第4話 山城刀
少し短めですが‥‥。
「三日前のことです。この地から徒歩で一日ほど西に行ったところに、大高砦という山間の小さな砦があるのですが、この近辺で最大の勢力である安曇一族の配下の兵が向かってきているとの報があり、当主である和氣頼真様の命により、丹波秀光様率いる五百の兵が、大高砦の防衛のために向かったのです。このときに、絢様の父上であられますお師匠様、多田正澄様も同行されました。お味方の兵五百に対し、敵兵は二千。さらに大鬼を敵の陰陽術師が大鬼を二体使役していたとのことでした」
四郎少年が、ポツリポツリと話し始める。
先ほどまでとは異なり、感情を抑えた抑揚のない喋り方に変わった。表情もより暗いものになったのを見て、良い結末にならなかったであろうことを悟る。
「大鬼はお師匠様が打ち破ったそうです。しかし、陰陽術師が新たに呼んだ使い魔によって、お師匠様が殺され、砦にいた兵達は皆殺しになったと聞いております。その兵士達がこちらの城まで向かって来ているらしいのです。夜は魔物の活動が活発になる時間故、明日の朝早くに砦を出立し、夕方にはこちらの城に到着するのではと予想されておりますが、斥候は帰って来ず、敵の動きは把握出来ていないとのこと」
「よく、そんな情報が手に入ったもんだな。城下の民が知ったら、大混乱になるんじゃないのか?」
「実は昨晩、城より使いの者が来て、絢様に登城するように申し付けがあったのです。絢様はすでに儀式に入られていたので、終わり次第お伝えすると返答したのですが、そのときに状況をお聞きいたしました。味方の兵は大高砦にて全滅したせいで、城の守りにはおよそ百人しかいないそうです」
「百対二千か。籠城とはいえ話にならないな」
「はい。この石見の城はとても小さく、籠城して立て籠もるような作りではありません。我らの地に入る為に通る山岳地帯を抑えた大高砦が最大の防御地点であった故に、ご当主様は五百という最大戦力を投入したのでしょう。それが敗れた時点で、敗退はほぼ決まっていたのです」
「そうか。して、それだけの大軍を率いてこの地に攻め込んできた理由は?」
「はい、もちろん安曇一族の勢力を拡大する為というのが一番の理由でしょうが、この地を治める和氣の一族が、ルテル教を信ずる異教徒だということが大きいのではないでしょうか?」
「ルテル教?」
「欧州発祥で、この地に魔法術をもたらした聖人の教えです」
「ああ‥‥それで、異教徒ということで、大義名分が立つと‥‥」
「そういうことになりますね」
(ちっ、要するに切支丹の弾圧か。どこの国でも、どこの時代にも、こういうことは起こり得るということか‥‥)
光宏は、前の世界で異端審問官の手駒として、異端者と呼ばれる異教徒達を暗殺するよう命じられ、その手を汚してきた過去を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
それは別として、四郎少年の説明により、状況は良く理解出来たのだが、日本では中学一年生ほどの少年が、よくここまで冷静に状況分析できるものだと感心する。
「怖く、ないのか? 君くらいの年齢の子どもだったら、怯えて泣き叫ぶか、自暴自棄になるかしてもおかしくないと思うのだが‥‥」
「私はもう子どもではありません!!‥‥あっ、いえ、失礼しました。何と言いますか、えっと、えーっと」
自分でも大声を上げてしまったことに慌てたようで、顔を赤くしながら、一礼すると、手の平で顔を仰ぐ。
「兄弟子二人はお師匠様と共に大高砦に向かいましたが、まだ未熟な私は戦場には連れていっては頂けませんでした。代わりにお師匠様から、何かあった時には絢様を守るように言いつけをいただきましたので、それを全うすることこそが私の使命。その為に、怖がっていることなど出来ないのです」
まだ顔は赤いが、決意のこもった目で光宏を見返す四郎少年の頭を、光宏はわしゃわしゃと撫でた。
「小嶋様!! な、何をなさるのですか!」
「いや、なんとなくね‥‥亡くなった師匠の言い付けを守り、師匠の娘を守ってるんだろ? 偉いじゃないか。もう少年なんて呼んだら失礼だな。では四郎‥‥そうだな、先程の茶のお礼に、お前たちに加勢をしてやろう。そうだな、何か武器を貸してもらえないか? どうせボロボロにして返すことになる思うので、廃棄前のなまくらの刀とかで良いぞ」
「‥‥」
ん?と頭の上にはてなマークが浮かんでいるのがありありとわかるように、どう反応すれば良いか困惑の表情を浮かべている四郎に、光宏は笑いかける。
「何、どうせこの場にいたら、早かれ遅かれ敵兵が襲いかかってくるのだろう? ま、何とかしてみるさ」
「はっ、はあ‥‥しかし、敵の数が数ですので‥‥」
「魔力の残量は心許ないが、俺も魔法が使える‥‥まあ大丈夫だろう。それよりほら、あまり時間がないのだろう? 早く持ってきてくれ」
四郎は追い出されるように部屋を出て、数分のうちに刀を持って戻ってくる。
「なまくらの刀ということでしたが、この刀をお貸しいたします」
渡された日本刀、もとい山城刀は、鞘から抜くと、その刀身は白銀色に鋭く光っている。名刀といって遜色ない刀のように思えた」
「これは?」
「小さな豪族であった私の父の形見なのですが、小嶋様にお預けします。どうせこのまま何もしなければ、私達の命はここで終わることになるのですから、気にしないでください」
「良いのか?」
「構いません。私達が死ねば、これを託す者もいませんので」
「わかった。必ず返す」
「はい」
光宏は、鞘に結んだ下緒の組紐を腰のベルトに巻きつけ、刀を下げる。
洋服姿でも刀をさげた格好は違和感なく、なかなか様になっているように思う。
その時、なんの前触れもなく、太鼓がドンドンと鳴る響き、静寂を切り裂いた。
「夜襲?‥‥まさか、夜中に鎮守の森を抜けてきたというのですか?」
四郎が驚くが、明け方近くに襲いかかるのは夜襲の常套手段だ。暗いうちに襲いかかって、混乱したところ明るくなることで、隠れたり逃げたりする者を捕まえやすいからだ。
「やれやれ、先手を取られたな」
「そのようですね。行かれるのですか?」
「ああ、太鼓の鳴ってる方に向かえば、地理に疎い俺でも道に迷わず敵に会えるだろう?」
「私もお供します」
「ダメだ‥‥お前は絢殿とこの屋敷を守る使命があるだろ。朝飯前で片付けてくるから、下女とやらに朝飯を用意させておいてくれ‥‥な」
「何ですか、格好つけて‥‥分かりました。でも、必ず戻ってきてくださいね。まだ出会って間もないですが、あなたには死んで欲しくありません」
「そうか、ありがとよ。大丈夫。ささっと片付けて戻るから。じゃ、行ってくるよ」
光宏は、左腰に下げた山城刀を握り、屋敷を出た。左右の門の貫く横木を抜き、閂を外して、屋敷の外に出たのだった。