一
一週間後、姫の食レポが載った全国紙が完成した。編集の腕もあり、カラー写真の姫は生き生きとした表情で、料理を食していた。その上、ちゃっかり揚げ物店での街頭インタビューも取り入れている。でも、こう言うのがあることで、記事に面白味が更に出ているな。これには、ムネモシュネ王だけでなく、彼女を紹介してくれたコイオス王も絶賛していた。そして、前回おまけ感覚でついてきていたこの少年も。
「まぁ、なかなかだったと思うね。でも、僕がいないとこう上手くはいかなかったよね~」
クロノ王子は、得意げに言ってみせた。わざわざこんなことを言う為にこの国へ来る辺り、相当暇なのだろう。
「これでイリス姫も晴れて全国デビューして、他の国の人はどう思うんだろうねぇ」
「私が出てか? 別にどうも思わんじゃろう」
「いやいや。今までグルメ系の取材は、ほぼコイオス王が占めていたんですよ。それが、急にイリス姫が入ってきたら、やはり知っている方はびっくりしますよ~嫉妬とかされちゃうかもねぇ」
クロノ王子は、ニヤリと笑ってビビらせようとする。悔しいが、それは恐れるべき事態だな。取材を受けることが良いこととばかり思っていた僕には、特に。
案外、姫では無く僕が不安な顔をしているものだから、クロノ王子は驚いたようにクリクリ目を僕に向ける。そして右手を振ると、「まさか、冗談だよ」と言った。
「でも、何かしらアクションはありそうだよね。例えば、他国の人が突如この国に来るとか」
「その覚悟はしておいた方が良さそうですね。ぬかりなく準備をしましょう」
「準備って……体操でもすれば良いのか」
姫はその場でラジオ体操第三をし始めた。よりによって何故第三?
誰も突っ込まないことを良いことに最後までやりきろうとする姫だが、途中から参戦してきた人物の姿をゆっくりと視界に入れると、左側へ一歩、その人物から距離を取った。
その人物はと言うと、僕やクロノ王子でも気が張るようなとてつもない相手。赤髪でどこか高圧的なラネット王子だ。ただし、ラネット王子がしているのはラジオ体操第一である。
声を出すのに躊躇いを感じるのと、この後の二人の様子が気になったので、敢えてジッと見つめる。姫が怪訝そうな顔をして一歩動くと、ラネット王子は一歩近づいてラジオ体操をする。それの繰り返しだったのだが、途中ラネット王子が二歩近づいて深呼吸の動作をすると、その拳が姫にぶつかった。
「距離を取って頂けぬか! ぶつかってしまう!!」
姫がつっこむと、ラネット王子はクスクスと笑う。姫はあともう少しで終わるラジオ体操第三を止め、ため息をついて此方にやって来る。
「姫、美しい貴方なら社交ダンスの方がお似合いですよ」
「申し訳ない。生憎、洒落たことへのセンスがまるで無いのです」
確かに、姫には社交ダンスよりダイエットダンスの方がお似合いだものな。何がとは言わないが。
「拝見致しましたよ、貴方の雑誌。笑顔がとても眩しかった」
「写真じゃ伝わりませぬ、そんな情報」
「ああ。今の方が眩しいですものね」
意味が分からん。姫はそう言いたげに顔をしかめた。
「ところでラネット王子」
「おや。名前を呼んでいただけるとは光栄だ」
「それはさておき、明日にはレア王女と会う約束があるのです。失礼を承知で言いますが、お引き取り願えんか?」
珍しく正論で話す姫。ラネット王子は嫌な顔一つせず頷くと、「それでは、また運命の導きで」と臭いセリフを残して去っていった。素直な人だな。変な人だと思っていたが、案外悪い人じゃ無いのかもしれない。
「良い人じゃないですか。僕がいるのに、それを疑うことなく帰ってくなんて」
クロノ王子が言うと、姫は手を横に振る。
「そもそも、クロノ王子を知らんと言うことだよ」
「えー? 無い無い、無いですよーそれは」
「いいや、それだけボンボンってことだ。息子は普段ほとんど姿を現さんって言ってたんじゃろ?」
「はい。だから、僕も面識は無いですけどね。にしても、物知りなんですねぇ」
呑気に答えるクロノ王子。姫はカチコチに固まっていた体を猫背にさせると、そのままクロノ王子を見て言った。
