二
クロノ王子の案を聞き、早速僕達は実行へと移る。その為、僕はスタッフに近寄り、一声かけた。
「す、すみません。一旦お時間頂いても宜しいでしょうか?」
僕が言うと、スタッフ達は少々嫌そうな顔をしたものの頷いてくれた。姫は休憩などせずに早く食べたそうだったが、そこは同じ兵士であるカレブに捕獲しといてもらい、僕とクロノ王子はスタッフの一人を狙う。
「俺、ちょっと一服」
ターバンを巻く一人のスタッフが、葉巻とマッチを持って木陰に移動した。しめた! 僕とクロノ王子はそのスタッフの下へ移動し、彼がマッチに火をつけようとしたその直前に、背後から手を伸ばした。
「君――!」
「申し訳御座いません、お一つお貸し下さいませ」
スタッフを捕まえると、僕達は公衆便所へ移動し、クロノ王子がスタッフの身ぐるみを剥いだ。僕はその隣の個室で服を脱ぎつつ、申し訳ないと両手を合わせて合掌した。
… … …
「すまん、遅くなった」
僕はクロノ王子から預かった服を着て、スタッフに紛れ込む。ちなみに、声は以前何度か使った交換魔法で変えているので、スタッフは全く気付いていない。
僕は背後にいる人物に目線をやると、背後にいた額に布を巻いている安っぽい服装の少年は一つ頷く。そしてその後、姫の下へと駆け寄っていった。
「イリス様だ! まさかこんなところでイリス様に会えるなんて!!」
「うむ? そち、どこかで見たことある気が……」
「本当ですか!? 僕が何時も小窓から見ていたからかなぁ、運命みたいですねっ! まさか貴方様に会えるだなんて光栄で御座います!!」
駆け寄っていった少年は、当然変装をしたクロノ王子だが、それにしてもちょっと臭い言葉回しだな。サクラだとばれないか不安でならない。チラリとスタッフの方を見ると、ホッと安堵した様子。姫の信頼が少し戻ったことだし、とりあえずは良しとしよう。
「ところでこれは取材か何かですか?」
「ああ、そうだけども?」
「だったら見学させて下さい。イリス様のファンとして!」
「らしいのだが」
姫が此方を見るので、僕はグッドサインを手で表す。他のスタッフがごにょごにょ言っているが気にしない。此処で彼にフォローに入ってもらわないと、姫一人でどうにか出来ると思えないのだから。僕は手の動きを変えない。
「やったぁ! それじゃあ楽しみにしてまーす!!」
クロノ王子は僕の隣へと移動し、姫の食レポは再開され、僕達はそれを近い位置から確認することが出来るようになった。
「何だか腹減って何でも良くなってきたのう。じゃ、さっきの店でも行くか」
一言多い姫である。スタッフを始めとして、僕もひやひやとする。姫は店の中へ入ると、なんだかんだ言って一気に五種類の料理を注文しようとする。そこに、僕が手を伸ばして、「ちょい待ち!」と声を出す。これには、姫だけでなくスタッフも僕の方を見た。何をやってるんだ僕はと自己嫌悪したものの、こうなってしまった以上は発言しなければ。僕は姫に物申す。
「一気に頼んだらどれの料理の良さを言ったか分からなくなってしまいます。本当は出来る子なんだから、一個ずつ注文して下さい。ね?」
なるべく優しく姫に伝えると、姫は驚いたように僕を見る。だがすぐに視線を店員へと戻すと、店員に言った。
「カルポッチャ一つ」
僕の言葉が届いたらしい。僕に限らず、スタッフが皆心を落ち着ける。どうやらみんな、呆れていると言うより心配してくれていたらしい。やはり良いスタッフである。それだけに、先程の身ぐるみを剥ぐ行為は……非常に申し訳ない。
姫はカルポッチャと呼ばれる洋風お好み焼き的な料理を受け取ると、「旨そうじゃの~ホレ、見るのじゃ」と僕達に器を持ち上げて見せた。ふむ。僕の言う通りやっているな。
それを持って席に移動し、着席すると、ナイフとフォークを物音立てず持つ。ナイフとフォークを使って細かく切り分けると、口を控えめに開けてカルポッチャを口に運び、そしてそれを咀嚼した。
「……旨い。生地は予想しているよりふんわりとしておって、このソースは酸味と甘味が混ざっていて、デザートを食っておるようじゃ。でも、腹はしっかりと満たされそうだし、小腹がすいた時、しっかりと胃袋を満たしてくれそうじゃな!」
