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第7話 和氣頼真

 石見城の中心にある大広間。

 評定や謁見の際に使用される、三十畳ほどの板張りの部屋に座る人物が四名。


 上座に座るのはこの城の城主であり、この地域を治める豪族の当主である和氣わけ頼真よりざねだ。

 容姿は美青年と言って良いだろう。切れ長の目が特徴的で、男ながらに気品と色気を感じさせる。今年で二十二歳の当主は、正室の他に一人の側室がいて、すでに一歳の子の父である。


 線は細く、戦向きではない体つきに見えるとおり、あまり剣は得意ではない。

 敬虔なルテル教の信徒であり、優しく慈悲深い為に領民からの人気は高いが、残念ながら当主としての能力はそれほど高くないと言わざるを得ない。


 というのも、近隣の豪族からは孤立してしまっており、朝廷や安曇一族とのコネクションを作ってこなかった結果がこの危機的な事態を招いたのだ。

 詰まる所、何もしてこなかったともいえる。

 小国で難しい立場ではあるが、この事態を事前に防ぐ、あるいは対抗する手段を模索していれば、もう少しマシな結果に繋がったかもしれない。


 彼がこれまで何とかやってこれたのは、重臣であった丹波たんば秀光ひでみつが家臣を上手く束ねていたことと、多田ただ正澄まさずみが外敵や魔物から領地を守ってきたことによるものだ。

 その二人が同時に帰らぬ人となり、家臣達をまとめることが出来ずにいた。


 その前に座る家臣達は、一人が滝田たきた一成いっせい。年齢は四十七歳と、この中で最年長になる。

 丹波たんば秀光ひでみつ亡き今、彼がこの中でリーダーシップを取るべきなのだが、先ほどからほとんど発言をしていない。剣の腕はそれなりに立つのだが、寡黙な男で、あまり自分の意見を口にしない人物であった。


 もう一人が、酒井さかい氏春うじはる。三十五歳の大男だ。槍の達人で、力もある。武勇は誇るが、少し自信過剰なきらいがある人物だ。思慮が浅い発言をすることも多い。


 最後の一人が、丹波たんば秀衡ひでひら。丹波秀光の側室が産んだ嫡男である。娘ばかり産まれた中、ようやく産まれた男の子だった。

 年齢はこの中で最も若く二十一歳。当主である頼真とは幼馴染みであり、幼い頃から彼に仕えるべく育てられていた。頼真にとっては弟のような存在だ。

 まだ実戦経験は少ないが、父の才能を受け継ぎ、文武共に優れ、将来性が期待される青年であった。


 四人は皆、甲冑に身を包み、椅子に腰をかけている。先ほどから太鼓が打ち鳴らされ、領内に敵が侵入してきたことを知ってはいたが、太鼓の音も止まり、その後の戦況の情報を待っていたのだった。


「どうしたら良いだろうか‥‥やはり降伏すべきだと思うのだが」


「なりませぬ。敵は平林ですぞ。あの一族が自領のルテル教徒に対し、どのようなことをしたかお忘れですか?」


 当主の弱気な発言に対し、家臣の酒井氏春が諌める。昨年、平林一族の領内で、ルテル教徒の摘発が行われ、赤子に至るまで火あぶりにされたことを言っているのだ。ルテル教徒を密告した者には報奨金が与えられ、それによりルテル教徒でない者も数多く捕らえられ、処刑されたと聞く。


「城門を開け放てば、無抵抗の女、子供も容赦無く斬り捨てられることは明白。最後の一兵まで徹底抗戦すべきと心得まする」


「秀衡はどう考える?」


 頼真が、信頼できる幼馴染みの青年に尋ねた。


「はっ、恐れながら、一戦してこれを破り、一時停戦の交渉に持ち込めるのが最良であると心得まする」


「この状況でどうやって勝てるというのだ?」


 不機嫌そうに反論する氏春。


「多田正澄様の娘、絢殿に助力頂くのはいかがでしょうか? 女ながらも優秀な魔法術師であると聞いておりますが‥‥」


「あの娘か。確かに魔法術の腕は立つらしいが、娘御に頼らなくてはならないとは、武人の名折れではないか」


「この状況では、武人の名誉よりも、領民の命を守るという実を取るのが最良かと考えます。お許しを頂ければ、私自らお願いに参りましょう。事は急を要します。ご決断を」


 秀衡が当主である頼真に決断を迫った時であった。一人の兵士が、甲冑をガチャガチャと鳴らし、大きな足音を立てながら走り近寄ってきて、部屋の前にて片膝をついてこうべを垂れた。


「何事だ!」


「ご報告いたします。平林ひらばやし勝政かつまさ配下の先発隊およそ二百。町の外壁にて戦闘が開始されましたが、敵将、平林ひらばやし勝信かつのぶが討ち死にし、全軍敗走致しました」


