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収穫の時は今

それは、天女かと見紛う程の美しい少女だった。立ち尽くしたまま静かにこちらを見据えている。

目が合ってしまった…植物で良かった、人間のまま、こんな美少女に見つめられていたら2秒で息が止まっていた事だろう。

『気孔の収縮を察知、呼吸停止、原因不明―』

止まるんかいっ!

少女がさらに近くに歩み寄ってきた。地面に落ちた影が俺をすっぽり覆う。

しゅわぁーーーー

ん、何の音だ?

『葉脈流の流速が上昇、原因不明―』

分かりづらいなっ!要は心臓が高鳴ってドキドキするってやつか。あれの植物版か!

なんとなく気づいてはいたけど、俺自身の感情の変化は植物の身体にもかなり影響を及ぼすみたいだ。

それにしても、この高ぶり…身に憶えがあるぞ。このお方はもしや…

「すうぅーーー。」

激しく動揺する俺をよそに一度深呼吸をする少女。なんというか、ひとつひとつの動作がいちいち可憐だ。ぼーっとして見とれていると、その手が俺をめがけて伸びてきた。

むんず!

………あ。

少女の両手がおもむろに茎の生え際を掴む。危ない、思わず声を漏らすところだった。

俺は抜かれるのか。こんな絶世の美少女に抜かれてしまうのかっ!

ぐんっと引き抜こうする力が加わる。それに合わせて少女の顔が歪む。まさに引き抜かれんとするその最中、俺はただただその相貌を下から眺めているのだった。

そして、

ひーたんっ!

思い出した!全ての記憶を取り戻したぞ!

これはアイドル天使キラくるきゅーんずのワンシーンだっ!

あの日、子供達と一緒に視聴した回で観たあのシーン。雑誌取材の企画として農業体験に挑むことになったひーたんが、畑の大根を引き抜こうとして目一杯踏ん張っていた時のあの表情。

あぁ、大根になってあのお顔を下から眺める事が出来たならどんなに幸せな事だろう。俺が抱いた感想がまさにそれだった。

大根が羨ましいぃ。あの大根になりたいっ。そんな鬱屈とした想いをSNS上でぶちまけ皆の失笑を買ったのは良い思い出だ。

これは…

余りにも切実なその願いが叶ったという事だろうか。そう考えて間違いないかな。あの天使としか言い様のないひーたんの、見るもの全てを悶えさせる程に美しく歪む表情が今、目の前にあるのだから…

俺は望んで大根になることが出来たのだ!

「……ん、くぅー!」

ぶちっ

『二次根破断30%―』

いかん、このままではあっさり引き抜かれてしまう。人生の全てを犠牲(?)にしてまで迎えた今この時。こんな幸せな時間をそう簡単に終わらせてたまるか!

残った二次根(ひげ根)に全精力を込める。よし、心なしかグリップが効いてるようだぞ!

「んーーーー!」

ぐぬぬぬぬ、まだだ、まだ抜かれんぞ。まだ抜かれるわけにはいかんのだよっ!

しかし、なんて美しいお顔だ…あぁ…この世のものとは思えん……しまった!一瞬気持ちが緩んでしまった。

「くぅ、あ!」

すぽーん

抜かれた―。

でもこれで終わりじゃない。テレビで観たあのシーンでは、ひーたんは引き抜いた大根に頬擦りをしていたはずだ。同じ展開が待っているのなら…

俺が、俺が直接泥を擦り付けるのか?ひーたんの透き通るような頬に、俺自らが泥を擦り付けると言うことかーっ!不味い、それは流石に不味い。不味くないけど。いや、不味い。だけど不味くないーーっ!

ひゅーん!

あれ?宙を舞ってますね、今。

ひーたんであろう少女に引き抜かれた俺はそのままの勢いで空中に放り投げられたのだった。

ぼてっと地面に落ちる俺。どういう事だ、まさかあの頬擦りは別撮りか?他の大根だったとでもいうのか。いや、それは違うぞ落ち着け。録画で何度も一時停止をして確認しただろ、あれには間違いなく同じ大根が使われていたじゃないか!

はっ!そういえば撮影スタッフの姿が一人も見えんな。もしかして…これはリハーサルだったとか!

そこまで考えが及んだ時に、必死に声を出すことを堪えていた事も忘れ、思わず大声で叫んでしまった。

「どーゆー事ですか!これはっ」

しかし、その声は少女には届かなかった。少女がうずくまったまま、先程俺を引き抜いた両手で耳をしっかり塞いでいたからだ。

え、何で?

「ちょっと?聞いて下さいよっ!」

焦ってそう呼び掛けるも、耳を塞いでいる相手には聞こえるはずがない。

いや、マジなんなんすか、この状況?

滅多な事では驚かない性格の俺だが、今起きた出来事を受け入れられずにいた。植物になったと判った時よりも、大根になったと判った時よりも、何百倍も困惑していた。

当然だ。ひーたんの頬ずりが無しになってしまったのだから。

せっかく大根になれたのに、そりゃないっすよぉ…

暫く途方にくれていると、少女が立ちあがった。相変わらず耳を塞いだまま、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。俺の側まで来て立ち止まると少女は耳にあてていたその手をそうっと下ろそうとする。

今がチャンス。

「あの…」

俺がそう呼びかけると、少女が咄嗟に身構える。そうだよね、大根が喋るなんて意味不明だよね。ひーたんを驚かせてしまったな申し訳ない。

だが、このまま「スタッフが美味しく頂きました」となる前にせめて自分の想いを伝えたいんだ。

一人のファンとしてずっと応援してきた事。ひーたんに出会ってから今までの人生が一変する位の強烈な多幸感に満ちた日々だった事。その事への感謝の気持ち。そしてこのまま大根として一生を終えることに一切の悔いがない事。

様々な想いが駆け巡るなか、俺に浴びせられた少女の言葉は、思いもよらないものだった。

ここから先は中世ファンタジー要素を無理やり強くしたお話が続く予定ですが、作者のテンション的にはこの回がピークです。

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