょうに。ハハハハ!」


 って、笑うとまた腹減ってきたな。

 魔王様って腹持ちが悪いんだなぁ……。


「おい、貴様は腹に違和感を感じておらんのか?」

「いえ、強いて言うなら腹が減ったな、くらいで」

「なん、だと……?」


 魔王様いわく、俺と魔王様は感覚を共有しているらしい。

 それで魔王様は現在空腹に襲われていると。


「これが空腹と言うやつなのか……。おい、早く何か食べろ。辛くてかなわん……、うう……」

「いやー、食べたくてもお金がなくてですね」


 それでさっきの黒パン、じゃない魔王様を食べちゃったわけですし。


「金? 金が無いなら稼げばいいではないか」


 何そのパンがなければお菓子を食べればいいじゃない的な発言。

 Fランク冒険者をバカにしているの?

 最下級の魔物、ゴブリンですら倒すのに苦労するんですけど?


「なんとまぁ……、貴様はゴブリンすら倒せないというのか?」

「いや、倒せますよ? ただ苦戦するっていうだけで」


 魔王様が呆れたような声で確認してくるが、Fランク冒険者の殆どはそんなものだ。

 パーティーを組めばいいのだろうが、お互いに背中を刺されないか警戒することになる。

 自分で言うのもなんだが、Fランク冒険者なんてヤクザ以下のゴロツキだ。

 信用なんて出来るもんじゃない。


「仕方ない……、儂が鍛えてやるから感謝しろ」

「えぇ……」

「とはいえ、まずは腹ごしらえだ。魔石を売れば金になるのだったな? 一度ダンジョンに向かうのだ」


 夜にもかかわらず、俺はダンジョンに向かう羽目になるのだった。



「GUGA……」

「えーっと……」


 ダンジョンに入って最初の部屋、俺の前には数匹のゴブリンが武器を持って佇んでいた。

 いつもであれば絶体絶命のピンチのはずな状況。

 だが、今は様子が違った。


「……」

「……」

「……」


 数匹のゴブリンは俺に襲いかかってくることもなく、悲しそうに自らが手に持つ武器を見つめている。

 その原因は俺の腹に収まっている魔王、その人だった。

 魔王様のオーラというか気配というか、とにかく魔物はそういうものがわかるらしく俺のいうことを聞いてくれるらしい。


「何を躊躇している。自らの首を突け」


 まぁ、俺が言ってるんじゃなくて俺の腹からでてる声が命令しているわけですが。


「いやまって!?」

「何を待つのだ? 早く魔石を入手し、金に変えねばならないのだろう?」


 そうだけど! そうだけども!


「あんた今さっきの光景見てなんとも思わないのかよ!?」

「多少思わないこともないが、生きるためには仕方があるまい」


 あんたがそれをいうか!?

 ついさっき眼の前で繰り広げられたホームドラマを見てそんな冷徹な命令下すとか、あんた悪魔か!


「うるさいな、儂は魔王だ。悪魔ごとき下々の者と一緒にするな」

「ああ言えばこう言う……!」

「では逆に聞くが、どうすればいいというのだ?」

「そ、それは……」


 通路からはゴブリンの母子の視線を感じる。

 今ここで対案をなんとか出さないと、彼らの父親は自ら死ぬこととなってしまう……。


「お金、お金さえあればいいんですよね?」

「まぁそうなるな」

「でしたら、ゴブリンたちからお金や売れるアイテムを貰えばいいんじゃないでしょうか?」


 俺の言葉を聞き、ぱぁっとした瞳で目を輝かせる子ゴブリン。

 そして走り去ったかと思えば、すぐに戻ってきて豚の形をした陶器の置物をこちらに差し出してきた。

 背中にはスリットが入っており、硬貨を入れることができそうな作りがしてある。


「えっと、これをくれるってことかな?」

「GUGYAGYA!」


 俺が聞くと勢いよく首を縦に振る子ゴブリン。

 そしてそれを見て号泣を始める大人ゴブリンたち。


 ……。

 俺、明日からゴブリン狩れなくなりそうなんですけど。


 ともかく置物を振ってみれば中からチャリンチャリンと音がする。

 数枚の硬貨が入っているようだった。


「魔王様、これで問題ないですね?」

「ううむ……、なにか違う気がするが……」

「何も間違ってませんよ! な? お前らもそう思うだろ!?」


 こうなったら勢いで押し切るしか無いとゴブリンたちに同意を求める。

 彼らもわかっているらしく、全員揃って首を縦に激しく振るのだった。


「さ! 早く行きましょう! あまり遅くなると出店もなくなってしまいますからね!」

「なに!? それはまずいぞ! 早く街へ戻るのだ!」


 俺はゴブリンたちに見送られながらダンジョンを後にした。

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