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第10話 丹波秀衡

「小嶋様。敵が現れました!」


 慌てて廊下を走る音が聞こえたと思ったら、襖が勢いよく開き、四郎が飛び込んでくる。


「来たか」


 光宏は握り飯を頬張っていたが、それを一気に口の中に放り込むと立ち上がった。


「外に丹波たんば秀衡ひでひら様自らがお待ちです」


「丹波秀衡? 誰、そいつ?」


「ご当主、和氣わけ頼真よりざね様の重臣の一人でございます。先の戦いで亡くなられたという丹波たんば秀光ひでみつ様のご子息であらせられます」


 四郎の答えに、光宏はそんな重臣が自ら来たということに軽い驚きを覚える。


「秀衡様に同行している権兵衛という農兵が申すには、何やら小嶋様と先ほどの戦いで面識がお有りとか‥‥。馬を連れて来るように指示があったとのことで、外でお待ちしています」


「まあ、確かにそう頼みはしたが‥‥」


 まさか、味方の重臣とやらが自ら馬を率いて来るとは予想していなかった。

 警戒されているのか、あるいはもう他に頼る先もなく、藁をもすがる思いで頼ってきているというところだろうか‥‥。


「急ぎ支度を。敵の本隊が森を抜け、城下町の外壁近くに布陣を始めたとの報告がありました」


「ああ、すぐ行ける。外だな?」


 そう言って、歩き出そうとしたところを四郎に止められた。


「小嶋様。そのまま行かれるのですか?」


「ん? そのままとは?」


「いえ、胴丸や具足は身につけなくてよろしいのでしょうか? 準備は出来ておりますが‥‥」


 光宏に防具は不要だ。なぜならこの身に攻撃を当てられる人間など存在しないだろうから。

 むしろ重くなり動きが制限されるので、機能的には邪魔以外のなにものでもない。


「いや、必要ない。このままで大丈夫だ」


「はぁ‥‥小嶋様がそう仰るのであれば、私からは申すことはありませんが‥‥」


 四郎が半ば呆れながら答える。そう言う四郎は、全身黒い甲冑に身を包んでいた。


「では、行ってくる。四郎は絢殿をしっかり守ってくれ。頼んだぞ」


 そう四郎に伝え、座敷を出て行こうとしたところ、


「敵が現れたのですね? 私も行きます。これでも少しは魔法術の心得がありますので、戦力になると思います」


 絢が着替えを済ませて歩み寄ってきた。

 先ほどの着物姿とは一転して、巫女装束のような出で立ちだ。

 通常の巫女装束と大きく異なるのは赤色の緋袴ではなく、表面が無地白色、裏地が赤色の布地を使った袴というところだろうか。上半身に纏う白衣も同じ、表面が白色、裏地が赤色の布地で出来ているようだった。上半身の生地には金色の糸で鶴らしき鳥の絵柄がいくつも縫い付けられている。


 その腰周りには、鮮やかな赤色の帯が巻き付けられており、赤紫色の帯紐が結わえられていた。また、白衣の上には胸部や肩周りに巻きつけるように大きなストールのような薄桃色の布地を巻き付けている。

 そして、その手には鈍く金色に輝く金属製の錫杖ワンドを手にしていた。


 その姿は凛々しくも美しく、光宏は思わず見惚れてしまった。


「‥‥おいおい、本気か?」


 数秒の空白の後、再起動した光宏は尋ねる。


「もちろんです。そもそもこれは私の戦いでもあります」


「しかし‥‥」


「以前から森に魔物を退治しに行ってましたし、戦いの経験が無いわけではありません。父様には及びませんでしたが、多少なりとも魔法術も使えます。足手纏いにはなりませんよ」


