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第1話 召喚の儀式

 石灰を多量に含む白い岩壁に囲まれた、一辺が10mを超える、ほぼ正方形の形状をした部屋。

 面積は100平米を超えるほどの広さに加え、天井も高く造られており、7-8mはあるだろう大きな空間である。


 しかしながら、窓や明かりを取るための隙間などは一切見当たらない。

 等間隔に並んだ壁掛けの燭台の炎が揺らめくが、その光源がなければ、一切の光の届かない真の暗闇に包まれることであろう。


 その密閉された空間の出入り口として、ただ一箇所、見るからに重そうな両開きの扉があるだけだ。

 分厚く頑丈な板を合わせて作られたその扉は金属の板で補強されており、斧で殴りつけても簡単には壊れないであろう強度を持っているように見える。

 その扉は今は閉じており、外からの光が漏れてくることはない。


 光量が足りず薄暗い部屋の中で、床の上に幾重にも描かれた円の中に、様々な幾何学模様が描かれている。

 直径が7-8mほどにもなるその巨大な円形の模様は、白い塗料を用いて石床の上に直接描かれていたのだが、よく見ると薄暗い部屋の中で、淡く青白い光を発光していることに気づくことができる。


「我は求める、純粋なる力を

 我は讃える、神々の奇跡を

 我は渇望する、深淵に燃ゆる闇の炎を

 我は捧げる、矮小なるこの魂を」


 円形の模様ーー魔核石を砕き、水銀や石灰などの材料を混ぜた塗料を用いて描かれた魔法陣ーーの前には、魔法術師の家系でも限られた家系にしか伝わらない秘術とされる儀式の呪文を詠唱する若い女性の姿があった。

 蝋燭の仄暗い灯りでは、フードの奥に隠された女性の表情までは読み取ることができない。


 彼女は腰に隠すように差していた、銀色に輝く小剣を抜いて、手首に当てると、そのまま小剣を滑らせる。

 勢いよく飛び散り、その後、手首の切り口からとめどなく滴り落ちてきた鮮やかな赤色の血は、石床に描かれた円形の模様の上を滑るように流れて行き、やがて全ての線を覆い尽くす。


「四界の王よ、門を顕現させ給へ

 時を超え、空間をまたぐ、時空の門を

 

 七天の賢者よ、鍵を持ち扉を開き給へ

 この世の創生と終焉をも超える異なる世界へと


 十三体の悪魔よ、探し連れて参れ

 黒鉄の剣を持ちて、我が敵に血と、泥と、骨と、脳髄を撒き散らし、等しく滅びを与える王の存在を」


 徐々に赤い血が炎が燃えるように輝きを放ち、やがて実際に着火し、炎が上がる。

 

「始原の炎たるアインツフラムの力を借りて、

 異なる世界より、召喚に応じ、我が前に顕現せよ

 出でよ、我が従者!!!」


 突如、魔法陣の中央に垂直方向に1mほどの長さの黒い線が浮かび上がり、それは、空間を切り裂くように、ゆっくりと広がっていく。

 ちょうど肌をメスで切り開き、その傷口を切開するのと同じように空間が切り開かれ、その奥にある暗闇が浮かび上がる。

 

 空間の切り裂かれた先がどこに繋がっているのかは、儀式を行っている本人にも分からない。その暗闇の先は見えず、井戸の奥底のように、引きずり込まれそうな感覚に陥る。

 突然、密閉した部屋の中にある空気が、その切り裂かれた空間の切れ目に流れ込みだし、部屋の中で台風が暴れ出したかのような強風が巻き起こった。


 ズンッ!!


 数秒の後、低く、くぐもった衝撃音と共に、空間の切れ目は消えて無くなった。

 そのときの衝撃により部屋が吹きとばされるまではいかなかったが、頑丈な造りの部屋が大きく揺れ、それに伴って変形したりヒビが入ったりした、石壁や天井からはパラパラと砂がこぼれ落ちる。


 力を使い果した女は、全身を襲う猛烈な脱力感に膝をつき、床に膝をつく。


「成功した?‥‥」


 女は顔を上げると、魔法陣の中に突如現れた黒髪を持つ男の姿を見つけてながらも、やがて視界がボヤけ、意識を保てずに倒れこんだのだった‥‥。



 ◇ ◇ ◇



 魔法陣の中心の前には、三十歳手前の年齢に見える男が、目を閉じたまま立ち尽くしている。

 身長は180cmほど。細身の身体だが、肩幅もあり全身の筋肉はほど良く鍛え上げられており、軟弱な印象はない。

 容姿は平均より少し上、という程度だ。美男子でも美丈夫でもないが、生理的に嫌悪感を抱かせるような不細工ということもない。

 少しばかり垂れ目なのが、頼りない印象を与えるくらいだ。


 鎧や防具は一切身につけておらず、上質な布地を使った青色の上着を羽織り、黒色のパンツを履いている。

 デザインは欧州の貴族が着る衣服のように思えたが、無駄に派手な装飾はされておらず、比較的シンプルなデザインだった。しかし、光沢のあるビロードのような布地は庶民の着る衣服とは明らかに質が異なっている。

 足には革製のロングブーツ。武器の類は持っていない様子だ。


 異世界召喚‥‥。


 彼女ーー多田ただあやが行ったのは、そう呼ばれる儀式だった。聖人ルテルの弟子であった聖人ニコラウスの子孫が多田家に伝えた魔法術の中でも、最高峰に位置する術式であり、異世界の英雄を呼び出し、使役する儀式だ。

