水平線の向こうに
文フリ等で作品を発表する以前に作者が初めてしっかりと書いた長編?中編?小説です。
2015年冬の文フリで無料配布させて頂いたものとほぼ同様の内容となっています。
列車が山と山の間を抜けると目の前には一面の海が広がった。
太陽から陽を注がれた海が水平線からその陽を写し続けていた。
その陽はすこし薄暗かった山間と比べると一瞬目がくらむほどに眩しかった。
車内アナウンスが目的の駅へと到着を知らせる。
それを合図に金網からボストンバックを降ろすと、列車は駅のホームへとゆっくりと滑り込んでいった。
ホームに降り立って、腕時計に目を落とす。十三時十五分、まだ姉との約束の時間には少し早かった。ホームの向こうに見える海にもう一度目を向ける。
久しぶりに見る地元の海はあのころよりも幾分心を落ち着かせてくれていた。
*
「今日も大変だったのよ。そもそも、なんでこんなに忙しいのかしら。市役所は楽だって聞いてたのにー」
「うんうん」
高校を出ると都会の大学に進学した僕と対照的に、姉は生まれた時から大学まで地元で過ごし、今も地元の市役所に勤めていた。
僕は大学に入って以来、三年近く地元へと帰っていなかった。
そんな僕を心配して、もとい、僕に愚痴を吐くために時折、電話をかけてくるのだった。
この日も、バイトで疲れ切って帰ってきた僕に心配?して電話を掛けてきていた。
姉の話を、僕は疲れで遠のきかかる意識を寸前のところで留めながらあいづちを打っていた。
「もうすぐ、祭りの時期じゃない? おかげさまで、毎日準備に駆り出されてもうあちこち筋肉痛よ。」
「うんうん、うん?」
そこで一つのことが引っかかった。市役所が出るほどの規模の祭りといえば……。
「そうか、あの神社、今年は「本祭」だっけか。」
「そうそう、今年は「本祭」なのよ。」
地元で最も大きいといわれるその神社は、通常のお祭りに加えて、三年に一度、「本祭」と称した大規模な祭りを開いている。
「そうだ、悟、ちょうど大学も休みに入る頃なんだし、久しぶりにお祭りに参加してみない?、まあ悟にもいろいろあると思うけど、せっかくの本祭だし、たまには実家に顔みせるのもいいと思うわよ。それに、人手も増えるからね。」
普段であれば、何かと理由をつけては帰らなかっただろう。
大学に入ってから三年も地元に帰らなかったのは、ただなんとなく、だった。
そう、なんとなく。
しかし、今年は「本祭」だ。この「本祭」の存在が僕を悩ませた。
あの高三の夏以来の「本祭」なのだ。
恐怖がないといえば、嘘になる。
それでも、その裏でずっと残り続けている後悔と向き合う最大のチャンスかもしれなかった。
結局、僕は(姉の本音がちらつく)誘いに乗ることにしたのだった。
*
姉は約束通り、十三時三十分ちょうどに車で駅へとやってきた。
「久しぶりね、さ、乗って。」
荷物とともに後部座席に座ると、車は駅前から市街地へと走り出した。
しばらくして、信号待ちで止まると姉が振り返って何かを渡してきた。
「長旅ご苦労様っ。」
ミネラルウォーターだった。
なぜか、ニヤニヤしている姉の顔を見返す。何か入っていたりするのだろうか。
「何も入ってないわよ。もともと貰い物だし。」
口に出していないのに、僕の顔色うかがってか、そう答える。
見るにラベルも、飲み口もあけた形跡もないし、有名なメーカーの物で確かにその心配はなさそうだった。
ここまでの道すがらで水分をとっていなかったせいもあってか、喉も乾いていたので、ありがたくいただくことにした。
しばらくして、また信号待ちで止まると、姉は僕が飲んだのを確認していった。
「あーあ、飲んじゃったわね。これで報酬は受けとったと。」
「え?」
「報酬は受け取ったんだから、きちんと仕事してもらわないとね。ちなみにあげるとは一言も言ってないわよ。」
ひどい。ひどすぎる。さながら詐欺師の手口だ。
「まあ、明日からバリバリ働いてもらうとして、今日のところは、軽めで済ませてあげるわ。」
