二
姫の部屋に取り残された僕は、姫が脱ぎ散らかした服を片付けていた。メイドか? それなら、姫とラネット王子の動向が気になって出て行ったよ。
「なぁなぁモモロン、良いのかよ。イリス姫、お見合いしてんだぞ」
隣でカレブは僕に言う。これを一体何回聞いたことか。もう耳が痛いのだが。カレブは僕に何を求めているのだろう。
「だからどうしたんだ。言っておくが、僕はラネット王子に釘を刺されているのだぞ。見に来るなよと」
「へぇ、そんなこと言われたのか? ってことは、お前もアイツの範疇にはあるってことだな」
何の範疇に入るのやら。僕は呆れ気味に首を傾げる。
「それにな、見に行くのは全然大丈夫だと思うぞ?」
「どうしてだよ」
「見に行ったら分かるさ!」
カレブは僕の手を引くと、何やら楽しそうに駆けだした。全く、他人事だと思いやがって。
… … …
カレブに見合い場所に連れてかれると、カレブの言っていた意味がすぐに理解出来た。
人が、人が多すぎるのだ。
「えっと……姫。貴方様は、城の人間が働いていなくても良いと言うのですか?」
「良いんじゃないか? 城にいても、どうせすることなんてありませぬから」
さっき言ったメイドは勿論のこと、執事、民、兵士、そしてシェフまでもが仕事をほっぽらかして姫の見合い模様を見つめているのだ。どうりで、この国の金回りが悪いわけだ。
「まぁ良い。それでは早速、カオス国へ――」
「ちょっと待って下され。折角この国へ来たのだ。まずはこの国を見ていくべきでしょう」
「いえ、此処へ来た際、街並みは結構拝見致しました。小さくまとまっていて、なかなか明るい……」
「だが、それはざっと見でしょう?」
姫に問われると、ラネット王子は、誤魔化すように笑顔を見せる。だが、先程の褒め言葉からして、この国に対してあまり良い印象は持たれないな。とは言え、ラネット王子を一方的に悪く言える地位でも無いので、イリス姫も誤魔化すかのように微笑む。
「もう少し、我らの国を堪能していって下さい。きっとこの国の魅力に、貴方様も虜になることでしょう」
そう言うと、姫は始終を見つめる民の方へ向き直り、「そう言うことだ!!」と叫んだ。
姫の声と共に、民は敬礼をし、「はっ!!」と声を揃えてそれぞれの店や家に戻る。行事好きなこの国らしく、何時になく張り切った様子だ。
シェフや執事、僕やカレブを除く兵士なども戻る中、惜しそうに顔を見合う数人のメイド達。まぁ、料理はシェフがやってくれるし、メイドも数人いれば何とかなりそうだからな。
数分考えた後、メイド達は渋々踵を返した。……と思いきや、今度は隠れて二人を見だす。怪しい、怪しすぎる。
僕はああはなりたくないな。帰ろうと半回転すると、手首をカレブに掴まれた。
「若大臣だろ? ちゃんと姫君の様子を見てやれよ」
「いや、だから見るなって言われてるから。それに、人だっていなくなったろ」
「それか? 大丈夫だ。まだアイツ等がいるだろうよ」
カレブが指さす先は、乙女の表情をしながらラネット王子を見つめるメイド達だ。彼女達がいるからどうなるって言うんだ? 僕が思っていると、カレブはその鎧の中からほかほかになったメイド服を二枚取り出して僕を見た。
「……やめろ」
「大丈夫だ。遠くから見れば、男か女かなんて分からないんだし!」
「分かった! このまま見続ける。だから、その恰好だけは勘弁してくれ」
仕方なく僕が折れると、カレブは満足げに微笑み、メイド服を再度鎧の中にしまい込んだ。次にこれを着るメイドが可哀想でならないよ。
… … …
「それで、一体どこを見ると言うのです」
「此処は如何かな」
少々退屈そうなラネット王子へと、姫が手を伸ばした先。それは、先程の民達が働く料理屋の多い場所だった。
「此処はそれなりに拝見したつもりなのですがー……」
「でも、食べていませんでしょう?」
姫はニヤリと笑う。それに対し、「それは、そうですねぇ」と、ラネット王子。
「きっと驚くことですよ」
姫の含んだ笑みが、ただならぬ不安を感じさせたのだった。
… … …
「この店はどうじゃろう!」
姫が見せたのは、この国の中でも、極めて異彩を放つ怪しい店。緑や紫の液体が垂れた料理や、バラエティに富んだ虫料理が売られている場所だ。僕も、初めて姫にこの店に連れてこられた時は、無人島生活での嫌な経験を思い出したものだ。
「お、おや……随分と変わったものをご所望で」
「美味しいぞ?」
姫は言ってのけると、怪しい色をしたスープを顔色一つ変えずに飲み干した。あれ? 確か以前、僕達が飲んだ時は……。
そう思っているところで、ラネット王子もスープに口を付けた。隣の姫が顔色一つ変えずに飲んだものだから、プライドに火が付いたのだろう。だが、そのプライドの為に大火傷をすることとなる。
「かっ、かかっ!!」
ラネット王子は飲んだ瞬間顔を赤くし、口から火を吐いて姫の顔に吹き付けた。
真黒に焦げた姫だが、そこは手を叩いて楽しそうに笑っている。おや、今回は姫のスープだけ辛くなかったのか。何ともやらしいことをする。
「ひ、ひー……貴方、よく俺にこんなことしますね」
「じゃが、面白かったろう?」
「……貴方は、そうだろうな」
「うむ!!」
姫はゲラゲラと腹を抱えて笑い、ラネット王子の背を押して店を出て行った。僕とカレブもすかさず出て行こうとすると、店員に呼び止められる。
「お客さん、料金」
……アイツ。僕は懐から金を出し、姫のおふざけに一役買うこととなった。
… … …
その後も姫はラネット王子にやたら熱い料理を食べさせてみたり、かと思えば酸っぱい料理を食べさせたり、挙句の果てには氷水でシャンプーをさせてみたり、まるでラネット王子を怒らせるかのようなことを沢山繰り返した。こんなことして、もしラネット王子の反感を買ったら……。見守る僕はヒヤヒヤする。
「随分とやってくれるじゃないか……」
「でも、これも一部の人間にとっては良きことなのだよ。異文化交流をするとなると、こういう経験も必要になって来る。そうではありませぬか?」
そう姫に問われると、ラネット王子は目を丸くして姫を見た。そしてその視線を宙に逸らし、数秒考える。その結果が、これである。
「そうは思わないが」
うむ。恐らく、彼ほどの人になればそれも正しい。少なくとも、氷水でのシャンプーは必要無かったと思う。
「釣れないですねぇ。では、今度は城内を見ていって下され」
「ええ!」
栄えた城下町から離れるとなると、ラネット王子は少し明るい顔つきになった。だが、もう少し考えてみて欲しい。城下町から離れると言うことは、城下町に民がいる必要が無くなると言うこと。つまり……そういうことである。




