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始めは少しよろめく事あるけど

あてもなく彷徨っていた。

ヒカエル様が逃げ去ってしまった後は、しばらくその場で呆然としていた。一体何が不味かったのか、考えても判らなかった。何か気にさわる事をしてしまったのか。自由に歩ける様になった事で、調子に乗ってしまったのだろうか。

ふいに人間だった頃の記憶がよぎる。俺は子供の時から誰かに褒められたり、何かをやり遂げる度に調子に乗って失敗をするきらいがあった。大人になってからは気をつける様にしていたのだが、ヒカエル様を前にして、ミラクルを起こして見せた自分に舞い上がっていたのかもしれない。何事も上手くいってるとき程慎重になれと親によく言われた事を思い出す。

ま、次からは気を付けよう。そう気を取り直し、その場を後にした。

因みに、そこに留まって再び土に埋まって過ごすという選択肢はなかった。大根は移植に向かない作物なので、一度引っこ抜かれてしまうと、再度土に植えられても定着出来ずに枯れてしまうのだ。その事をあの時に伝えておけばと思わないでもないが、同情を引くようなやり方は好きじゃあない。

どのみち長くは持たない身だろうけど、せっかく動ける様になったんだ、どうせならここがどんな世界なのか見ておきたい。また何処かであのお方に会えないとも限らないし。そういう希望に身を膨らましつつ、俺は未知の世界へと一歩を踏み出したのだった。

わさわさっわさっ

畑に面していた砂利道を歩いていく。

茎と葉を使って歩くのにも最初は苦労した。これはどうやら、力の込め具合によって生じる圧力差を利用して動いてるみたいだ。難しいことは省略するが、力を抜いた方向に茎が曲がる。これが厄介な事に人間の関節とは勝手が逆なのだ。しかしどんなことでも始めは上手く出来なくて当然。諦めずに、何度かよろめきながら歩き続ける内に、だんだんとコツを掴んでいった。

歩くのに馴れてきたら、今度は走る事にも挑戦してみるが、これがまた上手くいかない。足廻りとなる茎と比べて大根ボディーが重すぎるのである。スピードが乗るまでに時間が懸かりすぎる上に、スピードが出たら出たで上手く止まれない。そこで最初に身体を起こした時の事を思い出した。あの時は無我夢中だったが、体内の水分を動かす事による体重移動で飛び上がるように身体を起こしたはずだ。

立ち止まって、後方から前方へと体内の水を動かしてみる。

ぐんっ

と前に進もうとする力が身体に働き、それに合わせて足を動かすと一瞬でスピードが出た。止まるときも逆の要領で上手く止まる事が出来た。水分を潤沢に含む大根ならではの動きだ!弱点を乗り越え長所に変えたと言っても良いだろう。

こうして、道すがらの特訓の甲斐もあり、今では俺はその辺のちびっ子並みに俊敏に動ける様になっていた。

やっぱり俺ってミラクルな大根なんだろうか。いや、調子に乗るのはやめようと心に誓ったばかりだ。自重しよう、俺はいたって普通の大根だ!

そうこうしながら砂利道を進んで行くと一軒家が見えてきた。

この世界の文明度を推し量るのに、家は格好の材料となる。少し覗かせて貰うか、そう思い近付いていく。

わさわさっ

ふむ、洋風とも和風とも言えない造りだ。中途半端だ。現代の日本にある普通の住宅を思い浮かべて貰えばいいだろうか、あれを少しだけ古くしたような感じか。

基礎部分には切り出した細長い石を横倒しにしたものが使われている。その上に木造の土台が乗せてあるようだ。ふむふむ、この辺は以前見た農村にあるような家と似てるね。

ほうほう、なかなか大した造りじゃないか…

……

うん、詳しいことは判らないね。専門じゃないし。

とりあえず、ぐるっと家の周りを見たところ、ガスも電気もきてる風ではないな。どれ、中もちょこっと見せてもらおうか。そう呟きながら玄関の前に立った時、

ガラガラっ

と音をたててガラス張りの引き戸が開いた。

「あれぇ、誰か来てると思ったんだけどねぇ。おや?」

死んだふり死んだふり…いや、この場合は生きてても良いのか。ど、どうするよ?玄関にいきなり大根ってどうみても不自然だろ!

「家に居ないと思って誰か置いていったのかねぇ。誰だろうね、悪いことしたねぇ。」

そうでもなかった様だ。その婦人はひょいと俺をかかえ上げ、

「あら、立派な大根だよ。後で誰なのか聞いて回ってお礼言わないとねぇ。」

と言いながら家の中へ戻っていった。

そして、

じゃぶじゃぶじゃぶ。

「ほーら、綺麗にしてあげるからねぇ。」

台所のすみにある水を張った木桶の中で、俺はその婦人によって丁寧に洗われていた。それはもう丁寧に。

あー気持ち良い!何ヵ月ぶりの風呂だろう。

『ミネラル吸収量激減、生命維持深刻―』

まあ、泥を落とすのは本当は身体に良くないんだけど、気分爽快になったので良しとしよう。ミネラルか、その辺はおいおい考えていかなきゃだな……案外温泉なんかに浸かるといいのかも。いや、その発想は危険だよな。

温泉か……

温泉……ヒカエル様と、温……

ぶんっ、ぶんっ!

突如巻き起こった邪念を払うかのように、婦人が俺を振り回して水を切る。

「よーし綺麗になったね。」

ごとっとテーブルに置くと、キッチンに向かい何やら料理の支度を始めた。

そろそろ潮時かな。

「ただいま!」

タイミング悪く、この家の子供らしき少年が帰ってきた様だ。ドタドタと足音がこっちに向かってくるのが分かる。

「母ちゃん!」

「お帰り!遅かったねぇ。」

「ねえ、あの綺麗な緑の服着たお姉ちゃんは?」

ん?

「ああ、あの子ならあんたが朝家を出たあと直ぐに旅立っていったよ。」

なに?

「えー!本当に?今日一緒に畑に行く約束してたのにー。」

その話、もう少し聞かせて貰おう。

「それなんだけどね、何にも残っちゃいないし放ったらかしにしてる畑だから生えてる物は何でも持っていきなって言ってあげたんだよ、でももしあれが残ってたら危ないからって一人で行っちゃったんだよねぇ。」

「そうかー。」

「あれは残っててもあたしらの手に負えるもんじゃないからねぇ。」

そう言いながら婦人がコンロに薪をくべる。

「父ちゃんがいなくなって寂しかったから、家族が増えたみたいで嬉しかったのに……」

婦人の手が止まった。子供を振り返り、

「ちょっと、あんた!あの人は死んだんだよ。もう何処にもいないんだからね。余計な事を他所で言うんじゃないよ。」

「う、うん。わかってるよ…」

「本当だろうね?ああ、あの人も馬鹿だよ。あんな物に手を出さずに、今まで通り大根だけを作ってりゃ良かったのに…あ、そうだ、大根といえば、あれ?」

……

「どうしたの、母ちゃん。」

「そこに、大根がなかったかい?」

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