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第6話 老兵たち

「お若いの、本当に助かった。感謝申し上げる」


 光宏が町の周囲を囲む外壁の側まで戻ると、一人の老兵が、光宏に向かい頭を下げた。

 もう七十歳に近いのではないだろうか。腰は曲がり、頭の髪も殆どが抜け落ちて、後頭部に僅かばかりに残った髪の毛も全て白く変わっていた。他の老兵も似たようなもので、痩せて猿のような風貌の者もいれば、背の高い者もいたが、皆、六十〜七十歳にもなろうかという老人ばかりだった。


「気にするな。ところで爺さんたちは、正規の兵士なのか?」


「いや、すでに引退した身じゃったが、お味方が大敗したと聞いて志願させてもろうた。どうせ老い先短い命じゃ。少しでもご当主様の為に役に立とうと、古い甲冑を引っ張り出してきたんじゃ」


「そうか。他の爺さん達も似たようなものか?」


 他の老兵達の顔を見ると、「そうじゃ、そうじゃ」と、皆頷いている。


「それにしても、先ほどの矢を跳ね返した技は何なんだべ? あんな不思議なこと初めて見たでな」


「ああ、あれは俺の固有魔法だ」


「ほう。若いの、おぬしは魔法術師じゃったのか」


「そう言えば、多田正澄様の家の者と言っておったな。名前は何というのじゃ?」


「ああ、俺は小嶋光宏と言う。爺さんは?」


「儂か? 儂は権兵衛と申す。小嶋様‥‥」


「光宏でいい」


 老兵の中でリーダーらしき男が頷き、光宏の手を取った。


「では、光宏殿。改めて加勢頂いたことお礼を申し上げまする。しかし、これで此度の戦が終わったわけではござりません。先ほどのは先発隊に過ぎませぬ。夜が明けて、夕方には本体が到着することでありましょう。どうやら敵方の兵は二千ほどとのことらしいでな‥‥我らに勝ち目などないのは承知の上で、一人でも多く道連れをとだけ考えておったのじゃが、光宏殿の先ほどの戦い振りを見てしまうと、もしかしてという欲をかいてしまうのじゃ。お願いでござる。この戦、我らに光宏殿の力をお貸しくださりませんか?」


「儂からも頼む。城にはご当主様はじめ、女子供が避難しているのじゃ。儂の娘や孫もおる。何とかご助力頂けないものか?」


「儂もじゃ」「オラからも頼むべ‥‥」


 老兵達に囲まれ、すがりつくように頭を下げられる。


「気持ちは分かった‥‥というか、わざわざ頼まれるまでもなく、今回の戦いには加勢するつもりだった。兵同士のいくさであれば、別にどうなろうと構わないのだが、女子供を虐殺することが分かっていて放っておくことは出来ないからな‥‥」


「おおっ、なんと。ありがとうございます。心から、心からお礼を申し上げます‥‥」


「光宏殿、まことであるか?」


「感謝いたしますぞ」


 権兵衛と名乗る老兵が、光宏の手を握ったまま、地面に正座し、深く頭を下げて、感謝の意を示す。それに合わせ、他の老兵も皆、感謝の言葉を口にして、頭を下げた。歓喜に涙でも流しそうな勢いだった。


「まっ、待て‥‥そう早まるな。今のところ和氣一族側に加勢するつもりでいるが、それはただの気まぐれだと覚えておいてくれ。俺が今こちら側の陣営にいて、無抵抗な女子供が目の前で殺されるのは気分が悪いからという、ただそれだけの理由だからな。いいか、お前達の命や財産を守ると約束をした訳ではないぞ。ま、その代わり、別に対価を要求したりもしないがな‥‥」


「そ、それで構いませぬ。それだけで十分でございます。光宏殿という希望をお与えになってくださった神に感謝を」


 その台詞に、ああ、そういえば、彼らのほとんどはルテル教とかいう一神教の信徒だったな‥‥と、思い出す。


「ま、神に祈るのも良いが、命をかけて俺を呼んだのは多田絢という魔法術師で、その指示を出したのが死ぬ間際の多田正澄だそうだ。まずは彼らに感謝を伝えるのが先じゃないか?」