「そこまで言うのなら構わないが、何が出来る?」


「氷属性の魔法を得意としています。氷礫ひょうれき氷柱ひょうちゅう氷槍ひょうそうなどを放つことができます」


「ふーん、氷属性の初級、中級魔法術だな。どの程度の威力かは、実際に使ったところを見てみないことには分からないが、少なくとも自分の身ぐらいは守れそうだな」


「小嶋様、私もお供させてもらいます。絢お嬢様のお側を離れるわけには行きませんので‥‥」


 四郎が、自分も同行すると志願する。


「そうなるよな‥‥分かった。二人とも俺の指示には従って貰うからな。いいな?」


 魔力が多少なりとも回復したお陰で、二人を守る位は問題ないだろうと了承し、その条件に二人が頷くと、絢と四郎を伴って光宏は屋敷の外に出た。



 ◇ ◇ ◇



 屋敷の外に出ると、二十代前半の若い男性が馬から降りて、歩み寄ってきた。


「絢殿、お久しぶりでございます。この度はお父上のこと、大変残念な結果となり、お悔やみ申し上げます」


「秀衡様も、お父上の秀光様のこと、残念でした。私からもお悔やみ申し上げます」


 互いに顔見知りなのであろう。親しげに会話をし、頭を下げる様子を見て、光宏はほんの少しだけではあるが、モヤモヤとする気持ちを抱いていた。いわゆる焼き餅というやつである。

 秀衡が若い美男子でなかったら、そんなことは思わないかも知れないが、イケメンに対するひがみみたいなものなので、しようがない。


「絢殿、そちらが、例の小嶋殿でしょうか?」


 例の、という言葉から、報告は受けているのであろうと察する。見ると後ろに見たことのある老兵の顔があった。目が合うとニヤリと笑いかけてくる。約束は守ったぞとでも言いたげな表情だった。

 そういえば先ほど四郎が、自分と面識のあるという、権兵衛と名乗る農兵が同行していると話していた。彼から報告を受け、自ら馬を率いて迎えに来たということか。何がなんでも協力を要請するつもりなのだろう。


「はい、その通りです。光宏さん、こちらにいらっしゃる方が、和氣頼真様の重臣であらせられる丹波秀衡様です」


「丹波秀衡と申す。そなたが小嶋光宏と名乗る異世界より召喚されたという従者だな? お初にお目にかかる。先の戦いでは、平林ひらばやし勝政かつまさ配下の先発隊およそ二百を撃退し、敵将である平林ひらばやし勝信かつのぶを討ち取ったと聞いた。礼を言わせて欲しい。感謝する」


 絢からの紹介を受け、秀衡が名乗り、頭を下げる。その態度は、封建社会として異例の対応のようだった。

 隣にいた絢と権兵衛が、驚きの表情を浮かべている。


「小嶋光宏だ。一応、そちらのことは丹波様‥‥もしくは、秀衡様とでも呼んだ方がいいのか?」


「いや、当面は丹波殿で構わない。もう少し親密な関係になることができたのなら、秀衡と呼んでもらっても構わないのだがね」


 そのような受け答えをされたのは意外だったのであろう。苦笑を浮かべながら答える秀衡。


「さて、このような受け答えは嫌いではないが、あまり冗談を言っている状況でもないのは知っての通りだ。敵の本隊が布陣を始めた。もう一刻(およそ三十分)を待たずとして開戦すると思われる。我が軍は、酒井殿が率いる全兵力で城下町外壁にて守備に当たっているが、兵力差を考えるとひとたまりもないだろう」


「ああ」


「先の戦いでの活躍を見ていたこの権兵衛と申す農兵が、小嶋殿であればこの負けが分かっている戦を何とか出来るかも知れないと太鼓判を押していた。実際に目にしてはいないが、その戦果を見る限り、我らとしても小嶋殿の持つ力に期待をしている。必要な物があれば揃えよう。褒美としても十分に用意させて貰うつもりだ。我が殿に仕えて頂けるということであれば、最大限の地位を確約させて貰う。この国を、民を守るため、力を貸して頂きたい」


 そう言って、頭を下げる。

 第一印象としては悪くない。もう少し頭の悪い発言をしてくるかとも思っていたのだが、奇遇に終わったようで何よりだった。


「頭を上げてくれ。今回の戦いに関して助力することは、そこの権兵衛との約束した通りだ。力を貸そう。ただそれは気まぐれで力を貸すのであって、褒美や地位を求めてのものではない。また、今後もずっと守ってもらえるものと期待されても困る‥‥が、まぁ、今回の戦に限っては、任せてくれ。良い結果で終われるように努力しよう」


「そうか、安心した。感謝する」


 握手を求めて来た秀衡に対し、握手を返し、光宏は鹿毛の馬に跨った。

 秀衡と権兵衛も馬に跨り、またいつのまにか四郎が馬を二頭率いて戻って来ており、絢と四郎がそれに跨る。


「先導いたす。皆は後ろをついて来てくだされ」


 秀衡が先行し、皆はそれに追従して馬を駆けさせ、城下町の外壁に向かったのであった。


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