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第5話 前哨戦

少しずつですが、PV数が増えているようです。

読んでくださってありがとうございます。

 屋敷の門を出ると、目の前には3〜4mほどの幅の道が通っており、その道沿いには塀で囲まれた似たような屋敷が並んでいた。


 ドンドンドン、ドンドンドンと、三回づつを一定間隔で打ち鳴らされる太鼓の音のする方角に道を進むと、右手側に、屋敷の敷地の中からは建物の影になっていて見えなかった、高い塀で囲まれた城が見えてくる。

 それは小高い山の中腹にあり、町並みを見下ろすように建てられていた。


 城と言っても、天守閣のあるような大きな城ではなく、二階建て程度の小さな山城のようだったようで、下から仰ぎ見ているということもあり、周囲からは屋根の一部しか見えない。

 城の背後には山の急斜面があるため、三方を塀で囲み、外敵の侵入を防いでいる作りになっているようであった。


 どうやら、大きな屋敷が並ぶこの通りは、城の正面側の塀に沿って建てられており、敵が侵入した時の壁として存在しているのであろう。恐らくはそれなりの身分の者が住んでいる屋敷なのだと思われた。

 

 しばらく進むと大きな通りに出る。

 城門から真っ直ぐに伸びるその通りは5〜6mほどの幅があり、屋敷の前の道に比べ1.5倍ほどの広さがあった。

 その通り沿いには様々な店舗や食事処、甘味処などが並んでいる。

 ほとんどが平屋の建物だったのだが、中にいくつかは二階建ての建物も並んでいる。


 田舎の城下町のようなので店の数はそれほど多くは無いし、建物の大きさも小振りなものが多かったが、この辺りではそれなり規模の町なのだろう。

 しかし、まだ夜中ということもあり、日中は買い物客で賑わっているであろう店は、全てその扉が閉じられていた。

 

 その大通りを、手に最低限の家財を持って逃げて来たのであろう、町に住む人々が走り、城門へと向かっていた。

 どうやらここの城主は城下町の民を見捨てるのではなく、城の塀の中に招き入れるつもりらしい。


 状況を聞いた限り、籠城しても時間稼ぎにしかならないであろうし、民を城の中に保護したとしても、戦が始まれば足手纏いにしかならないことに違いない。

 城下町まで敵兵の侵入を許すという事態を招いた時点で、城主としては能力不足なのだろうが、それでも民の命よりも自分の身の安全を優先する最低の下衆な城主ではないようだった。滅ぶなら民と一緒に、というところだろうか。

 何れにしても、この町を守る兵士達が、まだ暗い中、松明を片手に民衆を誘導し、城の中へと招き入れていた。


 逃げてくる民衆達はというと、皆、急いではいるが、まだそれほど大きな混乱はない様子だった。

 逃げる途中に、子供がときおり転倒し、泣き出したりもしていたのだが、それを踏みつけたり、手を差し伸べる母親を押しのけるような者はいなかった。親戚や隣人達である程度まとまって、互いを手助けしながら逃げている。


「子供は母ちゃんの手を離すなよ‥‥」


「敵兵はまだ離れているそうだ。落ち着いて行動しても十分に間に合うぞ!」


「女、子供を前に。老人で歩けないものはいないか? 家族がはぐれないように注意しろ!」


 民衆を誘導している兵士達から漏れ聞こえてきた指示の声に安心し、小嶋光宏は、その流れの邪魔にならないように、道の端を逆方向に向かって小走りに駆け出した。

 太鼓の音が鳴っているのも同じ方向だ。

 それほど大きくない町であるので、10分もすると町の終わりが見えてくる。 


 城下町の付近に住む農民達が少し遅れて町の中まで避難してくるが、しだいにその姿も少なくなり、やがて逃げる民衆とすれ違うことはなくなった。

 代わりに二十人ほどの鎧に身を包んだ兵士の姿が現れる。

 皆、老人と呼んで良い年齡だ。恐らくは追加で召集された兵なのであろう。


 その姿は、テレビの時代劇で見たことのあるような馴染みのある鎧姿ではない。

 骨董品ではないかというほどの、灰色に薄汚れて、ところどころが欠けたり、ほつれたりしているような胴丸と小具足を身につけ、刀を腰にぶら下げることもなく、唯一、こちらも年代物の槍を手に持っている。