車は実家とは別の方向へと走り出していった。
*
連れてこられたのは、まさにメイン会場である神社だった。
広大な土地を誇る境内は、屋台にテント、矢倉立てにと、左右どこを見回しても人々がせわしく作業していた。
ここのどこに軽めの仕事があるのだろうか……。
「あのー、軽めって言ってたよね?」
「大丈夫、大丈夫。ただ挨拶するだけよ。そこで待ってて。」
そういって、僕を鳥居の前に残して、姉は休憩所があるテントのほうへ走って行っていしまった。
何気なく作業している人を眺めていると、作業の中心に一人の女の子がいることに気が付いた。
黒い髪をポニーテールにして、見た目は僕と変わらない年齢くらいに見えた。
それでも、てきぱきと周りの人々に指示を出す姿は凛とした気品に満ちていた。
そして、周りの人々も彼女のことをとても信頼しているように見えた。
僕はその様子をしばらく眺めていた。
戻ってきた姉が連れてきたのは、髪を短く刈り上げたガタイのいいおじさんだった。
「おお、この子が弟さん?」
「はい、弟の悟です。明日からバリバリ使ってやってください。」
姉の紹介に慌てて続く。
「は、初めまして、立花悟といいます。よろしくお願いします。」
「おう、俺は屋代良吾。設営部隊の責任者をやってるもんだ。人手不足なもんでな、こうして来てくれて本当にありがたい。悟、よろしくな。」
屋代さんは豪快に笑いながら握手を求めてきた。
「ところで、もう『姫』にはあったか?」
屋代さんに力強く握られた方の手をさすりながら聞き返す。
「『姫』?」
「おう、この神社の当主の娘さんなんだけどな。ものすごくしっかりしててな、まだ来てからたいして経ってもないのに、全体の指揮を執ったりもしてる。こうして人手が足りなくてもなんとか作業が進んでるのは『姫』のおかげだってみんながいうほどさ。」
なるほど、さっきの彼女はその『姫』だったのかもしれない。
「まあ、ここで作業してれば、近いうちに会うことになるかもな。俺はそろそろ戻るけど、悟、明日からよろしく頼むな。」
屋代さんは手を振って作業へと戻っていった。
*
翌日、祭りの手伝いに予定通り?に参加することになった。
作業開始前に屋代さんのところへと挨拶をしに行くと、屋代さんは意外な人と話していた。
「おはようございます。屋代さん」
「おう、おはよう、悟」
「むっ? 君は……。はじめて見る顔かな。」
屋代さんと一緒にいたのは『姫』だった。
「は、はじめまして、立花悟といいます。」
「うむ、私は柊伊代という。この神社の当主、柊源次郎の娘だ。こちらこそよろしく頼む。」
屋代さんと伊代さんが話していたのは僕の担当場所についてだったようで僕はテント設営を任されることとなった。
屋代さんからは「わからないことがあったらなんでも聞いてくれよな。」と言われていたけれども、テント設営なら何度もやったことがあったから助かった。
それでも、終わるころには、ヘトヘトになっていた。
高校までは部活もやっていたし、体力にはそれなりの自信をもっていたが、いかんせん量が多いのと夏の暑さが堪えた。
社の日陰に腰かけてで休んでいると伊代さんが隣にやってきた。
「お疲れ様だ、悟。」
持っていた冷たいペットボトルの一本を僕にくれた。
ありがたかったが、なんとなく伊代さんの隣は緊張した。
「あ、ありがとうございます。」
あけて一口飲む、こういう時の冷たい飲み物は本当においしい。
「あ、ああ」
なぜだか、伊代さんも緊張した面持ちだった。
自分より緊張している人を見ると落ち着くなんてよく言うがなんだか少し落ち着いてきた。
「伊代さん、どうかしました?」
「ああ、聞きたいことがあってな。」
聞きたいこと?伊代さんが緊張するほど大事なこと?
彼女いるかとか?いや、そんな俗っぽいこと聞く人じゃなさそうだし、そもそもであったばっかりだし。じゃあなんだろう?
「その、都会とはどのような所なんだ?」
と・か・い?TOKAI?
