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モモロン  作者: 素元安積
二十三・あき
51/66

 姫と飽き男がトレーニングをし始めて、一時間が経過した。


 二人とも、着ていた服がびしょ濡れになっている。それだけ、過酷なトレーニングをこなしたと言うことだな。


「これ、絶対明日筋肉痛だよ……」


 そう呟くと、腹を抱える飽き男。


「お疲れ様です。本日のトレーニングは終了です。今夜は、此方でお休み下さい」


 スタッフが笑顔で言うものだから、姫も飽き男も自然と頷いていたが、時間差でその意味を理解すると、ブンブンと首を横に振った。


「何で此処で休むんだよ!」

「そうじゃそうじゃ!」

「だって貴方達、帰ったら絶対に此処に来ないでしょう」


 スタッフの一人に問われると、姫と飽き男は同時に、「うん」と答えた。この返しに対し、スタッフは呆れてため息をつく。


「ですから、結果が出るまでは返しません」

「えー! そんなのあんまりだ!! 彼女に会わせろ」

「私だって、一応姫と言う存在。仕事だってあるし……」


 そこを言われるのは僕達も想定内。スタッフやトレーナーとアイコンタクトを取った後、僕が口を開く。


「彼女さんには、しばらく預かると連絡しました。姫、貴方がいない間はエロス様が仕事をしてくれるそうですよ。良い兄を持ちましたね」


 本当は、「頑張る代わりに、妹に僕の素敵な兄っぷりを溢れるほど伝えてくれ」と言われたんだがね。まぁ、だいたいこのくらいで良いだろう。


 僕の言葉を聞くと、二人はまたもや声を揃えて、「えー」とブーイングした。


「とりあえず僕は帰るけど、明日また来るから、頑張ってね!」


 ポイぺ王は従者を連れ、笑顔で手を振って帰っていった。結果、この施設に残されたのは、僕と姫と飽き男の三人。そして、数人のスタッフとトレーナーが見守り役として残ることとなった。


 … … …


 早朝五時。飽き男の、大きな声で僕達は目を開けた。


「どうしたのじゃ、アキオ」


 僕が見た感じのイメージで付けた飽き男だが、彼の名前は実際にアキオだったらしい。名前負けと言う言葉をよく聞くが、この場合は名前あいこだな。いやむしろ、握手してると言っても良いだろう。


 飽き男は姫の方を向くと、途端に着ていたTシャツを脱ぎ、その素肌を晒した。


 こういう時、普通女子は華奢な叫び声を上げて顔を逸らすと思うが、姫は飽き男の体をガン見している。幾ら恥じらいが無いとはいえ、マナーくらいの気持ちで顔を逸らして欲しいものだ。


「見てくれ、この上の方の筋!」

「おお~」


 姫は感嘆の声を漏らす。その直後、飽き男の目の前にスタッフとトレーナーが集まり、飽き男の腹に薄っすらと刻まれた腹筋のあとを確認すると、盛大に拍手をした。とは言っても、まだ下っ腹はぽっこり出ているし、大変なのはこれからなのだがね。スタッフもトレーナーも知っているだろうが、敢えて持ち上げているのだろう。僕も混ざって拍手をする。


 だが、一人だけ褒められているのが納得いかなかったのか、姫は僕のTシャツを勝手に胸元まで上げると、僕の腹筋を飽き男に見せつけた。


「アキオ、モモロンに比べたら、お前はまだまだひよっこだよ」

「貴方はアキオにも及んでいないでしょうがっ!」


 僕は強引に姫の手を引っぺがし、勢いよくTシャツを下した。


 僕の言葉を聞くと、姫は悲しげな顔をした。女性相手だと言うのに、ちょっと言い過ぎたか。悪い気がして、僕は続けて話す。


「でもまぁ、女性は男性に比べて筋肉付きづらい体質ですから仕方ありませんね。少しずつでも痩せていきましょう」

「うぅむ」


 どこか納得がいかなそうに両手を組む姫。


 そこへ、施設の扉が開き、ポイぺ王が現れた。まだ早朝の五時だぞ? まだ施設だってやってない頃だろうに。そもそも、仕事の方はどうしたんだ?


「ポイぺ王、ご公務は?」

「今回は、大臣に相談しまして。ツケにしてもらいました。帰ったらやるから安心して下さい」

「そうでしたね、ツケって手がありました。姫も次からツケにしましょうか」

「何でじゃ! 好きでもない運動をさせられているのに!!」


 姫にしては、正統派なツッコミだった。余程この作業が苦なのだろう。


 人柄の良いポイぺ王は、困ったように微笑みながら姫に頷いた。その姿ですら美しい。一人だけ画素数が違うのではと思うくらいに綺麗だ。以前のあのゆるキャラのようなふくよかさを、いったいこの短期間でどう変えたのか。僕はダイエットよりもそっちの方が気になる。いや別に、僕もかっこよくなりたいとは思っていないからな。