 兜は被っておらず、代わりに額を防護する額金の付いた鉢巻を巻いていた。


 鎧の下に着ている衣服はボロで、薄汚れており、恐らくは農民、百姓の類であろうことは予想できた。

 城の近くで民衆を誘導していた兵士たちは、黒く統一された鎧を着ていたのだが、彼らとは明らかに違う姿、格好であった。


 その老兵達の横では篝火が焚かれ、周囲は赤々と燃える炎の光に明るく照らされていた。

 町の外周は簡易な木の柵に囲まれており、その後ろに建てられた平屋の建物の屋根ほどの高さに作られた物見櫓の上では、一定の間隔で太鼓を叩く兵の姿がある。


「おい、見えてきたぞ。百、いや二百ほどいるかのう。しかし、聞いていたよりも数が少ないようじゃな」


「本隊より先行してきた部隊じゃろうな。流石に夜中じゃから、本隊は少し離れて付いてくるのが普通じゃろうて」


「数が違いすぎるべ。このままでは犬死にするしかないべな」


「それでも、皆が逃げる時間を少しでも稼がないと。あの中にはオラの嫁や娘、孫達もいるからな」


「そんなのは皆一緒だべ。しかし、城に逃げ込んでどうなるんだ? 城を守る兵も百人はいないべよ」


「そんなこと、儂らにに分かるわけないじゃろうが!」


 大声で怒鳴りあう老兵達の声が聞こえてくる。その視線の遠く先には、黒い影が集まりだしていた。


 この城下町の周囲は山に囲まれた盆地となっている。その大部分は平らな土地で、全て合わせると面積はおよそ800町歩=800haヘクトアールほどになるであろうか。距離にすると2km x 4kmほどの大きさだ。


 石見城はこの盆地の東側に位置する山の中腹にあり、その城下には森を切り拓いて作られた田畑がで埋め尽くされている。その田畑の近くには百姓の家が点在していた。


 盆地の西側半分以上はまだ手付かずの森があり、鎮守の森と呼ばれている。

 魔物が住む森で、稀に人里まで出てくることもあることはあるが、基本的には森の中からはほとんど出てこない。

 この鎮守の森をはさんで西側には大高砦へと続く山道がある。


 この盆地の中に入るためには、唯一の道である大高砦から鎮守の森を経由してくる道が比較的安全に盆地の中と外を行き来できるルートであるのだが、鬱蒼とした森が覆っているこの道は、地元の人間であれば決して夜間に通ることはしない。

 昼間であれば、森の中からほとんど出てこない魔物も、魔物が活発になる時間帯である夜は違うのだ。


 その森の側を敵兵は夜中に走り抜けて来たらしい。

 そうまでして先行部隊を突入させてきたのは、戦に勝った勢いに乗ってということであろうか。何れにせよ、魔物が寄ってこないように何らかの対策を施してきた可能性が高いと思われた。


 田んぼには稲穂が伸び、もう一、二ヶ月もすれば、黄金色に変わるという時期だ。その田んぼを踏み荒らしながら、およそ二百の兵が近寄ってくる。

 光宏がその最前線に到着したのは、そんなタイミングだった。

 

「火矢を射かけろ! 手始めにあの物見櫓を焼き落とせ!」


 馬上から敵の大将らしき男が声を上げ、部隊の中ほどにいた弓兵達が部隊の最前線まで前進し、構えると火矢を放った。放たれた数十本の火矢の半数が物見櫓に命中し、木製の櫓に火が付いて一気に燃え出した。それにより櫓の上にいた兵士が一人、逃げ遅れて火ダルマになりながら、地面に転がり落ちた。

 それにより、それまで鳴り続けていた太鼓の音が途絶える。


「突撃せよ!」


 号令がかかると、槍や薙刀、刀を手にした兵士達が再び最前線へと前進し、そのまま真っ直ぐに向かってくる。


「うおおおーっ」


「敵の数は少ないぞ! 囲んで確実に仕留めろ!」



「少しでも敵の首を取って時間稼ぎしてやるんじゃ!」


「よし、我ら和氣の民の意地を見せてやんべ!」


 互いの兵達は己を鼓舞し、田んぼのぬかるんだ泥の上を走り、激突する。

 二百人の敵兵のうち、およそ半数が突進してくる。迎え撃つ二十人の老兵のおよそ五倍だ。


 激突し、数合刀を斬り結んだ間に、倒れた味方は五名、敵も一名いたが、明らかに劣勢だった。

 数の差は圧倒的。元より勝ち目などなく、仮に多少個人の優劣があったとしても、数の暴力に押し潰されるのが関の山であった。


 しかし、その戦いの場に、光宏が到着するや否や状況は一変する。


「ギリ間に合ったか」


 手始めに三人の敵兵に囲まれて斬られそうになっていた味方の老兵に近づくと、瞬きする間もなく右側の敵兵の首を斬り裂いた。

 続いて、反時計回りに一回転しながら、正面の敵兵の後ろに回り込み一閃。首が落ちる。

 さらに、左側の敵兵の背後から背中を突き刺し、引き抜いた。

 すべては一瞬のうちに行われ、悲鳴を上げることもできずに、ほぼ同時に三人が地面に倒れる。


「加勢するっ! ここは任せて、一旦下がれ」


 一瞬のことに何が起こったのか分からず、呆気に取られている味方兵に一声かけると、光宏は次の獲物に近づいていく。


「貴様ぁーっ!」


 先ほど斬り捨てた中に兄弟か友人でもいたのであろうか、激昂した若い敵兵の一人が小走りに向かってきたが、剣を振りかぶろうとした時には、すでにその首は飛んでいた。それほどまでに光宏の動きは素早かった。