「ところで良いのか? ポイぺ王が城に来るのじゃろう?」
「いっけない! 忘れてた!! それじゃあ僕もこれで」
クロノ王子は笑顔で手を振って去っていった。彼もすっかり、この国の常連だな。
それはさておき、レア王女と言えば、確か人形のように美しい姫だったと聞いた。身長は百四十センチで、姫より二十センチ下で、クロノ王子より二センチ上だ。どうでも良い情報になるが、僕は百七十七センチなので、彼女からしたらきっと首が痛くなる存在だろう。
それ程小さく、可愛らしい姫と言うことで、今までのとは違い、父や母、つまり王や女王も来るのだそう。余談だが、女王の名がレアだったが、王女にレアの名を渡したことによって今はレアリーと改名したのだそう。何だか落語家のようだな。
逸れた話は此処までとしておいて、とどのつまりは今回は重要人物が三人も来るということ。人数が多いだけに、今回は気を引き締めねばならない。それを姫に伝えると、姫は、「そうだなぁ」と腕を組んで考え始める。
「モモロン、どうやったら私が三人になるじゃろうか」
「それが出来たら、世の中大騒ぎですよ。一つの体で三人分頑張って下さい」
「厳しい奴じゃのう……」
姫はうろうろと歩きながら考え込んだ。そりゃあそうだよな。今回は位の高い人物、それも親子を相手にしなくてはいけないのだから。僕も思い出せるだけの情報を思い出しておこう。
そこで、僕も執事やクロノ王子から教えてもらった情報を蘇らせていると、細かいながらも色々と浮かんだ。レア王女は可愛らしい小動物が好きなこと、甘いお菓子が好きなこと、ピンクや白などの女の子らしい色が好きなこと。見合いをしてきたのは、皆イケメン王子やイケメン貴族で、クロノ王子もお見合いをしたことがあること。まぁ、結果はそれとなくお流れになったらしいが。
……ううむ、とりあえず、今必要な情報は、好きなものの話か?
「姫、レア王女は可愛らしい小動物、甘いお菓子、ピンクや白の物が好きだそうですよ」
「ふぅん? まぁ、ザ・女子って感じじゃな。じゃあ、お菓子の家でも作ってみるか?」
「姫、それが出来ればこの国はもっと騒がれています。もっと現実的な提案を」
「何じゃ、ああ言えばこう言う奴じゃのう!」
それはこっちのセリフです、姫。
「そうだ、ピンク色のウサギのぬいぐるみとか、如何です? あとはシェフたちにイチゴのケーキを作って出迎えてもらうとか」
「そんな単純にいくかのう? お誕生日会でもあるまい」
折角こっちが提案しているのに。姫の言い返しにカチンと来る。
僕は姫に背を向けると、「では分身するなり、お菓子の家を作るなりご自由に」と歩きだしていた。
… … …
それから時間が経つものの、三人は一向に来る気配が無い。もしや、今日は延期か? どちらにせよ、僕には関係ない話だ。自室で休憩していると、ベランダの方からドンドンと叩く音がした。
何事かとベランダの窓を開けると、そこから金髪で背の小さい女性が現れた。此処は二階だぞ? どうやって来たのか。そう思っていると、女性のスカートが破れていることに気づき、その破片が木の枝に残っていることに気づいた。……まさか、あの木を登って?
「こんにちは。少し此処で匿って下さいな」
「もしや、レア王女ですか?」
僕が尋ねると、女性は、「ええっ!?」と華奢な悲鳴を上げて僕を見た。何故知ってるの? と言わんばかりに。まず、彼女をレア王女と見ても良いだろう。
「いえ、此処に来る予定だと聞いていましたし、身綺麗な恰好、そして可愛らしい顔立ちを見ましたところ……」
「え、もしかして此処、イリス城なの?」
何を当たり前のことを。僕が頷くと、レア王女はキョロキョロと辺りを見渡した。
「こんなおんぼろで小さな建物が、本当にイリス城なの!?」
「ええ、まぁ」
「そんな……」
レア王女は、絨毯の上で女の子座りをして落胆した。だが、何か思い浮かんだのか、すぐに立ち上がり、僕の手を取る。
「ねぇ貴方、私を匿って!」
「嫌です」
「……え? 今何て?」
「他の方を当たって下さい」
心無い僕の返しに、レア王女は言葉を失ったようだった。




