序章
光り一つない暗闇。気がつくとここにいた。
何も見えないし何も感じない。ただ思考できる意志があるのみ。思考できるのなら、きっと俺はまだ生きている。
まてよ、ひょっとして俺はもう死んだのかも。死んで魂だけの存在になったから何も感じなくなったとか…
だとしたらここはあの世ってやつか?
この何も見えない、何の感触もない場所が死後の世界なんだろうか。
うーん…
思い出せないな…何で死んだんだ、俺?
「何故だ」
うめくように呟く。その声は音として認識することができた。自分の身体のどこが口で耳かも分からないのに不思議だな。しかし、声を出すことは出来るし音を聞くことも出来るようだ。これが分かったのは大きい。
「あー、あー、誰かいますかー?」
取り敢えず呼び掛けてみるが返事はない。
「あー!あー!だーれーか、いーまーせーんーかー!」
大きめの声で呼び掛けてもやはり返事はない。あれ、そういえばここ全く声が響かないぞ。むしろこもっているというか…閉塞した空間なんだろうか?
などと考えていると、
『水、酸素、温度、3つの条件を全て満たしました。発芽プロセスに移行します。発芽抑制物質の分解開始―』
自分で発していたのとは完全に別な声が意識の中をこだました。
「へ?なに、今の」
そう考える間もなく、感じる事を失ってしまっていた筈の身体を、ある感触が襲ってくる。
ふへ、ふへへへへ。なんだろこれ、くすぐったいや。
身体中で液体が泡立っているような感じだ。
声といいこの感覚といい、やっぱりまだ生きてるのかな、俺。しかし無事とは言い難いだろう。いまだに手足も動かせないし、そもそも手足がついてる感覚そのものが無い。病室でハッと目覚めて「とうさん、俺、足ついてる?」と思わず聞いてしまうあの感じだ。よく解らんが。
『発芽抑制物質分解、40%―』
再びあの声が鳴り響く。どこから聞こえてくるんだ?これ。ていうか何でこんな状況になったのか。
うーん、思い出せんな…
泡立つ様な感覚は次第に弱くなっていった。そして別の感覚に取って代わる。これはよく知ってる感覚だぞ、重力だ!
「地球の重力は美味いな…」
どこの大尉だ!と言わんばかりに重力を噛み締める。うん、分かるぞ、こっちが下でこっちが上だっ!目を瞑っても上下が認識出来るのは重力があるからだ。
『発芽抑制物質分解、70%―』
さっきからなんだってんだ。ハツガってタネじゃあるまいし…
重力の感覚をたよりに意識を集中してみよう。何か別の物を感じられればいいが…
こっちが上でこっちが下だから、こっからここまでが俺の身体な訳で…ふんふん、なるほど、あれ?なんか丸い?
『発芽抑制物質分解、80%―』
気が散るわ!
んー、やっぱりそうだ。丸いわ、この身体。
まさか本当にタ…
『90%―』
タネじゃないですよね?
『95%―』
違いますよね?
『100%、抑制物質の分解が完了しました。これより発芽を開始します。』
やっぱりタネかあぁぁぁっっ!!!
声にならない叫びとともに、全身に激痛が走る。外郭部分に亀裂が走り身体が真っ二つに引き裂かれ、そこから伸びる触手?の様な物によって身体ごと地表面向けて押し上げられていった。
「いぃやあぁぁぁ!!!」
こうして
何処かも分からない地で俺は元気いっぱいに芽を出すことに成功したのだった。