 魔力を抑えるために、自身の強化などの魔法術は一切使っていなかったが、それでも単純に、純粋な戦闘力が圧倒していたのだ。

 前の世界で、世界の半分を破壊し尽くした邪竜を倒すだけの実力があったのだから当然であろう。


 剣を薙いで首を斬り裂き、鎧に保護されていない脇から刀を突く。次の瞬間には斬りかかってきた敵兵の刀を持つ腕、あるいは片足を斬り落とす。

 歩いている速度は速くもなく遅くもなく。

 その進路上にいる者達を一振りごとに確実に倒していく。


 刀だけを手にした、鎧も身につけていない無防備な男が、殺気を振りまくこともなく、また、一欠片の緊張感を浮かべることもなく、自然体のままで戦場のど真ん中を歩いているのだ。

 その行為はある意味ひどく場違いで、異様な光景に見えた。


 だが、近寄られたら最後、次の瞬間には一刀のもとに斬り伏せられ、地面に倒れていく。テレビの時代劇などでよく見る、敵と刀をカンカンと打ち合い、それによって出来た隙を狙って斬る、などというものではない。刀を振り上げようとし始めた時、あるいは振り上げ終わった時にはすでに斬られているのだ。

 誰一人として、光宏が振るう刀の軌跡を目で追うことも、刀を打ち合わせることすらも出来る者はいなかった。


「ひやぁっ、ば、化け物だ‥‥」


 一分も経たずに次から次へと十人を超える兵が斬り殺されたのを目の当たりにし、敵兵の一人が悲鳴を上げて逃げ出した。その恐怖はあっという間に伝染し、突撃してきた部隊全員が逃げ出すのに時間はかからなかった。


 光宏は、先ほどまでとさほど変わらない速度で敵将の元に一直線に歩き、進路上にいる、混乱して逃げ惑う兵士達を次々とは斬り伏せていく。


(ま、こんなものか。このまま逃げ帰ってくれれば良いが。それより、固い部分を斬って、四郎から借りた刀を刃こぼれさせないように気をつけないとな‥‥)


 光宏は刀を振り、血を払った。そして、刀の刀身を眺めながら、刃こぼれしていないか確認する。

 その姿は、すでに一戦を交え、二十人を超える敵兵を倒した兵士とは思えない姿であった。

 普通であれば、返り血や飛び散る泥で汚れることもなく、さらには汗ひとつかいていなかったのだ。

 

「おい‥‥あんたは、一体?」


「助かった。あのままだったら、ワシら間違いなく死んでいたべよ」


 敵兵が逃走し、少し距離が空いたところで、生き残った味方から、感謝と質問の声が上がる。


「ああ‥‥俺は、魔法術師だった多田正澄の屋敷から来た者だ。こちらに来るな。恐らくすぐに矢が飛んでくるぞ。ここは俺に任せて、下がっていろ」


「えーい、何をしている‥‥矢を放てっ!」


 光宏が予想したとおり、敵将は逃げ帰ってきた歩兵と光宏の距離が開き、逃げ戻る味方に当たる心配がないことを確認すると、弓兵に矢を射かけさせた。刀の達人とはいえ、何十本もの矢を全て防ぎきるのは無理だと考えたのであろう。

 五十本近い矢が、まだ暗い夜空に影となって弧を描き、光宏の頭上から降り注いだ。


「あっ!」「危な‥‥」


 矢が無数に貫通し、ハリネズミのように倒れる光宏の姿を想像した味方の老兵達が目を逸らすが、その想像は現実のものとならなかった。

 放たれた矢は、光宏の頭上2mほどのところで急静止すると、ぐるりと向きを変え、敵の弓兵に向かい飛んでいったのだ。

 その速度は通常の弓で放たれたそれを大きく上回り、ライフルから放たれた銃弾のように一直線に飛んでいく。結果的に跳ね返されて戻ってきた矢は、一本を除き、全て確実に弓兵の頭部に命中していった。

 ある者は眉間を撃ち抜かれ、ある者は口からのどにかけて貫通し、少し狙いがズレた者は首に突き刺さったりというのもあったのだが、跳ね返された全ての矢がゲームでいうところのヘッドショットとなり、約五十人いた弓兵は一矢のうちに倒れることになる。


「ひいいいっ!!」


 目の前の光景に、恐れ慄いた敵将は、体を仰け反るが、その瞬間、一本だけ残した矢が敵将の眉間を貫いた。

 後頭部まで突き抜けた矢を受けて生きていられるはずもなく、敵将は即死して、馬上から転落する。


 それを機に、まだ百三十人ほど残っていたはずの兵士達も、我先にと逃げ出し、あっという間に隊列は崩壊した。

 田んぼという足場の悪い中、押し合い、転倒した仲間を踏みつけ、罵声と怒号が飛び交う中、敵兵達は元来た道を西へと走り出す。

 何人かはその混乱で重傷を負い、動けなくなっていた。


 手にした槍や薙刀、刀を放り投げ、田んぼの泥にまみれて、逃げていく敵兵を追いかけることはせず、光宏はそれを見送ってから、老兵達の元に歩き出したのであった。


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