あまりの質問にずっこけそうになった。
今ので伊代さんのイメージがだいぶ変わった気がする……
「都会ってあの都会ですか?」
「あの、と言われると困るんだが、悟は都会にいたと聞いたものでな。みな、都会はすごいところだというんだが、私はほとんど行ったことがないし、同年代の悟ならわかるかもしれないと思ってだな……」
僕は伊代さんの都会とはなんぞやにこたえることとなった。
途中からかつて都会にいた人たちも話に加わって盛り上がっていった。
なんだか伊代さんやみんなと打ち解けた気がして楽しかった。
「なるほど! 今の都会はバブルで、やまんばぎゃるが流行っているんだな!」
なんだか大分間違った知識を植え付けてしまったようだが……。
*
その日は蒸し暑い夜だった。
僕は高校の友人たちと共にこの『本祭』にやってきていた。
『本祭』にやってくる人々は、本当に多い。
近くの地域の人々はもちろん、遠くからわざわざ見に来るような人もいるほどである。
そんな人ごみの中で、僕たちははぐれてしまった。
混雑で連絡も取れず、探し回るうちに僕は疲れてしまった。
社の裏に用具置き場あたりなら祭りでも休めるだろうと向かった。
相変わらず人の多い大通りを外れ、脇の雑木林を通り近道することにした。
僕はただ、たまたまそこを通っただけなんだ。
雑木林の中ほどまで来たとき、ガサガサと音がした。
一人じゃない、幾人かで移動しているようだった。
近所の悪ガキたちかとも思ったが、様子がおかしい。
どうやら、口論をしているようなのだが、声が聞こえるのは二つの声だけだった。
痴話喧嘩、でもなさそうだ。そうこうしているうちにこちらへ近づいてきた。
近くの木の陰に息を殺して隠れる。
僕の正面に見えるのは一人の同年代くらいの少女の横顔。
そして、彼女に対峙するのは黒い服の男たち。
黒い服の集団の先頭にいる男となにやら口論しているようだった。
「今ならまだ死ぬか、ここから去るか、選ばせてやるぞ。」
「どっちもいやよ。それに私を殺して困るのはあなたたちなのよ?」
「なあ、こんな話知ってるか?神が成り立つのはなあ、権威とその器さえありゃいいんだってよ。所詮、お前はただの器さ。代わりはいくらでもいるんだよ。」
少女はキッと男をにらむ。
先頭の男が不意に懐から何かを掲げる。
それに月の光が反射してギラリと光る。
ナイフだった。
彼女の顔に驚きと恐怖が浮かぶ。
黒い服の男たちが少女の後ろを囲む。
そして、ナイフを持った男が一歩ずつゆっくりと彼女に近づく。
彼女は口を堅く結んで、少しうなだれたように見えた。
彼女を助けなきゃと思う。
それでも、脚は動かない。
心のどこかが、動かなければ自分は殺されずに済むかもしれないとささやく。
そもそも、自分が出て行ってなにかできることがあるのだろうか。
二人とも死んでしまうだけなのではないだろうか。
それでも、口を結ぶ彼女の表情はなにか救いを求めるようで。
助けると逃げるが頭の中をグルグル回る。
頭が痛くなってきた。なにもかもが分からなくなる。
ただ、彼女の表情だけは強く、強く焼き付けられていた。
*
最悪の目覚めだった。久しぶりにあの夢をみることになるとは……。
あの直後はよく見た夢だった。
僕はそのあと起こったことを覚えていない。
そして、この事件が報道されたということもなかった。
それでも、あの出来事がただの夢ではないことは確かだ。
あの直後に、転校した人がいたのだ。
別のクラスで知らなかったが、調べてみるとあの時の彼女にそっくりだった。
写真の彼女を見て、また後悔に苛まれたりもした。
一方で、いくつかの疑念も残ったままだった。
彼女はあのまま殺されてしまったのだろうか。
殺されてしまったのだとしたら、なぜその事実は伏せられ続けているのか。
結局、其の後何も事態は変化することなく僕は都会へと向かってしまった。
そういう意味では今度の『本祭』はラストチャンスなのかもしれない。
なんのキッカケも逃すまいと誓って、神社へと向かった。
*
手伝いを初めて数日が経って、周りの人たちともかなり打ち解けてきた。
「いやぁ、すごいな都会は。」
伊代さんの都会への質問コーナーも定番化しつつあった。
「悟はいつもそんな世界に生きているのか。それもまたすごい。」
「大げさですよ。それを言うならあれだけの大人数をまとめてる伊代さんのほうがすごいと思います。」
「それは、私がすごいというよりも役目だからだ。一応、この祭りの主役であるのだからな。」
主役?当主じゃなくて伊代さんが?
