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4.Wikipediaは使っちゃダメですか

 小説を読んで歴史の勉強をしたくなる気持ちはわかりますが、小説で歴史を勉強することはお勧めできません。小説はわかりやすく面白く書かないと読んでもらえません。複数の原因があることもひとつの原因だけをわかりやすく強調し、はっきりしないこともエイヤッと決めつけていくものです。実際にはなかった会話で、異なる時期に起きたふたつの事柄を1シーンで描いてしまうことも、よくあります。


 では、根拠となる原典や論文をいちいちチェックし、誰が書いたかわからないWikipediaは排除すべきでしょうか。イエスでもあり、ノーでもあると思います。


 誰が書いたかわかっている論文や解説書は、正しいのでしょうか。無条件に正しいとは言えません。新しい証拠が出てきたり、解釈違いが正されたりするからです。その場合、どこから得た知識なのかわからないと修正に対応できませんから、「どこから持ってきた情報か」はわかるようにしておいた方が、執筆の手戻りを最小限にできます。取材メモの集積は最も大切な歴史系物書きの資産です。


 逆に言えば、Wikipediaも他の署名入り情報源も、絶対視できない点では同じであり、健全な猜疑心を持って扱うべきです。最も安全なWikipediaの使い方は、そこに挙げられた注記と参照文献リストを使って、署名入り情報源までさかのぼり、それを自分で読んで評価することです。


 ただ、おすすめするのは、いろんな言語版のWikipediaを読み比べて見ることです。日本語版Wikipediaの項目が他国語版の不正確な訳であることは非常に多く、元の版を読んでやっと理解できることがよくあります。Google Translateを使って(日本語ではなく)英語に訳せば、多くの言語はそれほどひどくない訳文になります。


 この連載ですでに、皆さんがあまり聞き慣れない軍事用語をいくつかご紹介しています。検索のキーワードをたくさん持っている人は、ノイジーだが広大な情報に触れることができます。


 そこから、経験の積み重ねで実質的な検索能力が高まっていくでしょう。例えば「一言一句同じ表現が検索結果に並ぶ」ときは、みんなWikipediaを引き写した孫引きページであることがよくありますし、そうなると「全体として典拠不明」と考えるべきでしょう。「全体として怪しいサイト」や「全体としてよく調べられているサイト」に出会うこともあるでしょう。


 論文や研究書は「著者が新規に明らかにしたこと」を中心にしなければならないので、個々の読者が興味本位で知りたいことを知るためには、研究者がたまたま同じ事柄に興味を持ってくれるのを待たなければなりません。あなたが自分で論文を書くつもりなら、不確かな根拠など目に入らないほうがましです。しかし小説を書くつもりだったら、どうでしょう。Wikipediaに限らず、ノイジーな情報を疑いつつ集め、比べ、時には調べていたのと別の疑問に気づくことは、様々な可能性をもたらしてくれます。


 例えば、第2次大戦の開戦当日にポーランドのTczew(トチェフ)近くの鉄橋で起きた戦闘について、ある研究書で知った私は、「Tczew 1939」で検索し、Wikipediaの項目を引っ掛けました。この項目はポーランド語版(Obrona mostów tczewskich)とドイツ語版(Angriff auf die Weichselbrücke bei Dirschau)しかありません。


 ポーランド領内でヴィスワ川を渡る鉄橋がどうしても欲しかったドイツ軍は、開戦直前にドイツへやって来たポーランドの貨物列車を強奪し、工兵中隊を乗せて(開戦前に)鉄橋の上に陣取ってしまう計画でした。その後に急造の装甲列車が続き、タイミングを合わせて急降下爆撃機がポーランド軍が引いているに違いない爆破用ケーブルを切る手はずでした。ドイツ語版にはこうした計画が細かく書かれています。


 ところがドイツが列車を奪取した駅近くに駐在していたポーランドの関税職員が異常に気付き、口を封じられる直前に本国へ電話しました。すぐにポーランド軍は列車の進路をできるだけふさぐとともに爆破準備を進めました。偽貨物列車のほうが前にいるので装甲列車もうまく射撃できず、橋の爆破は成功しました。ポーランドが降伏するまで、ドイツ軍の復旧は間に合いませんでした。


 ポーランド語版はもっと簡潔ですが、犠牲になった関税職員の名前や、鉄道員も含めた犠牲者の記念碑保存を巡るポーランドの新聞記事などを紹介しています。


 他のすべての言語版が、この事件を取り上げていないこと自体も、ひとつの情報に数えられるかもしれません。


「事実はひとつしかないが、真実は人の数だけある」というのは『銀河英雄伝説』に出てきた表現だったと思いますが、各国語版のWikipediaは「ひとつのことを語る複数の声」に触れるチャンスをくれるのです。


 ただ、「英語力はネットワーク・リテラシーの一部で、ネットから引き出せる情報量を飛躍的に高める」ということ自体は、残酷な現実というべきかもしれません。ウリモノは歩いて来ない、だから自分で積むんだねという奴です。もちろん英語とも歴史とも何の関係もないウリモノのおかげで、小説がバンバン売れたりカウンタがガンガン回ったりしている人は、たくさんいるのですが。

 私に言わせれば、作家の故・佐藤大輔さんはエロミリで非ミリの人たちからも尊敬され評価された人で、エロのウリモノ抜きで評価するのはむしろ過小評価なんじゃないかと思います。


以下の更新予定

5.装甲車は戦車に入りますか

6.憲兵さん、この人です


 概ね「1週間は空けないで更新する」つもりです。


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