姫の的確なレポートに、スタッフの一人である記者は思わず感嘆の声を漏らした。
「他に、店のオススメはあるか?」
「はい! こちらの、カレーライスに御座います」
「カレーライスかぁ! 私はカレーライスが大好きなのじゃ、是非食したい!!」
「お任せを!」
店員も嬉しそうに去っていった。スタッフと店員の機嫌を一気に直す姫。コイオス王の判断は間違っていなかったかもな。
カレーライスに対しても見事な食レポの才能を見せた姫は、次の店へと移動した。
その店は先程よりも華やかで、有名な揚げ物のお店だ。有名すぎて姫も今まで入ることが出来なかった店だけに、姫もワクワクが抑えきれないようだ。ちらちらと、出入りする客を見る。客と目が合うと、姫は一気に客と距離を詰め、片手を拳を握った状態で伸ばす。
「どうじゃった? 旨かったか!?」
「え!?」
急に街頭インタビューを受けられた二人組の男女は驚いたものの、苦笑いしつつこくりと頷いた。姫、急すぎるって。
「そちはどうじゃった!!」
「え、は、はい! 香ばしかったです!!」
街頭インタビューだけでこの店を紹介しきれるんじゃ無いのかと思う程食べ終わった客に聞く姫。それで時間を潰していると、「大変お待たせいたしましたー!」と、店員が一人駆け寄ってきた。姫は、「待っておりましたぞ!」と目を輝かせながら、店内へと入って行った。
… … …
此処でもバッチリ食レポを終えたところで、次に行く場所こそ、姫の練習の成果を一番出すべき店だ。と言うのも、次行く店はイリス国一番の高級店。この国でも、そう言った場所はちゃんとあるのだ。
「大丈夫だよイリス様、もしも一人が不安なら、僕がついていくよ!」
「いや、それは記事の繋がり的にちょっと……」
そう言えばそうだよな。クロノ王子は不満げだが、此処は姫一人に託しておこう。
「勝手なこと言っちゃ駄目だぞ」
僕はクロノ王子の腕を引っ張り、僕の隣へと戻して姫の方を見る。
趣のある木の扉を押し開くと、そこには燕尾服を着た数人の人々が頭を下げて迎え入れた。姫は動じることなく前へ行き、燕尾服を着たボーイの一人に案内される。
「此方がメニューとなります」
姫はメニューを見ると、即座に人差し指を持ってくる。フォアグラステーキのトリュフ添えと、白ワインだ。ボーイは指先の文字を確認すると、「少々お待ちくださいませ」と深くお辞儀をして去っていった。
辺りは皆、高級服に身を包む一部の貴族だ。大半は、他国から来た者達らしい。あまりに静かなので、姫は落ち着かなさそうにあちらこちらへ視線を動かしていた。
――ガチャン。
そんな静寂を壊す音がした。視線を音の方にやると、特に皿が割れている様子はない。ただし、一人の茶髪の女性が慌てて辺りを見渡していた。恐らく、こう言った場所に不慣れな女性なのだろう。女性の向かいの席に座る上司、もしくは年の離れた恋人らしき男性は、訝しげに女性を見ていた。
その後も何度か食器とナイフやフォークがぶつかる音がして、女性がとても不憫に思えてならなかった。しかし、僕達が気持ちを向けるべきは姫の方なのだ。フォアグラステーキがやっと出てくると、姫は、「良い匂いですね」とボーイに微笑みかけた。元が美人なだけはある、ボーイはその微笑みに胸をときめかせると、ぺこぺこと頭を下げて去っていった。
「それじゃあ早速」
――ガチャン。
姫が喋りかけた時、また彼女の方から音がした。彼女の方をチラリとみると、彼女は小刻みに震え、今にも泣きだしそうであった。あまりにも可哀想で、何か声をかけてやりたくなるくらいであったが、見知らぬ他人に声をかけられること程惨めなことはない。僕はこの胸の痛みを無視して姫を見る。
「頂きます」
姫は物音に動じることなくナイフを動かした。が、その動きが急に右横へとずれた。
――ガチャンッ。
その音は、女性の方からではない。むしろ、その音に驚いて女性が此方を見た。
「ありゃ、すまんすまん、焦ってしまった。いやぁいかんなぁ。こう言った店は来慣れないもんで」
