二
匿ってと僕にすがったレア王女だが、あっけなく撃沈。これで他を当たってくれるかと思えば、彼女は決してめげなかった。
「お願い! 今までの事情をちゃんと話すから!!」
「あまり興味無いのですが……」
悪いが、僕は姫の態度の件で少々怒っている。あまり人の話を聞くような気分でも無い。しかし彼女は僕の手を掴んで離さず、僕の目をまつ毛たっぷりの目で見つめる。
「私ね、父と母の束縛から解放されたくて、イリス国へ来る途中、テレサと一緒に逃げてきたの。あ、テレサって言うのは、うちの薄ピンクの馬のことね」
聞いていないのに勝手に話し始めたよこの人。しかもテレサの情報要らなくないか?
「私、可愛いものが好きみたいな情報が流れているじゃないですか。でも、本当は可愛いものが大の苦手なんです!!」
よく聞く話だな。実は私正反対なの、みたいなこと。だったら、それくらい素直に打ち明ければ良いのに。そうお思いかもしれないが、きっと親がこの設定を決めているパターンだろう。
「でも、親がそう言うことにしといた方が、男性からの好感度が高いって言って」
ほれみろ、やっぱりそのパターンだ。それが気に食わなくて、両親から必死の抵抗を起こしたのが、今に至ると。
「それで私は両親に抵抗しようと」
「でしたら、余計に手は貸せません」
「どうしてっ!?」
僕の手を掴んでいた手を、今度は僕の胸倉に持って行って尋ねるレア王女。
「そんなことくらいで他人を頼らないで下さい。自分がちゃんと両親と向き合って話せば、解決出来ることでしょう?」
図星だったようだ。彼女は言葉を失って数歩後ずさったが、その後悔し涙を流し始めた。出た、女性は決まってコレである。
「……分かってるよ。自分が甘いってこと」
また、勝手に言い訳をするつもりだろうか。僕は入口の扉の前へ行き、スッと手を差し伸べる。どうぞ、姫の下へ。そう言わんばかりに。
「だけどね、これでも僕も真剣なんだ!!」
レア王女はそう声を荒げると、ドレスのボタンを外していき、その胸元を見せた。
女性らしい膨らみの無い、筋肉さえも少ないその胸板を。
「もうウンザリなんだ、女の子の真似事なんて!」
「……どうして、女性の恰好を?」
僕が尋ねると、レア王女は悲しげな顔をして俯いた。
… … …
レア王女。否、レア王子は、生まれてからして、体が細かった。まるで女性のように。
鍛えれば良いのでは? そう思う方が多いだろう。しかし、彼は生まれつき食が細く、鍛えようにも栄養をあまり得られなかったのだと言う。
そこで、両親は彼を女性と偽り、逞しい王子や貴族の息子と結婚させようと目論んでいたのだそう。全く、いい加減な親である。
しかし、彼は女性のように可愛らしい顔をしていても、決して男性が好きなわけではない。その上、体だって男性のままなのだ。男性とのお付き合いなど、望んではいなかった。なので、それとなく理由を付けては王子との付き合いを拒んだのだ。その中には、あのクロノ王子もいたとか。まぁ、クロノ王子自身も、自分はタイプでは無かっただろうとのことだが。
「では、どうやってあの木の上へ?」
「それは、通りすがりの女性が手助けをしてくれたんだ。その代わり、君の様子を見てきて欲しいって言われたけど……」
「通りすがりの女性、ですか?」
一体誰だろう? それも、木の上に人を担いで登るとなれば、相当力が必要だ。力のありそうな女性で、僕が知る人物と言えば、アズキとマリアさんくらいだが……もしや、女装をした兵士、なんてパターンもあるのか? いやしかし、いずれも僕を心配するような人には見えないし、素性の分からないレア王子をやすやすと城に入れるとは思えない。
なんて、答えの分からない悩みは一旦置いておこう。まずは、上半身を晒している彼に向き合わねば。