「それじゃあ、まずは食べますか?」


 気を利かせて、ポイぺ王が姫に食事を促すと、姫は目を輝かせてポイぺ王の手を握る。


「うむ!」

「それじゃあお願い致します」


 ポイぺ王が笑顔でスタッフに頼む。いやしかし、幾ら姫だからとはいえ、ただでご飯を頂くわけには……と恐縮していると、「今回は僕が無理言って此処にいさせてますから、僕に奢らせて下さいね」と笑顔で言った。以前のパーティーや、宿代含め、この方には迷惑をかけてしまって申し訳ない。僕は料理を待ち構える姫の頭を強引に押さえつけ、姫共々礼を言った。


 … … …


「何じゃ、これは」


 ご飯と聞いて喜んでいたはずの姫の表情が曇った。これには、飽き男も思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。


 それもそうだろう。目の前にある食事は、とても豪勢とは疎遠とも言える。野菜重視の料理だったからだ。強いて肉を上げるならば、サラダに入った鳥のささみくらいか。後はドールハウスの大きさの森程、緑にあふれていた。


「何って、ご飯ですよ?」

「肉が、肉が少なすぎるじゃろ!!」

「そうだそうだ!」


 姫と飽き男は揃いも揃って親指を下げてブーイングをする。子供か。


「俺は野菜が大の苦手なんだぞ!」

「そうは言われても、他に食べ物なんてありませんもんね?」


 ポイぺ王が視線をスタッフに向ける。スタッフは何度も頷いた。


「じゃあ買いに行く」


 飽き男が入口に移動しようとしたので、すかさず僕が行く手を阻む。


「なりません」

「退けよ。ボッコボコにすんぞ」


 機嫌悪いな。野菜がそんなに嫌いなのか。僕が彼とにらみ合いをしていると、姫は野菜を食べながら、飽き男と僕を指差して喋った。行儀が悪すぎる。


「やめとけアキオ。そいつは国一つ滅ぼせるくらい強い」

「はぁ!?」


 国一つ滅ぼせるわけが無いだろう。しかし、飽き男は僕の目をチラチラと見た後、舌打ちを一回して姫の隣へと移動した。ヘタレなんだな。


 飽き男も席に着くと、キュウリやキャベツなど、まだ食べられるといった野菜を食べていく。残るは、パプリカやニンジンなど、彩りの良い野菜とささみだ。残った野菜を一口含むと、そのすぐ後にささみを放り込んで数回噛んで飲み込んだ。野菜の割合に対して、ささみが若干足りなさそうだが……頑張れ飽き男。


 … … …


 予想通り、ささみと野菜の割合が合わなくなり、飽き男が悶絶した後、やっとのことでスタッフ達から外出の許可を貰った。ただし、僕に決して目を離さないようにと釘を刺されてしまった。このスタッフ達、本気だな。


 とりあえず、施設から出られることが嬉しいらしい。姫と飽き男は先程と打って変わって明るい顔つきで外へと出た。二人を見ている僕とポイぺ王も、二人が心配になり、どぎまぎしながら見守る。すると、早速、レストランや出店へそれぞれ行こうとしだすので、僕は姫を、ポイぺ王は飽き男の手を引く。


「スタッフさんより言伝です。食べ物店へ行くのだけは、控えるようにとのことですよ」

「何じゃと! じゃあ私達はどこへ行けば良いと言うのだ!!」

「服屋とか、自然を満喫しに行くとか。食べる以外にも色々あるでしょう?」

「服屋かぁ。アキオ、確か彼女がおるのじゃろう? プレゼントしてやったらどうじゃ?」


 自分がお金を出したくないからなのか、そもそも手持ちが無いからなのか。飽き男に服選びを促す姫。多分、後者だな。飽き男も、思うところがあるらしく、こくこくと頷いた。


「そう言えば、まだプレゼントしたことなかったな。買ってみるか」

「よし! それじゃあ早速服屋へゴーじゃ!!」


 意気揚々と、近くの服屋へと移動する僕達四人は、洒落た服屋の前に来た。


「綺麗な店じゃー」


 半袖短パンの僕達が入っていいのだろうかと思う程、と言うか絶対入っちゃ駄目だろうと分かる程洒落た店だ。だが、姫が入ってしまった以上僕達も入らなければ……ならないのだろう。ポイぺ王が、僕と飽き男の手を引いて店内へと入って行った。


「これとか素敵じゃないですか? ね?」


 ポイぺ王が僕や姫に同意を得ようとする。確かにその服は、女性が好みそうなふわふわな生地のもの。頷く僕に対し、「そうかぁ?」と首を傾げる姫。姫の反応に不安そうな顔をするポイぺ王。いや、姫のセンスはあまり宜しくないので、信じない方が良いと思うがね。


 三人でわやわや言っている最中、ふと飽き男の方を見ると、彼は呆然とある一点を見つめていた。僕がその一点へと視線を変えると、そこには可愛らしい女性がいた。隣に、かっこいい男性を携えて。

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