 その触媒として魔物から取り出した大量の魔核石と家畜などの血と肉を必要とする。

 未熟な魔法術師が執り行うと、悪魔や悪しき神々の類を呼び出す可能性もあり、あるいは儀式の途中で命を落とすこともあるリスクの高い魔法術として伝わっていた。


 絢自身、当然であるがこの儀式を行うのは初めてであったし、過去にこの儀式を行った先祖の記録もない。

 半信半疑ではあったし、どのような結果になるのか恐ろしくもあったのだが、現在、自身の命を含めて全てをベットするしかない状況であったのだ。


 それは、今から三日前に遡る。

 斥候からの知らせで、安曇一族の配下の軍が近づいて来ているとの知らせがあり、当主である和氣わけ頼真よりざねの命により、丹波たんば秀光ひでみつ率いる五百人の兵が、集落への唯一の入り口に建てられた大高砦に向かっていった。この時に同行を命じられたのが、絢の父である多田ただ正澄まさずみであった。


 正澄は優秀な魔法術師であり、敵に陰陽術師がいたとしても、問題なく退けられるはずであった。

 敵兵は四倍の二千。さらには陰陽術師が同行し、大鬼を二体使役していたとの連絡を受けている。


 圧倒的に不利な状況であるが、優秀な魔法術師がいるとその戦力も変わる。正澄ほどの優秀な魔法術師であれば、それぐらいの戦力差は十分に跳ね返せるはずであったし、事実、正澄によって大鬼二体が退治されたとのことだった。


 しかしその後、霧のように現れた男が、絢の父である正澄を打ち破り、殺害したとのことだった。

 到底信じられる話ではなかったが、それから砦の兵士は突如、同士討ちを始め、五百人の兵は全滅。僅か数人の兵だけが、逃げ帰ることが出来、その報告を本拠地である館に伝えたということであった。


 報告を受け、当主である和氣わけ頼真よりざねは、家臣達と戦前の評定を行なっている最中だ。しかしながら、重鎮の丹波たんば秀光ひでみつを失い、同時に五百人の兵士を失ったのだ。全体の八割を超える戦力を失い、残っているのは本拠地を守護する百人のみ。

 さらには筆頭魔法術師で最大の切り札でもあった多田正澄を失った。


 どう考えても勝てる見込みもなく、かと言って逃げることできない状況であった。

 森に逃げ込めば、三日と待たずに魔物に大部分の者が食い殺されることなるのは疑いようもなく、何人が生きて逃げ延びることが出来るのか分からない。仮に運良く逃げ切れたとして、その後どう生活していけばいいのか。希望など一欠片もない。

 かといって、そのまま座して待っていても、二千の敵兵が押し寄せ、男や子供は皆殺しにされ、女は凌辱されて慰みものになってから殺される運命しか残っていない。異教徒の扱いなどそんなもので、どちらを選択しても残酷な結果しか残っていないのだ。


 都市部では人目もあり、特に欧州からの貿易商人も多くいる為に、無下に異教徒に悪さをする者こそいないが、地方にいる異教徒の自国民の扱いなど、酷いものだった。


 差別や村八分当たり前で、人として扱われず、殺されても文句は言えない、そんなところだ。

 一昔前まではそれほどでもなかったのだが、ここ最近は各豪族の下で彼らを危険視しだした者達が増えたことにより、異教徒への風当たりが強まっていた。

 それ故に、異教徒達は、自分が異教を信じていることを秘密にして生きていくか、人里離れた田舎に異教徒だけの集団を作り、隠れながらひっそりと暮らしていくしか無いような状況であった。


 ここ、石見の地は、山城皇国でも数少ない異教徒が住まう地で、今までは和氣の庇護の下、圧力ごあってもそれを跳ね除け、なんとか平和に暮らすことが出来ていたのだったが、この戦の敗戦により、状況は大きく変わってしまったようだった。


 砦はここから歩いて丸一日の距離にある。恐らく、敵兵は明日か、遅くとも明後日にはこの地に到着するであろう。

 実はこの兵士達の報告の前に、絢の元に父の使い魔であるつばめが現れたのだ。

 正澄が死を覚悟してから、僅か1-2分の間ではあったのだが、この燕に伝言を託し、絢に異世界召喚の儀式を行うようにと、主人である和氣頼真を守るよう指示を伝えたのだった。

 使い魔は正澄の死と共にただの燕へと戻り、どこかに飛んで行ってしまった。それと同時に、封印していた屋敷の地下室の鍵が開いた。


 絢は恐る恐るではあったが地下室に入り、儀式の準備を始めた。主君と民を守る為に、父が殺されたという悲しみに暮れている暇はなかった。

 本来ならば数日かけて書くべき魔法陣も触媒となる魔石も正澄により用意されており、必要な家畜の血と肉は庭で飼っている鶏や豚を殺し、集めた。


 井戸水で体を清め、夕方から儀式に入る。

 結界を張り、悪しき者が入り込まないようにして、神を祀り、力を借りる。

 魔力を練り上げ、自身の血を捧げることで、門を開いたのだ。


 最も魔力が高まる丑三つ時に、召喚は行われ、そして門は開かれたのだった。


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