一
痛い。人は、怪我をしたとき、体内の調子が悪くなった時、そう発するよな。それは痛いと言う言葉が、物事の痛みのことを指すと知っているからだ。もしこの痛いって言葉がトマトだったら、痛い時みんな、「トマト! トマトーッ!!」って叫んでいるんだろうな。だから、言葉って奇妙だ。
どうでも良い話だっただろうか? 大丈夫だ、そろそろ本題に戻るよ。
僕が話すのは、さっき言った痛さとは別の、”イタい”と呼ばれる方のイタさだ。
例えるなら、愛する人の話になるとのろけだす、アランのような人とか、姫のように悪ノリをして馬鹿笑いする人とか、回り回って、僕のようになるべく目立たないようにしすぎな人もイタく見えるだろうし、こうしてオープニングを語るところがイタく感じる人もいるだろう。人によって、イタいと思われる部分は沢山あるのだ。
でも、誰かがイタいと思うその部分は、思われている相手が何気なくこだわっている部分であったり、個性や習性として染みついてしまっている所だったりする。だから、どうしようもないし、それらを何でもイタいと言う一言で片付ける人々こそ、イタいのでは無いだろうか。
そう。だから、人間は本来誰もがイタい生き物で、イタい部分を誰しもが持っているからこそ、こんなちっぽけな個性に振り回されることなく生きていくべきなのだ。
……で、本来なら終わる僕のオープニングトークだが、今回はもう一つ。
先程のイタいに通づる話ではあるが、自分がどう見えるかを意識して、言葉を発せない人間も多いだろう。目立たぬように当たり障りの無いことばかり言う僕は、これに近いのでは無いかと思う。
しかし、これを気にしすぎて、言葉を発することすら忘れてしまったら。
その時、周りからはどう見えているのだろう。無口な子だな。感情の無い子だな。つまらない子だな。そう、思われてしまうこともあるかもしれない。
本当は内に秘めているユニークさ、優しさがあるかもしれないのに。
仮に言葉を発して、マイナスなことばかり言っていたとしても、喋らないことには、自分を知ることすら出来ないのでは無かろうか。
意外と、無口、感情が無い、つまらないなんてレッテルを張っている自分は、想像以上に面白い人間かもしれないのに。
それに、どういう事か、この世は喋る人間より、喋らない人間の方が目立っていたりするもの。となると、案外、口を開くと言うのも悪くないかもしれないな。
なんて、本当はこれも僕が語れるような話では無いのだがね。
… … …
ラネット王子にプロポーズをされてからと言うものの、姫は空や城下町の様子を一人見つめることが増えていた。かと言って、その笑顔を崩すことは無い。それどころか、今この時を噛みしめるように、僕や皆に笑いかけるようになっていた。
今日も今日とて、彼女は王の間から城下町の様子を見つめる。
「姫、今日は、エレボス王とニュクス女王に会われる日ですよ」
「おお、そうじゃったな。じゃあ、これからは馬か?」
「ええ、そうですね」
エレボス王とニュクス女王は、二人でエレボス王国を見守っている仲睦まじい夫婦だ。実の子はいないが、身寄りのない少年二人を夫婦で天塩をかけて育てており、次期王となるのもその少年二人のどちらかだと言われている。その二人の名はー……確か年上のよく喋る方のイケメンがトムで、年下の無口な方のイケメンがマイクだったか。
そこまでを姫に説明すると、姫はこくこくと頷いた。
「知っておるよ。あの国とは、以前父や母も仲良くしてもらっていたからな」
「そうだったのですか」
「じゃが、子供がおったか。となると、色々大変そうじゃなぁ。跡継ぎとか」
「そうですか? 普通に考えて、トムさんじゃないですか? マイクさんは、全く喋らないと聞きますし」
「……どうかの? しばらくご無沙汰だったあの二人から会おうと言うくらいじゃ、きっと何か考えがあってのことだと思うがのう」
それもこれも、きっと会えば分かる話だろう。お互い遠出の準備をする為、それぞれ自室へと戻っていった。
… … …
馬車に乗り、僕と姫は従者達と共にエレボス王国へと向かった。
エレボス国は、先程も言ったように、エレボス王とニュクス女王のいる国で、上位に並ぶ国の割には、僕達の国のように自然が多い。その代わり、此処の炭鉱資源がかなり多いので、上位に入る理由はそこだろう。よって、景色はさほど変わらない。
