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第3話 四郎少年

 庭に出て振り返ると、その建物は漆喰が塗られた伝統的な和風の蔵であったことがわかる。

 蔵自体の大きさはそれほど大きくはなかったが、召喚された地下室は、その方角的にも、この広い庭の下にあることは間違いないだろう。


 その屋敷は2mほどの高さの木製の塀で囲まれ、三和土たたきのように土が踏み固められた庭はかなり広い。テニスコートが二面入るぐらいの大きさだろうか。

 門から正面の屋敷に続く通路には石畳みが貼られ、雨でも足元が泥だらけにならないような配慮がされていた。

 塀のそばには松や桜のような木が数本植えられており、その側には小さな池があった。


 見渡すと、門から見て正面にはメインの住居と思われる、黒い瓦葺きの平屋の建物があり、右手には蔵と、小さな礼拝堂らしき建物。左手には正面の平屋の建物よりも一回り小さな建物がある。

 屋敷に出入りする為の木製の門の扉は、ただの飾りではなく、重厚で機能性のある作りのようだ。その門は固く閉じられていた。


「和風世界、キタっ!」


 光宏は心の中でガッツポーズを決める。

 日本人として再びこのような故郷を思い出させてくれる光景を見ることができたことに嬉しく思う気持ちで一杯だった。前の世界には日本人のような人種はおらず、和風建築や和風料理がなかったこともあり、より懐かしむ気持ちを増幅させていた。

 少し湿気の多い蒸し蒸しする夏の夜を思い出させる気候に、汗がじわじわと流れ出すが、決して快適ではないはずのそんな感覚すらも、久しぶりに故郷に帰って来たような気持ちになり、許されるなら「うおーっ!」と叫びたい気分となっていた。


 流石に、夜中に大声をあげるのは憚れるので、気持ちを自分の中に抑えつつ、光宏は門の正面に構える平屋の建物に向かい歩き出す。

 歩いていて気づいたのだが、屋敷の周辺では篝火が焚かれているのか、ところどころ明るく照らされていて、この夜中にもか変わらず、数人の人間が行き来している気配を感じる。


「なんだ?」


 何か起こっているのかと首を捻ってみるが、情報が無い以上、それ以上考えいてもしようがない。割り切って再び屋敷に向かい歩き始めた。


 屋敷は近寄ってみると、戦国時代を舞台とした大河ドラマに出てくるような和風の建築で、縁側があり、障子がある。

 玄関をくぐり、靴を脱ごうとしたところで、足音と共に人が近づいてくる気配を感じた。


「くっ‥‥曲者っ‥‥」


 屋敷の玄関先にまで小走りで駆け寄ってきて、ビクビクと怖がりながらも、刀を構え、光宏に向けているのは、まだあどけない顔を、緊張のあまり強張らせている、十二〜三歳ほどの少年だった。

