表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

 消防車のサイレンの音が闇に響く。

 半ば眠りはじめていた響は、慌ててベッドから飛び起きた。

 カーテンを開いて窓から外を眺める。

(あれは……)

 わりと近くに赤く染まって見える一画があった。

 炎があがっているのは、昨日、立ち寄ったあの空き家のあった方角だ。

 響は急いで着替えて部屋を出ると、炎があがっている方へと急いで向かった。

 想像したとおり、燃えているのは昼間、響が立ち寄ったあの空き家だった。轟々と唸りを上げて真っ赤な炎が家を包んでいる。

 その炎のあがっている家を見た瞬間、響はあることに気がついた。

(ボクはどうしてこんなにーー)

 この街の道は入り組んでいる。それなのに今日、引っ越してきたばかりの自分がこんなにスムーズに火事現場にたどり着けたのだろう。

 そう、それは昼間、伽音がスイスイと細い道を進む後をついて歩いたからだ。この道は彼女が自分に教えてくれた道だ。

(伽音?)

 なぜかわからないが、その顔が思い出せない。

 次第に野次馬たちが増えてくる。

 消防車から放たれる水が、またたく間に湯気になって消えていく。

「火事ですねぇ」

 その声に響は振り返った。響の背後に立っているその声の主はやはり伽音だった。

(そうだ、この子だ)

 響は思い出した。そもそも今日会ったばかりの少女の顔をどうして忘れてしまっていたのだろうと自分でも不思議になる。

「何があったんだ?」

「何って、見ての通りですよ。火事のようですね」

「ここには誰もいなかった。火事になるようなものは何もなかったはずだ」

「いえいえ、あなたが心配するようなことではありません。この火事はね、この火事の原因はね、あの父親らしいのです」

「父親? でも、父親は行方がわからなかったんじゃないのか?」

「ところが今夜、突然、舞い戻ってきたようなのです。そして、自ら家に火をつけた」

「自ら?」

「ーーという噂ですね」

「噂?」

「目撃していた人がいたそうなのですよ。狂ったように家に火をつけて、その中に飛び込んでいく父親の姿をね」

 その姿を想像し、響はゾッとしていた。

「あの子がやったのか?」

「あの子?」

 わざとらしく聞き返す。

「あの昼間の少女だよ」

「そうですね。彼女はあなたから力をもらって妖かしとなったのです。あなたが見た彼女の炎は、彼女の心がそれを望んでいたからです。でも、あの炎はそう簡単に消せないでしょうね。あれを消すにはもっと多くの命を必要とするかもしれません」

「もっと多くってーー」

「例えば母親。それに虐待というのは単にその家族だけの問題ではありません。学校や近隣住民、そういう無関心さだって虐待の原因です。そういう者たち全てにあの炎は向けられるかもしれませんね」

「そんな……ボクのせいか?」

「確かにあなたのお蔭かもしれませんね。あなたは彼女に力を与えた。そして、彼女は思いを遂げることが出来た」

 伽音はそう言った。

「力?」

「じゃあ、あの父親はボクが殺したのと同じことになるのか」

「いいえ、それは違いますよ」

 突如、伽音の顔から笑みが消えた。

「でもーー」

「それは傲りです。傲慢というものです」

「傲慢? どうして?」

「人は他人を操ることは出来ません。あの男を殺したのはあの子です。たとえあなたの力の手助けがあったとしても、人の手柄を横取りしてはいけませんよ」

 伽音の言葉のチョイスに響はギョッとした。

「手柄?」

「そうですよ。自らの子供を殺したような男です。死んだとしても、何を悲しむ必要があるというんですか? 罪はちゃんと償わねばなりません」

「あの子はどうなるんだ?」

「さあ、どうなるんでしょうね。あの子は恨みを持って妖かしとなりました。その恨みが消えるまで呪いを振りまくことでしょう」

「呪いを……ボクに出会ったばかりに」

「悔やんでいるのですか? 何を悔やむことがあるのですか? あなたには生命力がある。命を与える。力を与える。だから私はあなたに会いたかったのです」

「ボクに? じゃあキミは初めからボクを知っていたのか?」

「そうですよ。いえ、嘘です。冗談です」

 伽音はそう言ってクックックと笑う。だが、彼女の言葉はどこまでが嘘なのか、本当なのかがまったくわからない。

「キミはこうなることを知っていたのか?」

「なぜ私が?」

「キミはわざとボクの力があの子に力を与えるように仕組んだんじゃないのか?」

「まさか、私はただ、迷っているあなたのお力になりたいと思っていただけですよ。私が何かしたとでも?」

 確かに彼女は何もしていない。悲鳴を聞いたのは自分だし、あの家に興味を持ったのも自分なのだ。だが、伽音がそれだけの存在でないことも間違いないと感じている。

「ボクはキミこそが亡くなった女の子本人かと思っていたよ」

「私がですか? ご覧のとおり、私は8才の少女じゃありませんよ」

「妖かしに外見など関係ないだろう」

「おや、妖かしのこと、意外とよくご存知のようですね」

「うん、ボクは妖かしのことをよく知っているよ。たとえばキミは妖かしだろう?」

「私が妖かし?」

 伽音は口もとを緩めた。

「そうだ」

「私が妖かしですか。面白いですね。面白いですね」

「違うのかい? 親に捨てられ、その親を捜す少女なんて普通じゃないだろう」

「残念ですが、私は妖かしではありませんよ。それにこんな私でもちゃんと支援してくれる大人はいるのですよ。むしろ私はあなたの側の人間だと思っているのですけどね」

「ボク? ボクが何だと言うんだ?」

「さあ、何でしょうね。私と同じように、あなたもあなたという自分をわかっていないんじゃありませんか? こんな言葉を知っていますか? 『樽一杯のワインに一滴の泥水を入れればそれは樽一杯の泥水になるが、樽一杯の泥水にワインを一滴入れてもそれは樽一杯の泥水である』 私はどちらなのでしょう? そして、あなたは?」

「伽音さん?」

「これからですよ。私もあなたも、これからですよ。先は長いのです。ゆっくりいきましょう」

 小さく笑いながら伽音は去っていった。


*   *   *


 新学期が始まり、学校へ向かう学生の波のなかを歩く。

 足を進めながらぼんやりと考える。

 自分は何のためにここにやってきたのだろう?

 自分の力はいったい何のためにあるのだろう?

 妖かしとなった彼女は幸せになれたのだろうか?

 誰のものかわからないが、一人の少女の笑い声が頭から離れない。


   了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