強いていうならば、来る途中にあった、カオス国の方が余程凄い。高いビルが建ち、その上をヘリコプターと呼ばれる空飛ぶ船が飛んでいるのだから。まぁ、こんな急発展したのも、つい最近らしいがね。確か、ガイア国の技術を大金で買ってからそうなったって聞いたな。ガイア国からしたら、半分脅しだったらしいけど。それ以前は、クレイオス王国とさほど変わらなかったはずだ。
「モモロン、何をぼぅっとしておる。あと二キロじゃぞ」
「そうでしたか。いえ、景色をつい」
「そうか」
姫はそう答えた後、しばし言葉を失った。
それから数分後、空を見つめながら僕に問う。
「モモロン、モモロンはカオス国とイリス国、どっちが好きなのだ?」
「僕ですか? カオス国はよく分かりませんが、一応住んでいる国ですから。イリス国は大事だと思いますよ」
「そうだよな」
今思えば、この質問はどう答えても彼女にとって答えは一つだった。そんなような気がした。
… … …
エレボス国へ到着。僕達は馬を厩舎に入れさせてもらい、早速城の中へ入った。今回も、案内役は大臣が引き受けている。僕も、今度から案内役を引き受けた方が良いのだろうか。……大臣になった記憶は無いが、人々が若大臣と呼ぶので、しなくてはいけない気もする。
大臣に真っ先に王の間へ案内され、扉の向こうにはエレボス王とニュクス女王が立っていた。その前に立つ明るい茶髪の少年がトムで、暗い茶髪の少年がマイクだろうな。四人は僕達の存在に気づくと、深々と頭を下げた。
「お久しぶりだな。イリス姫。随分と大きくなって。父親似になったな」
「そうなのでしょうか。過去のことなので、あまり記憶に無く……」
「ええ、とても似ていらっしゃるわよ。エロス王子も、お父様にそっくりだもの。事情を知らない人なら、お母さんがあの人だとは思わないでしょうね」
そう言えば、イリス姫とエロス様の母親って一体誰なのだろう。エロス様はどこかの国の王子だから、その国が分かれば母親も自動的に分かるのだが。
イリス姫は、父親と母親の話になると、笑って誤魔化していた。やはり、自分を避けた両親は、あまり思い出したく無いのだろうな。
「ところで、此方の二人がお子様でしょうか?」
「そうそう! 忘れていましたわ、ごめんなさいね。こっちの明るい子がトム、こっちの大人しい子がマイクよ。二人共、私達の大切な子なんだけど、ちょっとこっちが大人しくてね」
ニュクス女王は苦笑いする。そのニュクス女王の前にトムがドヤ顔を浮かべながら歩いてくると、姫に手を差し伸べる。
「やぁ。僕はトム。君に会う為に参上した。宜しく」
姫は、あまりの言葉の臭さに、はははと笑いながら握手をした。何だろう。色々と不穏な臭いがする人物だな。しかしエレボス王と、ニュクス女王は微笑ましそうに此方を見つめている。心の広い両親なのが、よく分かる。
ただし、マイクには少し厳しいらしい。エレボス王が手を引くと、強引に姫の前へと突き出し、「挨拶もまともに出来んのか!」と叱った。
「……マイクです。宜しく」
蚊が鳴くかのよな声で絞り出していた。これにもまた、姫は豪快に笑い、「大丈夫じゃから、もっと喋って良いのだぞ?」と背を叩く。酔いのまわったおっさんみたいだな。
いきなり初対面の女性から叩かれたことで、マイクは慌てて身を避けた。
「何じゃあ、釣れないのう」
姫が唇を尖らすと、マイクは表情を変え、言葉を発さずに何度も頭を下げる。だが、話好きの姫にとってはその行動の意味が分からず、何をしているのだろうと首を傾げた。
「今回来てもらったのは、他でもないこの二人のことでな。この二人のどちらに、王位を継承してもらおうか迷っているんだよ」
「お父様。迷うも何も、この状況じゃあ……ねぇ?」
トムは呆れ半分にマイクを見る。マイクは俯いて、前髪でその表情を隠した。そして、代わりに片手を挙げると、トムにその手を向ける。その意味は、誰しもが理解出来た。
「な? 幾ら俺がかっこいいからって」
一言多い男だな。姫も僕も呆れ気味に彼を見るが、誰も言い返すことが出来ないのが現状。
「マイク! 自分の意志があるならば、ちゃんと自分の口で話すのじゃ!!」
姫がマイクに言ったが、マイクはふるふると首を振ることしか出来ない。それを見た姫がリスのように頬を膨らますと、マイクの手を引いて、「話すまで返さん!」と王の間を出て行った。いや、返すも何も、此処が彼の城だから。
あの二人だけでは心配だ。僕は頭を下げて王の間を去ろうとすると、エレボス王と、ニュクス女王が託すかのように頭を下げた。そして、トムの口元も、どこか頼もしげに緩んでいた。