「何と‥‥」


 兵の一人が、報告を受けた家臣達から驚きの声が上がる。


「確かなのか? 誰が討ち取ったのだ?」


「はっ、小嶋こじま光宏みつひろと名乗る魔法術師であったそうです」


「魔法術師だと?」


「そんな名前の魔法術師がこの地にいるなど聞いたことがないぞ」


「どこの家の者だ?」


「詳しくは分かりませぬが、多田正澄様の屋敷の者だと名乗っておったそうでございます‥‥」


「我らの知らぬ門下生がいたということか? それにしても、敵兵二百を一人で討ち破ったとは、正澄殿と同等の魔法術師ということか‥‥?」


「ご当主! すぐに多田の屋敷に使いの者をやり、協力を取り付けるべきかと愚考します」


 秀衡が進言すると、報告した兵が声を上げる。


「実は、その小嶋光宏なる魔法術師の戦いをすぐ傍で見ており、その者と言葉を交わした農兵を連れてきております。ご許可頂ければ、すぐにこの場に呼んで参りますが‥‥」


「許可する。連れて参れ」


「はっ」


 兵士は一旦退室し、すぐに一人の老兵を連れて戻ってくる。


「大竹村の権兵衛と申します。このような汚い格好でお目通りさせていただく無礼をお許しください」


 その老兵は、一刻(およそ三十分)ほど前まで、光宏と会話を交わしていた老兵のリーダー格の権兵衛であった。

 光宏の指示を受けて、自ら報告の為に、城に出向いたのだ。


「良い。何が起きた?」


「はい。平林勝信率いる敵の先発隊、二百が物見櫓に火矢を放ちました。その後、我ら二十名との戦いが開始されましたが、数合のうちに五名が倒れ、押し込まれ出したところに、かの御仁は現れました」


「それで?」


「かの御仁‥‥小嶋様は我らに加勢下さり、一瞬のうちに三名を斬り捨て、その後立て続けにおよそ二十名ほどの敵兵を討ち取りましてございます。その剣の腕は凄まじく、敵が刀を振り下ろす暇も与えないほどの太刀筋でございました」


「何と、魔法術師ではなく、魔法剣士であったか‥‥」


 頼真の顔には、あからさまに落胆の色が見える。魔法術師であれば数百人から千人を超える兵士はすらも凌駕することがあるが、魔法剣士では(それでも十分凄いのであるが)、一桁少ないのが一般的であったからだ。


「いえ、紛れもなく魔法術師でありました。敵が崩れ、逃走する中、弓兵が矢を放ちましたが、それを魔法で跳ね返したのです。一瞬のうちに五十名を超える弓兵が倒れ、その矢にて敵将の平林勝信を討ち取りました」


「一瞬とな‥‥」


「その通りでございます。過剰な脚色をしているわけではございません。その言葉通り一瞬のことでございました。私も長い年月の間に、正澄様や、先代の魔法術師である正信様の魔法術を見たこともございますが、それらに勝らずとも劣らずの術でございました。小嶋様は多田家の絢様の魔法術にて呼び出されたと申しておりました」


「魔法術で呼び出したと?」


「はい、詳しくは分かりませぬが、感謝するのであれば、命をかけて自分を呼び出した絢様や、それを指示した正澄様に感謝を示せと申しておりました。また、この後の敵本隊との戦においてもご助力を頂けるとのお約束を頂きました」


「何と。それはでかした。朗報ではないか。それでは多田家の絢殿と一緒にこの城に呼ぶといい。褒美を遣わし、もてなしをしてはどうか」


 敵本隊との戦いに協力する旨の返事があったことを聞き、頼真の表情が一変し、機嫌の良いものとなったが、それに対して権兵衛が苦言を呈す。


「その申し出に対して、小嶋様からの伝言です。対価は要らないから、邪魔をするなと‥‥」


「何だと? ご当主からのご好意を邪魔、だと? ちょっと武功を挙げた程度で付け上がりおって! 儂が自らその首跳ねてやるわ!」


 その一言に、酒井氏春が怒り心頭で立ち上がる。


「酒井殿、少し冷静に‥‥まだ続きがあるようですぞ‥‥」


 と、丹波秀衡が諌める。


「続けよ」


「はっ。敵本隊がこの城下町付近に到着するのは、恐らく本日の夕方から夜にかけて。戦に備え、それまで魔力の回復に努めるので、邪魔をするな‥‥と。また、これは自分が勝手にやることなので、褒美は要らないと、申しておりました。ただ、敵本隊が近づいたら太鼓を鳴らして知らせ、屋敷から戦場までの足として、馬を準備して、呼びに来るように申しつかっております」


「そうか、分かった。では、余計なことをして、その者の反発を受けないようにするのが最良であろうな‥‥。氏春! 城の守りは捨てて良い。全ての兵を率いて、城下町の外壁近くに集結させ、その者と共に戦え。敵は平林だ。間違うなよ」


「はっ」


「秀衡は、馬の準備を。その老兵が魔法術師の顔見知りであれば、連れて行くのが良いであろう。必ず、その魔法術師を戦場いくさばまで連れて参れ」


「かしこまりました」


「一成は、私と共に。場合によっては、前線に出るぞ。再度斥候を放ち、敵の居場所と規模を掴めるように計らえ」


「はっ」


「良し。では、それぞれに準備を。少しでも希望の芽が出てきた。神の御加護に感謝を」


 酒井氏春と、丹波秀衡は、その命令に従い行動を開始したのであった。


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