「なるほど、その通りでございますな。後日、生きていれば、必ずお礼を申し上げることをお約束させていただきます」


「ああ‥‥」


 何となく言わずにはいられずに、余計なことを言った気がしないでもないのだが、その言葉に頷いて、権兵衛に立ち上がるように促した。


「ところで、この辺りの百姓は皆、城に逃げることが出来たのか?」


「そのようですな。昨日の時点で、ご当主様より指示があり、城から遠い田畑を持つ百姓もこの近くまで避難しておったようだったのじゃが、いよいよ敵が押し寄せて来たのを知って、城の中まで避難させていただいたのじゃろうて」


「ご当主様はお優しい方じゃからな」


「そうじゃ、そうじゃ。あのお方は、虫も殺せぬようなお方じゃからな。儂らが守って差し上げねばならないじゃろうて」


 そう答える老人達であったが、ここの当主が民に慕われているのだなと思う反面、どうしてそこまで慕われるのかという疑問も湧いてくる。


「城に逃げ込んだ民は、殆どが女、子供で、百姓の男の姿は見えなかったが、もしかして爺さん達の息子や婿も、何とかという砦に行って殺されたんじゃないのか? 民を守れなかった当主を憎いと思わないのか?」


「‥‥それは」


 光宏の質問に、言葉を詰まらせる老人達。


「すまん、意地悪な質問になってしまったな。なぜそこまで当主を慕うのか、気になっただけだ。答えづらいことを聞いて済まなかったな」


「いえ、構わんです。確かに儂らの息子や婿達は皆、大高砦にて殺されてしまったようじゃが、ご当主様を恨んではおりませぬ。元々儂らのようなルテル教の信者はこの国のどこに行っても安住できる地はなかったのじゃが、そのような百姓を受け入れてくださったのが、先代のご当主様じゃったのです。この地で孫の顔も見ることができたのも和氣の庇護を受けられたおかげ」


「そうじゃ、そうじゃ」


「現在のご当主様はお優しい方で戦には向いていないようじゃが、そこは儂らがお守りすれば良いだけじゃからな」


「佐吉は良いことを言うのう。確かにその通りじゃて」


 老兵達が口を開き出すと、皆それぞれに話し出してしまうが、異教徒というマイノリティー同士、団結して厳しい世の中を渡ってきたのであろう。味方を批判する余裕など無いのかもしれない。

 老兵達の様子を見て、和氣一族が治めるこの地は、小さいながらも以外に上手くまとまっていたのかも知れないな‥‥と感想を抱いた。


「さて、もうすぐ夜が明ける。俺は多田正澄の屋敷に戻り、少しでも魔力を回復させるために、朝飯を食って夕方まで寝る。そこで、爺さん達には二つほどお願いしたいことがあるのだが、いいか?」


「もちろんでございます。我々に出来ることであれば何なりと仰ってください」


「ああ。まず一つは城に行って、当主とやらに、先ほどの戦闘の報告をして、次に夕方から夜にかけて予想されている敵本隊との戦闘においても俺が加勢するつもりでいるから、余計な邪魔をするなと伝えておいてくれ」


「余計な邪魔というと?」


「寝ているところを起こして、城に謁見に来いなどという邪魔をするなということだ。そんな馬鹿が家臣にいないことを祈るが、この地を守って欲しければ戦いに集中させろと伝えればいい」


「はい‥‥」


「もう一つは、敵がこの盆地に侵入したらすぐに太鼓を鳴らし、俺を呼びに来ること。屋敷からこの町の外壁まで、急ぎ来られるように、馬を一頭準備しておいて欲しい」


「承知しました。問題ありませぬ」


「よし、ではよろしく頼む」


 そう言い残し、光宏は屋敷に向かい戻って行ったのであった。

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