第11話 多治直昭
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少し時は戻る‥‥。
「ギャハハハ‥‥死んだか。無様な死に方だなぁ‥‥クソ、貴様のせいで私がどれだけ惨めな思いをしたことかっ! ようやく殺してやったぞ! クソッ、クソッ、クソッ‥‥」
多田正澄の死体を、何度も何度も蹴り、踏みつけ、唾を吐き、負の感情をぶつけていた多治直昭は、やがてそれに疲れたのか、そのボロボロの肉の塊となった敵の死体を無表情のまま見つめていた。
殺した直後こそ高揚感に包まれていたのだが、それもやがて収まり、残ったのは、長年恨み続けていた敵を倒したことによる達成感などというものはなく、何とも言えない虚しさだけであったのだった。
「俺は、この日の為に三年間を使ってきたのに‥‥」
直昭は寂しそうな声色で呟く。
三年前、安曇一族と安達一族という豪族同士の戦があった際、直昭は安曇側、正澄は安達側に身を置いていた。
安達一族も異教を信じる豪族の一族であり、和氣一族と同盟関係にあった為、正澄はその援軍として加勢していたのだった。
戦場で正澄と対峙した直昭は、陰陽術師対魔法術師の互いの術による戦いの末に敗れたのだが、それまで自身の兄に次ぐ天才と謳われ、他の者には負けたことがなかった自負を見事にへし折られた。
最終的な戦の勝利は安曇側に渡ったが、直昭の受けた傷は深く、幸い命こそ取り止めたものの、およそ三日間生死の縁を彷徨い、顔の右半分を失ったのだ。
そのおぞましい傷跡が不意に水面に映り込んだりしたのを見る度に、強い怒りが呼び起こされる。その気持ちを忘れない為に、敢えて布で隠すことはせず、次第に周囲から不気味がられる存在となっていったのである。
その後直昭は、この国で三本の指に入る勢力を誇る安曇一族の筆頭陰陽術師である兄、直紹に願い出て、様々な工作の末、朝廷に異教徒を殲滅する勅令を出してもらうことに成功した。
安曇一族としても、南州島を平定することは長期的にな戦略として掲げていたことを利用して、この工作に協力を取り付けたのだ。
まだ勢力下に無い、中小の豪族が簡単に勢力下に飲み込まれないように反安曇を掲げている中、表立って大きな兵力は動かせない状況であったのだが、異教徒の殲滅という大義名分があれば他の豪族達の反発は少ない。
さらにはその異教徒達の領地には銀山があり、朝廷工作をする見返りは十分に見込めたからだ。
さらには昨年に寛武天皇が崩御し、異教徒嫌いの安関天皇が即位した頃から、徐々に異教徒に対する風当たりが強くなっていたことも追い風となった。
今回、異教徒の和氣一族の領地に最も近い平林勝政に異教徒討伐の命が下ったのだが、自分の息のかかった豪族の当主である勝政に討伐の命が下るよう裏から手を回し、その援軍として自分が異教徒討伐に加わることにも成功した。
あの日からずっと復讐の機会を伺っていた直昭は、三年越しに多田正澄に復讐する機会を手に入れたのである。
ようやく手に入れたその機会を確実なものとすべく、兄の使い魔である神獣を借り受けたのは、別に正々堂々と勝利したかったのではなく、ただ復讐し、蹂躙し、奴の苦しむ顔を見たかっただけという理由からだ。目的が達成できれば、手段などどうでも良かった。
そして、その結末が訪れた。
目の前に、待ち望んだ相手の死体が転がっている。手足を切り取られ、腹を裂かれ、首を飛ばされて転がっていた。
十分に苦しませて死んだはずだ。
望んでいた結果が目の前に転がっているのだが、何故か不思議と虚しさだけが支配していた。
「どうかされましたかな?」
狐面の男が尋ねてくる。
「いや、何でもない。狗神、このまま砦の敵兵どもを皆殺しにしてこい。できるな?」
「もちろん、造作もないことですとも」