「どうゆうことですか?」
「ああ、悟は聞いていないのか。この神社において、神の使いとして選ばれるのはその家の当主じゃなくてその娘なんだ。今年は『本祭』だろう?『本祭』の時に継承者に該当するものがいる場合、継承が行われることになっている。まあ、前任の人が亡くなってしまっているから今回は認定みたいなものだけが行われることになるだろう。」
最近、何気なく話すようになって忘れかけていたが、この人はすごい人なのだ。改めて実感する。
「やっぱり、伊代さんはすごい人です。」
「いやいや、ただ本当に役目なだけさ。これが私の使命でもあるんだ。私はこうあるためにうまれてきた、ただ、それだけだ……」
その瞬間だった。
あの夜の少女の表情と伊代さんの今の表情が重なる。
回る。二つの表情がグルグルと回る。
「うっ……」
「どうした、悟!」
伊代さんが駆け寄ってくる。
さっきの表情はもうなく、とても心配してくれているようだった。
そのまま、伊代さんは救護所まで肩を貸してくれた。
「よくなるまで、絶対安静だからな、いいな。」
と僕を救護室に置いた後、現場へともどっていった。
なんだか少し情けなくて格好悪かった。
あの瞬間、どうしてあの夜の記憶が蘇ったのだろうか。
普段、あの夜の少女と伊代さんは似ても似つかないほどに違う。
でも、あの瞬間、伊代さんはあの夜の少女とまるで同じ表情をした。
ここになにかつながりがあるんじゃないだろうか。
そんな疑念が湧く。
ただ、どうして伊代さんはあんな表情をしたのか、それはわからないままだった。
*
祭り前日の朝。準備も設営も人手不足とは思えないほど、順調に作業は進んでいた。
前日ということもあって、昼に決起集会が行われることになった。
昼食を食べると皆が祭り用に設けられたステージの前に集まっていた。
一緒に食べた屋代さんたちと共にその開始を待っていた。
しばらくして、巫女服の伊代さんが出てきた。
巫女服を着ていても、いつも前に立つときと同じく凛とした雰囲気を醸し出していた。
あちこちから「おおー」と感嘆の声があがる。
軽く咳払いをして挨拶をする
「これから決起集会を行う。」
伊代さんが司会進行を務めるようだ。
「柊家当主、柊源次郎、挨拶。」
当主の姿を見るのは初めてだった。
白い袴を着て登壇し、こちらを向いた。
顔を見た時にこの男に既視感があった。
そう、三年前の夏、少女にナイフを突きつけていた張本人だった。
思い違いであって欲しかった。
しかし、挨拶を読む声もあの時の声にそっくりだった。
伊代さんのお父さんが犯人だなんて。
そしてあの事件に、伊代さんも関係しているかもしれないのだ。
違う、違うはずだ。
その疑念を振り払うべく、そばにいた屋代さんに聞いてみる。
「ひ、柊家の当主の人ってど、どんな人なんですか。」
「まあ、当主様だからこんなことはあんまり言いたくねぇけど、いい噂ばっかりの人ってわけじゃねえな。そもそも、この神社のトップは、『五大家』って五つの家の中で神の使いを出している家がなるんだが、本来、柊家は後継者なしでトップになる予定がなくってな、前回の時点で別の家が継承することになってたんだ。だがよ、直前になってその家が後継者が家出したとかで、突然辞退したと思ったら、柊家から隠し子が見つかったとかいって伊代がやってきたわけさ。それだけタイミングよけりゃ当時はいろんな推測も出たもんだったんだがな、伊代の働きぶりで今や誰もそんなこと言ったりはしないけどな。おっと、ちょっとしゃべりすぎちまったな、まああくまでも推測が推測を呼んだ結果さ、気にしないでくれよ。」といって屋代さんは去っていった。
繋がってしまった。
確かにこの話だけなら推測の域を出ないだろう。
しかし、僕があの夜見たことを考えるとかなり信憑性が高まる。
なぜ、あの日の出来事が表に出ないのか。
どうして彼女が狙われていたのか。
すべて説明がつくのだ。
姉に電話をする。
「調べてほしいことがあるんだけど。」
*
確認しなければ、ならないことがあった。
その日の夜、僕は伊代さんを呼び出した。
指定の時間から少し遅れて、伊代さんはやってきた。
「すまんな、明日の準備に追われておそくなった。それで、話というのはなんだ?」
「伊代さんは、本当に隠し子としてよそからきたの?」
「ああ、田舎のここよりも小さな町だ。隠し子だと言われた時はびっくりしたがこれが使命だと思ってここにやってきたんだ。」
いつも目を見てしゃべる伊代さんがほんの少し目をそらしたように見えた。
「本当に?」
少し動揺したように見えた。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
正直に話すべきかごまかすべきか悩んだ。
ただ、いつものように真剣に話を聞こうとする彼女を見て、覚悟を決めた。
どちらに転んでも簡単なことではないはずだ。
