パラレルワールド
この小動物は…ひーたんの精霊?
アイドル天使達の戦いをサポートする為に存在する5体の精霊。普段は変身アイテムの鏡の中に隠れていて、節目節目で現れては適切な助言をくれたりもする。ひーたんが身に付けていたのは腕時計型のキラくるウォッチだった。しかし今、ひーたんと同じ姿をした少女が目の前で俺に突きつけているのは懐中時計だ。ウォッチはウォッチでも微妙な違いがある。
注目すべきはその懐中時計の鏡の中でふてぶてしく腰に手を当てている小動物だ。どこぞのネコ型ロボットを、もふもふにして小さくしたような見た目、ひーたんとペアを組んでいたあの精霊とそっくり。いや、全く同じ姿だ。確か名前は…
「オペラ」
「惜しいのね。名乗ってもないのに不思議なのね。あまりいい気分はしないのね。」
このふざけた語尾もテレビで見たひーたんの精霊と同じ。
「この子の名前はケプラよ。」
だが名前は違う。微妙に違う。
……ははーん、なるほど。ぴんときたぞ。
状況を整理しよう。このひーたんの精霊と瓜二つの小動物は驚くべき事にガチのやつだ。CGでも声優が喋っている訳でもない。今目の当たりにしているのだから当然といえば当然だな。
だとすれば、
「失礼ですが、あなた様のお名前もお訊きして宜しいでしょうか?」
「私?私は…」
先程小動物が「ヒカ」と呼んでいた。そこまではひーたんと一緒だ。だがしかし……
「ヒカエルよ。」
「ヒカエル様であられますか…ありがとうございます。」
やなり微妙に違うな。信じがたいことにこの少女は俺の推すひーたんではないらしい。よくよくみればこのヒカエルという少女が身にまとっている服装も、ドラマ本編では観たことの無いものだ。旅装?とでもいえばいいだろうか。
「自分から名乗りもせずに人に名前を聞くとは失礼な魔物なのね。」
失礼なのはどっちだ!く、俺が元々は人間だった事を伝えた方がいいのか。
「それは申し訳ありませんでした、僕は…」
あれ、俺の名前なんだったっけ?
んー、ここまで出かかってんだけどね。仕方ない適当に答えとくか。
「ただの大根です。名などありません。」
「あほなのね。」
今は我慢だ。かなり頭にくるが、この手の奴は実際役に立つ。喧嘩をふっかけるのは得策じゃない。
俺とて一を知れば十を知る男。少ない情報から全てを推し測る事は我が最も得意とするところだ。
大根になってから、ずっと考えてきた。ここは一体何処なのか。
これだけヒントが揃えばほぼ確定したと言っていいだろう。
「あなたは本当にただの大根なの?魔物ではなくて。」
そこまで言われると自信がなくなってしまうな。しかしこれはあれだろ、魔物だと断定されたら無事じゃ済まないパターンだよな。全力で否定しないと。
「はい、喋れる以外は普通の大根です。味は保障します。」
自分でも何言ってるのかよく分からない。
「ばかなのね。」
黙れ、小動物が!こっちは必死なんだよ!
「どうかこれだけは信じて頂きたい。僕は決して貴女様に害をなすものではありません。むしろ逆であります!」
そう、予想が正しければこの人は俺にとって神にも等しい存在なんだ。ここで出会ったのは運命と言って差し支えないだろう。
「ヒカエル様はアイドル天使でいらっしゃるのでしょう?」
テレビの中の、ではなくガチの、という意味だ。
「アイドルが何を意味するか分からないのね。ヒカは天界の天使なのね。そこは合ってるのね。魔王と戦ってるのね。」
「ケプラ!」
ふっふっふ。やはりお前らはそうだ。どんなことでも訊かれたら答えずにはいられない生き物なのだよ。おまけに訊いて無い事までペラペラと喋り出す始末。もはや宿命的生物といっても過言ではあるまい。憐れなものだ。
それにしても、アイドルではなく天界の天使か。これも微妙な違い。微妙な差異だな。
天使ヒカエル様…推させていただきますともっ…
恐らくこの方はひーたんであってひーたんではない。かといって別人でもない。=(イコール)でも≠(ノットイコール)でもない、≒(ニアリーイコール)の存在だ。小動物≒精霊も同様の事だ。
マンドレイクの叫びで死ぬのが常識だとか、魔物とかいうワードが出てきたことで俺は異世界に転生でもしたのかと思っていた。あるいはテレビの世界に迷い込んでしまったとか。だがそれはどうもしっくり来ない。「微妙な差異」の存在があるからだ。
おそらくここは俺が元いた世界ではない。それは間違いないと思う。何故なら。
「ケプラさん、今日は何年の何日ですか?」
「唐突なのね。いきなりそんなことを訊くとは、変なやつなのね。」
「お願いします。ヒカエル様に引き抜いて頂いた今日と言う日を胸に刻んでおきたいのです。」
これは半分本音でもある。
「気持ち悪いけどボクは親切だから教えるのね。天界の暦と人間達が使ってるボグドゥフ暦とどっちがいいのね?」
「あ、もう大丈夫です。ありがとうございます。」
「そう言わず聞くのね。」
「大丈夫です。」
ほらね。異世界かどうか迷ったらまず暦を聞け、俺の持論だ。変な名前の暦が飛び出せば、それが元の世界ではないことの証明になる。
若干困惑した様にこちらを見つめているヒカエル様。俺の処遇をどうすべきか思案しているのかもしれない。
今の問答で俺は一つの結論を導きだしてしまった。ここは、俺が大根となって今いるこの場所はおそらく…
パラレルワールドだ。うん、異世界よりもこっちの方が断然いい響きだ。何故かしっくりくるものがある。もう一度言おう、ここはパラレルworldだ。
元々一緒だった世界が何かしらの選択的要因によって枝分かれした異なる可能性の世界。いわゆる「タラレバ」の世界ってやつだ。
これはあくまでも俺の立てた仮説に過ぎない。だが大事なのは何が真実かを深追いするのではなく、どう捉えればより良い行動に結び付けられるかを模索する事だと思う。
主人公は恐ろしい程に勘が鋭くて頭の回転が早いですが、早とちりしやすく思い込みも激しい上に自分の言動を客観視するのが苦手です。ようするにあほです。