 夜中に知らない大人が玄関口に立っていたら、それは警戒して当然だろう。


「あー、ちょっと待って。今、状況を説明するから‥‥」

「その方は‥‥お嬢様‥‥あやお嬢様ではないですか?」


 光宏の説明を待つまでもなく、腕に抱き抱えている女性が、少年の知った顔であることに気づき、刀を構え直す。


「一体、お嬢様に何を‥‥?」


 警戒感MAXで、刀を構える少年。


「えっと、俺は彼女‥‥アヤ殿?に別世界から召喚された使い魔みたいなもの‥‥と言えば分かるか?」

「‥‥使い魔‥‥ですか?」

「そう、使い魔だ」


 キョトンとした様子で、光宏の言う使い魔と言う単語が通じたようで、少し警戒の色を緩めたことに安堵のため息が漏れる。


「彼女は大丈夫。命に別状はないし、今はただ魔力を使い切って、気を失っているだけだ。頼むから、その物騒なものを仕舞ってくれないか」

「‥‥人間に変身した使い魔とは初めてみましたが‥‥分かりました。嘘はついていないようですので、ひとまず信用しましょう」


 少年は刀を下ろし、腰の鞘に納める。


「このを寝室に運びたい。部屋まで案内してくれるか?」

「あっ、はい‥‥こちら、ですが、その前に履物を脱いでください。こちらの国では屋敷の中では履物を脱いでから上がるのです」


 どうやら、光宏のことを外国から来た人間に化けた使い魔だと勘違いしているらしい。着ているものが洋服なので、そう勘違いしたのだろう。


「わかった。靴を脱ぐ間、少し彼女の頭を支えてくれ」


 ブーツを脱ぐために、一度、絢の上半身を少年に寄りかかるように預けつつ、板張りの玄関の上に寝かせ、紐を解く。


「洋風の家はそのまま出入りできたが、和風の家に出入りするときにブーツは少し面倒だな‥‥」


 独り言を呟きながら靴を脱ぎ、少年の案内に従って屋敷の中を歩いていく。


「この屋敷にいるのは、君だけなのか?」

「はっ、はい。下女もいますが、今は奥で寝ていると思います」

「そうか‥‥君の名は?」

「私の名は、藤田ふじた四郎しろうと言います。あなた様は?」

「俺は、小嶋こじま光宏みつひろ。よろしくな」

「えっ‥‥もしかして、山城生まれの方だったのですか? 使い魔と仰っていたので、てっきり欧州の精霊や神獣の類かと‥‥」


 丁寧に話をする大人びた少年だと思ったが、驚いたときなどはやはり年齢相応の反応で可愛らしく感じてしまう。


「精霊や神獣か‥‥いや、違うよ。正真正銘、人間だ」

「そうだったのですね。失礼しました。しかし、ただの人間が使い魔になるというのは聞いたことが無いのですが‥‥」

「ああ、それね。さっきも言ったかも知れないけれど、別世界から来た人間なのさ。つまりこの世界の理から外れた存在なんだけど、そう言った意味では、精霊や神獣と同じようなものかも知れないな」

「なるほど‥‥まだまだ勉強不足でした‥‥そう言っている間に着きましたね。こちらの部屋になります」


 廊下を曲がり、奥の部屋が絢の部屋だったようで、四郎少年が引き戸の扉を開け、中に案内される。

 驚いたことに、八畳ほどの板張りの部屋の中には、低いタイプの木製のベッドが置かれており、その上に布団が敷かれており、和風モダンテイストなインテリアとなっていた。


(へぇ‥‥なかなか、いいセンスだ)


 そんなことを考えながら、光宏は絢をベッドに寝かせ、薄い掛け布団をかけた。

 スースーと寝息を立てて眠る絢の可愛らしい寝顔をずっと眺めていたい気分であったが、四郎少年に外に出るよう促されたこともあり、部屋を後にして彼の後をついていくと、十畳ほどの畳敷きの部屋が四つ、田の字型に並んだ部屋に通される。

 部屋と部屋の間の襖を閉めることで四つの部屋に間仕切りすることができるような間取りなのだが、今は全開となっており、計四十畳にもなる和室は相当に広く感じられた。


 さらにその部屋は縁側に面しており、奥には床の間もあって、墨絵で鶴が描かれた掛け軸がかけられていた。


「こちらで少しお待ちください」


 四郎少年は、部屋を後にする。

 光宏は畳の上に足を投げ出し、縁側の庭を眺めながら、横になる。


(良いところだな‥‥)


 そこに寝っ転がっていると、自然と魔力が回復していくのを感じられる。負の因子を持った魔素溜まりというわけではなく、かといって正の因子に清められた神聖な空間というわけでもない。

 フラットな自然に近い状態のエネルギーがこの屋敷全体に溢れ出てきているようだった。


 元々パワースポットと呼ばれる場所だったのであろうが、それをうまく導き、蓄えることが出来るような屋敷の作りとなっているようだ。

 魔法術師の館として、こういった形もあるのだなと感心する。


「粗茶でございますが」


 しばらくして、四郎少年が、小さなお盆の上に、焦げ茶色の焼き物の湯冷まし器と湯呑みを乗せ運んできてくれる。

 わざわざ、火種を作り、薪を燃やし、井戸水か川の水をお湯を沸かしてから持ってきてくれたのだろう。

 遠くで薪が燃える匂いが微かに伝わってきていた。

 湯呑みに粉末状の粉を匙で掬って入れてから、湯冷まし器で程よい温度まで冷ましたお湯を注いで、渡される。


 喉が渇いていたので、ありがたく頂戴すると、抹茶のような薄緑色の粉が溶けたお湯は、少し苦味や癖はあるが、まろやかな味で、非常に美味しかった。

 光宏はゴクゴクと飲み干してから礼を言い、本題に入った。


「君は‥‥確かシロウ少年と言ったね?」

「はい、その通りでございます」

「シロウとはどういう字を使うんだい?」

「字とは訓示のことでしょうか? 数字の四に、右側がおおざとの郎です」


(クンジ? 訓読みの訓か? こちらでは漢字ではなく、そう呼ぶのか。漢字の部首は同じなのだな)


「おおざと‥‥ああ、月じゃ無い方の郎か。了解だ。ちなみに、アヤ殿はどういう字なんだい?」

「絢様の絢は、糸へんに旬と書きます。」

「そうか‥‥」


(まさか、名前まで同じ漢字を使っているとは‥‥。絢香と、絢‥‥か)


「どうか、されましたか?」


 一人物思いに耽っていたようで、四郎少年が心配そうに覗き込む。


「いや、済まない。少し考えごとを‥‥ね。ところで四郎少年は、絢殿の弟、という訳ではないのだよね?」

「はい、違います。私は多田家の当主、多田正澄様に弟子入りさせていただいております門下生です。絢様は兄弟子ということになりますでしょうか」

「なるほど、そうなんだね‥‥」


 そう言って、おかわりで淹れてもらった二杯目のお茶に手を伸ばす。


「ところで、こんな夜中にも関わらず、外が少し騒がしい様子だが、何かあったのかい?」

「はい、実は‥‥」


 そう言って、四郎少年が話してくれた状況は、漠然と考えていたよりも相当に深刻な状況であったのだった。


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