「正直に言わせてもらうと、僕は伊代さんが君のお父さんのことに関与しているんじゃないかを疑っている。三年前、僕はこの『本祭』で君のお父さんが一人の少女にナイフを突きつけようとしているのを見たんだ。そのあと、僕は都会に行ってしまって知らなかったけど、伊代さんは入れ替わるようにやってきた。だから、僕は伊代さんもあの夜のことに関与しているんじゃないかって思ったんだ。」
伊代さんは口を堅く結んで、少しうなだれたように見えた。
僕はもちろんそうはでないと思っている。
でなければ、わざわざ聞いたりなんてしない。
伊代さんは僕の目をしっかりと見て話し始めた。
「父のしていたことはなんとなくは知っていた。近くにいれば怪しいことをしているのはすぐにわかった。ただ、3年前の『本祭』にはまったく関与していない。これは絶対だ。」
そこで、伊代さんは一息をつくと、今度は複雑な顔をした。
「ただ、私は感づいていたのに何もできなかった。本当は、私は隠し子といったが、本当は身寄りがなかったのだ。施設に入って暮らしているところに、柊の父、源次郎はやってきて、私に「神の使い」として働くように言ってきた。嘘をつくのは嫌だったが、施設で生活するのはもっと嫌だった。私はこれが使命だったんだと思うことにした。後継者として働くのは大変だった、それでも、みんなが慕ってくれる。それがたとえ自分の力じゃなくても、「神の使者」だからでも、一人よりは全然よかった。怖かったんだ。もし、「神の使者の後継者」という役目から外された時どうなるか、考えたら怖かった。」
考えてみれば、僕も一緒だったんだ。事件の後、だれにも言えず、逃げるように都会に行ったのも。怖かったのだ。
でも、みんな怖いものは怖いのだ。だから、逃げることを恥じるべきじゃなかった。
それに、伊代さんは一人なんかじゃなかった。
それは同じ日々を過ごした僕ならわかることだ。
さっきから、周りが騒がしい感じがした。
自分たちが捕まる前に僕たちを処分するつもりだろう。
きっと、どこかで聞いていることだろう。
場所がわかってしまうが、ハッタリついでに大声で言う。
「伊代さん、神の存在ってどう成り立ってるか、知ってます?」
「え?」
「権威とそれを収める器があって成り立っているそうです。権威は絶対で、それを収める器なんて取り替え可能だと思ってる奴もいるようですがね、それは違います。二つが揃うから神は成り立つんです「神の使者の後継者」という役目だけじゃない。そこに伊代さんの力があるからみんな慕ってくれるんです。もしかしたら、「神の使者の後継者」という役目すらいらないかもしれないです。柊伊代、それだけで十分なはずです。」
ガサガサという足音はもうそこまで来ていた。
かっこいいことを言えたつもりだが、この状況にはもうお手上げだ。
あとはどうにでもなれ。
「逃げよう。」
「え?」
今度は僕が「え?」の番だ。
神社の境内を全力で駆ける。
伊代さんは走りながらもどこかに電話を掛けていた。
僕は伊代さんに着いていくのがやっとだった。相変わらずなさけない。
2段飛ばしで急いで階段を降りると、下には車が待っていた。
屋代さんだった。
なぜだか、ぴちぴちになったタキシードを着ている。
「屋代さん、なんで?」
「私が電話で呼んだからだ。」
そうじゃない。
「ああ、彼は私の執事みたいなものさ。悟が、いない間の事情に詳しかったのは屋代のせいだろう。あそこまででも知っている人は限られる。それで悟の知り合いとなるとな。でも、だから信用できると思ったんだ。」
「やっぱり、ちょっとしゃべりすぎだったな。」
やっぱり、伊代さんはさすがだった。
*
僕が最初にやってきた駅に着いた。
階段の前で降ろされる。
「じゃあ、あとはがんばれよ。特に、悟、『姫』になにかあったらゆるさねぇからな。」
屋代さんは僕たちを降ろすと、窓から手を振りながら去っていった。
残金は二人が帰れるぎりぎり、ボストンバックは実家で、携帯、モバイルバッテリーに懐中電灯と非常食しかない。
「これからどうします?」
「まずはやっぱり、都会だろう。私もでぃすこに行ってみたいぞ。」
都会のことは改めて勉強しなおす必要があるとして、それでもなんとかなりそうな気がしてしまう。
きっとうまくいく、そんな感じがした。
ホームから見る海。
今はまだ夜で太陽の陽は見えない。
それでもまたこの海にも太陽の陽が指すだろう。
その日まで、さようなら。
(終わり)
読んでいただきありがとうございます。
作品、どうでしたでしょうか?
正直、今となっては、直したいなぁと思う部分もちらほらあるような……。
でも、逆にこんな感じで書いてたんだみたいな発見もあったりして面白いですね。笑
そんな訳で、いつかその時のことを思い出せるように、また違った良さが見いだせるように、あまり手は加えずに話が解りやすくする程度の手直しだけをして上げさせてもらいました。
これからももっと頑張って書いていきたいと思っているのでよろしければ、ぜひ感想をいただけると嬉しいです。