拡がっていく新たな視界
あれから―
結構な時間が経過したと思う。今のところ俺の生育は順調だ。
双葉となって地上に飛び出したあの瞬間、それまでの土の中とはうって変わり強烈な光を全身に浴びるのを感じた。
思えばネギなんかは地面に埋まっている部分と露出している部分とでは白と緑に色が別れる。成長にあわせて土をかぶせて行くことで白ネギの部分、いわゆる軟白部を長くする事が出来るらしい。つまりは身体の表面に光を感知するセンサーがあるんだろう。
この事は俺にとって文字通り光明となった。
光を感じている表面部分に意識を集中することで周りの景色がはっきりと視える様になったのだ。
あれには本当に驚いた。なんでもやれば出来るもんだな。流石俺。
まぁ、もしかしたら殆どの植物にはこんな風に周りの景色がちゃんと見えてるのかもしれない。悪い事は出来ないよ?
それはいいとして、何故こんな状況になったのかが一向に思い出せないでいる。どうでもいい知識はぽんぽん浮かんで来るのに、肝心の事が全くわからない。困ったもんだ、自分が誰だったのかすら憶えてないとは…
はっきりと言えるのは俺は人間だったという事。これは間違いない。今は植物になってるみたいだけど。
植物…なんだよなぁ。ワンチャン、夢オチの可能性もあるということを希望として持っておこう。その上でまずは植物である現実を受け入れよう。
『光量の低下を確認、光合成を停止。夜間省エネモードに移行します―』
事あるごとに鳴り響くこの声にも大分馴れてきたな。どうやらこの声は植物になった自分の身体が今どんな状態なのかを説明的に逐次伝えてくれるようだ。なんの為にこんなものがあるのか見当もつかないが、こういうものなんだろう。
声といえば
「わっ!」
と大声を出して近くを通りかかった猫を驚かせてみる。
「ふぎゃ!」
びっくりして辺りを見回しているな、声の主は俺だよ~。ふふ。
そう、なんと俺は喋る植物なのだ。凄いぞ!
始めは単なる思い込みかと思っていたけど、何度か動物相手に実験をしてそうじゃない事が分かった。実際に声は出ているし、自分の発した声を音として認識することも出来ている。ていうか音って植物になっても普通に聞こえるみたいだ。観葉植物に話しかけて育てると良く育つって話もあるからな。悪い事は出来ないよ?本当に。
耳?をすませば聞こえてくる、川のせせらぎに風の音。動物たちの足音に虫の声…
やめろ!葉の裏側に卵を産み付けるんじゃないっ!
くそ、こいつらは大声じゃ追っ払えないな。どうしたものか…
身動きがとれないっていうのは本当に辛いぜ。植物だから仕方がないけど。
『現段階で、付着物を排除する為の○○は××が足りない為使用不能―』
ん、何だ?良く聞き取れなかったぞ。まぁいいか。出来ない事をあれこれ気に病んでも始まらんしな。
そんなこんなで日々は過ぎて行く。
だんだんと肥大していく俺の地中部分。枝分かれした数本の茎にくっついてるギザギザの葉っぱ。分かってきましたよ、自分が何者か…
大根だ。
大根になったんだ俺。
そっかぁ……
何故だ!何故大根なんだ!
「何故だぁぁぁぁ!!!」
力のない叫びが、荒れ果てた大地に響き渡った。
あ、荒れ果てたってのは適当言いました。結構周りは生い茂ってますね、色々と。
これって不味くないのかなぁ。大根って作物だよね。こんなに雑草に囲まれても大丈夫なもんなの?野生の大根もあるにはあるけど、あれって固くて辛くてとても食用には向かないって話だよ。俺やだよそんなの、ひとたび大根として生を受けた以上は美味しい大根に育ちたいじゃない、やっぱり。それには地中の栄養分をたっぷり吸収しないといけないと思うんだよねぇ。このままじゃ周りの雑草に栄養もってかれちゃうんじゃないかな~。
『地中のミネラル減少を察知、省エネモードを一旦停止、競合相手の生長を阻害する為のアレロパシーを放出―』
ちょっと待てぇ!なんか凄い危ない事言ったぞ今。アレロパシーって、生長阻害物質?大根はそんなもん持ち合わせてないだろ。
「もわぁーん、もわぁーん」
俺の声?いや、低周波か何かか?大根部分から発せられているようだが。
とっても不快な音だ。なんだか気持ちがネガティブになってきた。
そう思った途端、周りで生い茂っていた雑草がみるみると枯れ始め、あっという間に美味しい大根が育つのに適した環境が整ってしまった。
うん、何でもやってみるもんだな。
アレロパシーは物質じゃないのか。よく解らんな。そのうち解るかもな、今は考えるのをやめよう。結果を受けとめるだけでいいはずだ。そうしよう、ははは。
俺ってひょっとしたらとんでもなく特別な大根なのかも。
喋れるし、変な音で周りの植物をやっつけられるし。
このまますくすく生長して最高の大根になれればいいな。そしていずれはおでんにでもなって、誰かに美味しく食べて貰えれば言うことなしだよ。大根なんだから目指す理想ってそんなもんだろ。
おでんか…
そういえば、家族に、
よく
つくっ…て
あげ…た…な……
『アレロパシーの放出完了、停止中の省エネモードを本解除、呼吸以外の全活動を停止、緊急回復モードに移行―』