狐面の男は、口元に残酷な笑みを浮かべ、その姿をかき消した。すぐに砦の敵兵の中から悲鳴が巻き起こる。
「勝政殿。あとはお任せいたす。狗神が敵兵を皆殺しにしますので、しばらくして悲鳴が止んだら、砦を占領してください。明日は石見城に向かい、異教徒どもを皆殺しにします」
その日は、それ以上戦う気にはなれず、総大将である平林勝政にそれだけ言い残すと、直昭は陣幕の中に戻っていったのだった。
◇ ◇ ◇
翌日のこと。
石見城に向かい出発した森の中で、前方から百名ほどの兵が戻ってきて合流した。
顔触れを見るに、敵が逃げないよう昨晩のうちに先行して派遣していた兵だったはずだった。
敵兵は残りわずかで、あとは女子供しかいなかったはずなのだが、何故か全員が恐怖に怯えた顔をしており、その甲冑姿は泥に塗れている。何者かに襲われて逃げ帰ってきたことは容易に想像できた。
「なんだと! 勝信が討ち取られたなど信じられるか! 敵兵は残り少なかったはずだ。貴様らは何をやっていたのだ!」
逃げ帰ってきた兵から報告があったらしく、勝政が声を荒たげていた。
「勝政殿。いかがされた?」
ただならぬ様子に、直昭が馬を近づけ、勝政に声をかける。
「直昭殿! 昨晩先行して派遣した兵うち、ほぼ半数が倒れ、部隊を任せていた勝信が討ち死にしたらしい‥‥」
「森で魔物にでも遭遇したか? 魔物除けの霊符を持たせていたはずだが‥‥」
「いや、そうではない。城下町の外れで戦闘になり、術を操る一人の男にやられたらしいのだ」
「ほう‥‥」
実に興味深い、と直昭は思った。敵にはまだ優秀な駒がいたらしい。
多田正澄であれば、その程度のことはやってのけただろう。自分も百人や二百人の兵ぐらいで遅れを取るつもりはない。
もしかしたら、その魔法術師がポッカリと空いたこの胸の穴を埋めるような存在になるのではないかと淡い期待を抱いてしまった。
「それが真実であれば、弟君‥‥勝信殿のことは残念でした。残りは雑魚ばかりかと思っていたが、まだ骨のある敵が残っていたらしい。私が相手をしましょう」
「おお、そうか。直昭殿が相手をしてくれるのであれば勝利は間違いないな。あの多田正澄をも討ち取った男だ。頼りにしているぞ。勝信の無念、必ずや仇をとってくれようぞ。異教徒供を生きたまま切り裂いて、後悔させてやるわ! ハッハッハー」
勝政は実弟が殺されたのにも関わらず、無邪気な笑顔を見せる。元々、弟が疎ましく思っている節もあったので、この際好都合だったというところだろうか。
以前の自分の領地内で異教徒狩りを行った際、無抵抗な者達を残虐非道な殺し方をして喜んでいたと聞いたが、明日にはまた異教徒供を殺して回れると、喜んでいるに違いない。
(吐き気がするな‥‥チッ)
直昭は、顔を背け、心の中で舌打ちする。
自分もこの顔の傷のせいで敵味方から恐れられ、戦で人を殺すことも、無抵抗な女子供を殺すことも何とも思わない外道だと自覚はしているが、コイツのようにそれを悦楽と感じるような趣味はない。
馬鹿なだけに御し易いのだが、気が会うかと言われると断じてそうではない。利用価値があるから放置しているだけだ。価値が無くなれば排除することに躊躇いはない。
「全軍、行進速度を上げよ! 異教徒の女どもを犯し、甚振りたいなら早い者勝ちだ! 異教徒供に正義の鉄槌を下してくれようぞ!」
彼らも一度、自分の領内でそのおこぼれに預かった経験があるのだ。
その声に、大部分の兵士達は下卑た笑いを浮かべて、欲望の限りを尽くす想像に股間を膨らませていた。
そうして平林勝政率いる千九百ほどに減った兵達は、長い列を作り、険しい山と森を横切る一本道を、可能な限り早い速度で通り抜ける。
夕方頃には森を抜け、城下町から1kmほど離れた場所に陣を構え、後ろに続く兵達が陣に加わり、陣形を整え終わるまでの間、異教徒達とにらみ合いの時間が続いたのであった。