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モモロン  作者: 素元安積
三・採集
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 彼女が痺れた手でまた登ろうとするので、今度ばかりは彼女の腕を掴んだ。彼女は何か言いたげに頬を膨らましたが、そんなことをしても行かせはしない。その代わり、僕ははしごを二つ地面に置いて寝かせ、その状態から二つの先をくっつけて布をぐるぐる巻きにしてくっつけた。姫は、「おお!」と両手を握り合わせて目を輝かせる。いやいや、これぐらい分かれよ! 完成した目茶目茶不安定なはしごを崖にピタリと付け、登ってみる。いや、絶対無理だろうコレ。絶対布のところでパキンッて折れて落っこちるだろう。


 だが、はしごや布以外に使えそうにもない道具しか無かったので、今はこれに頼るしか他ない。縄は有るが、上の木は細いものばかりで体重を支えられそうにもないし、他に引っ掛ける場所も無い。一番最悪なのは、姫が持ってきたロープは一メートルしか無いと言うこと。大人一人分の身長も無いって、有り得ないだろう。当然、ピッケルなどと言う山登りに必須なアイテムなど有りもしない。僕達は本当にガケメロンを採りに来たのか? そう問いたくなる程、彼女のカバンの中身は酷かった。入っている物の大半は食べ物なのだから。中身だけ見たらピクニックじゃないか!! 彼女への愚痴を心の中で言いながらも、僕は黙々とはしごを登って行った。


 ここから先は、布で補強されたはしごへの移動だ。何時倒れるかわからないだろう。となれば、ここからあそこまで、僕ははしごの足場から踏み込んでジャンプで実をもぎ取るしかない。体力はそれなりにあると自負しているが、この距離から飛び降りたことは無い。骨が何本か逝くかもな。覚悟を決めると、手足を動かし、何とか一気に五歩分進むことが出来た。何だかゴキブリみたいだな、かっこわるい。体重はそこそこある方なのだが、左右に三つずつ、計六ヶ所結んでおいたお陰か、意外と布がもってくれた。下では姫が倒れないようにと掴んでくれている。女性の力とは言え、さっき片手ではしごを持った辺り、彼女を簡単に侮ることはできない。はしごから、手を伸ばしてみる。と、ガケメロンが激しく揺れた。必死に手を伸ばしてみるが、中に生き物でもいるかのように手からすり抜けやがる。つい舌打ちをした。


 その後も、二つのガケメロンへ向けて手を伸ばす。ガケメロンは僕をあざ笑うかのように避け続けた。たかだかメロンのクセに! 勢いを加えて、指先へと力を込めたその瞬間、ベリッと嫌な音がしたかと思えば、布で固定していたはしごはゆっくりと斜めに倒れていた。


「モモロン!!」

「……くそっ!」


 そう来るならば、こっちもタダで落っこちるわけにはいかない。最終手段であったが、足場からジャンプすると、メロンの茎ごと引っこ抜き、二つのメロンを抱きかかえた。あれ程僕の手から逃げていたガケメロンが、僕が引っこ抜いた瞬間に動かなくなるとは。動物のようで気味が悪い。僕は数十キロのスピードで落ちながらも、ガケメロンをくるくると回して顔が無いかを確認した。良かった、顔は無い。


「も、モモロン、危ない!」


姫が珍しく慌てた様子で、目を堅く閉じて僕から逸らした。そうだな。もうガケメロンのことを考えるのは止めよう。ガケメロンを脇に抱え、地面へと目を向けると、右足を伸ばし、分厚いブーツの先を地面にめり込ませた。危ない、危ない。この長いヒールのブーツを履いていなければ、完全に骨が逝ってたな。姫はゆっくりと目を開けると、ぴんぴんとしている僕を見つけた。まんまるく目を見開くと、不思議そうに僕を頭の先から足の先まで見る。


「何と。そなたは強いと思ってはいたが、こうもか。人間か?」

「あのねぇ、本来ならこんなことしなくて良かったのです。姫がまともな道具を持ってきてくれればもっと簡単に出来たのに」


 僕は冷たく言い放ち、無言で姫にガケメロンを手渡した。すると、姫は悪びれもせずに言った。


「何、簡単な方法ばかり選んだら、人生面白くないではないか」


おい。こんな、ただでさえ登りづらい崖だぞ? それをはしごでピッケルや縄を使って採ったらつまらないと、一体どこの採集家が思うのだ。充分すぎるくらい過酷だろ。モヤモヤとした感情が積もるが、姫は対称的に、「はーっ、面白かった!」と両手を上げて伸びをしている。殴ってやりたい。拳を握りしめていると、姫はカバンからごっそりとお菓子を取り出した。


「さぁ、景気づけに食べつくそうではないか!」

「姫、もう夕暮れです。早く帰らないと」

「良いではないか! 食べようぞモモロン!!」

「いや、僕そんなに食べるの好きじゃ無いですし……」


 食べるか帰るか。言い争っていると、姫の目の前に何かの液体が落ちてきた。雨か? 上を見上げるが、雨など一滴も降っていない。その代わりに、ハトの群れが通過していった。……まさかな。


 恐る恐る姫の手元を見た。その瞬間、全身に鳥肌が立った。


 姫の手元、それも持っていたガケメロンには、鳩の白いフンが数匹分ひっついていた。嘘だろ? 全身の力が抜け、地面に跪いた。そこから顔を上げ、ちらりと姫を見る。姫の前髪にも、一匹分のフンが付いている。どうする? もうハトはいなくなってしまったし、ガケメロンだって他の場所にあるかどうか分からないぞ。姫は呆然とガケメロンを見つめていると、やがて声を出して笑い出した。え、更に頭がおかしくなったか?


「……これは最高だ! コイツをヤツにくれてやろう!!」


姫の言葉に、耳を疑った。え? え? と立ち上がり、姫に改めて発言を促す。


「だから、これをアヤツにくれてやるのだ。なぁに、洗えば分からんよ!」


イリス姫はウインクをして、人差指をピンと立てる。その顔は自信に満ちている。始めは理性が止めておけと言っていたが、自分の勝手な都合で多くの関係の無い人々を苦しめた。アイツにただ果物を献上するのは腹立たしい。


「……そうですね!」


僕がニヤリと笑うと、姫も含んだ笑みで返した。

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