姫はもう一度手を動かした。すると、今度は片手にナイフを、片手に皿を持ち上げる。その瞬間、その場にいた客がクスクスと笑い出した。
「何、あの人?」
「お皿とフォークの違いも分からないのかしら」
遠くにいた、身綺麗な女性客の話す声が聞こえてきた。それを聞いて初めに音を立てていた女性が戸惑っていたが、姫は気にせずワインを飲む。
「先にワインを飲んで休憩しない!」
ワイン色の髪の女性が姫に手を伸ばしてつっこむと、店内に笑い声が発生した。む? ところであの女性、どこかで見たことある気が……。
「失敬失敬!」
姫が改めてナイフと皿を持ち上げると、ワイン色の髪の女性はトドメの如く言ってみせた。
「先程と同じではないか!!」
静かだったその場は、笑い声が飛び交った。すると姫は満足げに、「旨いウマイ」と料理を食す。彼女のとっての何よりの美味は、人々の笑い声なのかもしれないな。
… … …
姫が去る直前、先程の茶髪の女性が駆け寄ってきて、頭を下げた。
「あの、有難う御座いました!!」
「うむ?」
「さっきはその、私が物音立てたから……」
茶髪の女性が言うと、姫はニコッと笑い、彼女の耳元でこそっと呟いた。
「こう言う店より、下町の店の方が楽しいな」
姫の言葉を聞くと、茶髪の女性は笑って答えた。
「そうですね!」
… … …
取材が終わり、スタッフ達は満足げに帰っていく。その際、僕は服を交換した事情を話して謝ったところ、させられた本人以外のスタッフは笑顔で、「良いよ」と答えてくれた。その上、拗ねるスタッフを宥めてくれる程。優しい、優しすぎる。
一仕事終わったところで、僕達も帰ろうとしたその時、グラマラスなスタイルを隠さないドレスを着たワイン色の髪の女性が姫の前へ現れた。あの時は少し遠目で気づかなかったが、この顔は明らかにムネモシュネ王だ。
「折角指導してやったと言うのに、見事に失敗したな」
「いいや、成功だったよ」
姫の言葉を聞くと、ムネモシュネ王はふふっと笑い、「おやそうかい」と答えた。
「ところで、もう帰るのか?」
「いや。あともう一軒行く予定だよ」
「まだ行くの!? ……なーんて、僕はお腹ペコぺコだったから嬉しいですけどね」
「じゃろ? 一番のオススメへ連れてってやる! 今回は珍しく奢りじゃ!!」
姫の好意に甘え、僕、姫、クロノ王子、ムネモシュネ王の四人は姫オススメの店へ行くことになった。が、その店と言うのが……。
「此処じゃ!」
「……姫、正気なの? 此処って姫がいるから取材受けたくないって言った店じゃないですか」
そうなのだ。目の前にあるその店は、正に姫が序盤で撮影拒否を受けた店だ。姫は、「良いんだ」と言うと、気にせず中へ入って行く。戸惑う僕とクロノ王子であったが、中へ入って行くと、案外主人は気にしていない様子で皿洗いを続ける。
「らっしゃい」
「姫、どう言うことなの?」
クロノ王子が聞くと、姫はその質問に答えず、「ラーメン四つ」と注文する。カタブツそうな主人は、「オーケイ」と答えると、料理を作り始めた。
質問に答えてもらえなかったクロノ王子は、怪訝そうにイリス姫を見て、今度は主人の方に問いかける。
「ねぇ、何で撮影許可出さなかったの? 正直言って客が多い店とは思えないし、今回の取材は全国紙だから、結構お客さん来たかもよ?」
主人もまた、クロノ王子の質問には答えず、黙々とラーメンを作り続ける。クロノ王子が頬を膨らませるので、まぁまぁと僕はクロノ王子の背を撫でた。
ラーメンが出来上がり、それぞれの目の前に置かれる。そこでやっと、主人は口を開いた。
「此処は、姫が城を抜け出して何度か来てくれた店でね。だから、何時姫が抜け出しても場所が開いている。そんな所にしておきたいのさ」
「へぇ……」
クロノ王子は今までの怒りを消し去ると、純粋に話を聞いていた。
「それで取材拒否を貫かれてのう。私は客が増えることを望んだのだが……」
「今のままで十分ですよ、イリスちゃん」
主人の堅物だった顔が、ニコリと微笑んだ。姫も微笑み返すと、皆ラーメンを啜り、声を揃えてこう言った。
「旨い」