まずは窓のカーテンを閉め、外から様子が見えなくなった所で、僕は彼に話し出す。
「貴方は両親から隠れ、どうしたいのです?」
「両親が僕の気持ちを分かってくれるか、もしくは両親が僕を捨てるまでずっと此処にいるつもりだよ」
「要は、両親の気持ちを試したいのですね」
レア王子は頷いた。僕は静かにクローゼットの前まで歩いていくと、クローゼットを開いて替えの兵服を一つ差し出す。
「サイズが合わないと思いますのでベルトをお締め下さい。それと、ズボンの丈はそのブーツの中にしまって誤魔化して下さい」
服を受け取ると、レア王子は余程嬉しかったのか、目をうるうるとさせて慌てて服を着た。……ものの、肩幅等、やはり違和感が拭えない。それでも、レア王子は男物の服が着れたことが嬉しくてならないようだった。あまりの喜びように、少々胸が痛む。
「これでは明らかに怪しまれますね……。レア王子、此処は僕だけでなく、他の方にも力を貸してもらっては如何でしょうか?」
「他の人って?」
僕はニィッと笑って扉を開けた。
「城の者、全員ですよ」
… … …
レア王子がこれを打ち明けたと言うことは、もう自分が男性だと知られても良いと言うこと。それどころか、男性だと言うことを知ってほしいと言うことだ。なので、まずこのことを姫へと打ち明けてみることに。そこで王の間へ行った瞬間、レア王子は、「あ!」と声を出して姫を指さす。
「この人、この人が僕を持ち上げてくれた人だよ!」
「え? 姫が?」
レア王子と顔を合わす予定じゃ無かったのか、姫はバツが悪そうに顔を逸らした。しかし、レア王子は無垢な子供のように目を輝かせ、姫からその指を外さない。
「あ、この男の人、この通りお元気ですよ!」
「ちょっと何言ってるか分からない」
姫はそう言って席を立ち上がるが、レア王子は指をさしたまま姫についていく。姫が逃げるように僕の背に隠れると、レア王子はその指をやっと下した。
「ほら、仲直り!」
レア王子は笑顔で僕達に言った。え? 仲直りも何も、仲が悪くなる程仲良くも無いのだが。しかし姫は僕の顔を見ると、「ははは」と笑って僕にハグをした。欧米か。
「ところで、何じゃこの無理に着せた感丸出しの格好は」
姫は疑わしそうに僕を見た。
「姫、彼は実はレア王女ならぬ、レア王子なのです。男性なのですよ」
「何? そっちか?」
姫は手を顔の下まで持っていく。決してバカな殿様のポーズの真似をしている訳でなく、そっちの趣味なのか? と尋ねているのだ。レア王子は必死にそれを否定する。
「違います! 男なのに、女の子の服を着せられていると言うことです!!」
「そうだったのか。そこで、たまには違う格好もしてみたいと」
「合っているようなちょっと違うような……」
確かに違う格好をしたいのだが、たまにではなくこれからずっとなのだが。レア王子はもどかしさから首を傾げた。
「姫、彼は今まで、親から女性として生きるようにと強要されてきたのです。ですが、彼としては本気で男性として扱ってほしく、両親にそれをアピールするつもりなのです。ですから、城の者達で彼のことを手伝っては頂けませんか?」
僕が頭を下げると、レア王子も慌てて頭を下げた。
「そうは言っても、何をどうすれば良いのだ?」
「両親は、きっとすぐにこの国へ来ます。ですから、彼が見つからないようにすれば良いのです」
「しかし、本当にいないと思って帰ってしまうかもしれないぞ?」
僕とレア王子は、「あ~」と声を揃えて発した。そうなってしまうと困るな。そう考えていると、姫がひらめいたように手を叩いた。
「そうじゃ、かくれんぼをしよう!!」
「かくれんぼ?」
かくれんぼとは? 僕とレア王子が疑問に思っている中、姫だけは満面の笑みを浮かべていた。




