彼女彼女の事情
彼女彼女の事情――鮫島レイカの場合――
私の幼馴染はあほだ。どれくらいあほかというといまどきトーストを咥えながら曲がり角で激突しかねないほどの―――本人にいわせれば『そんなことないよぉぉ~、レイカちゃんひどい』らしいが―――大バカである。大バカなだけならいいのだがさらにたちの悪いことにはげしく鈍い。
中学一年の秋思いきって奈央に告白してみようと決意し、私らしくもない遊園地の観覧車の頂上なんてミーハーな場所で手を握りながら『私はお前が好きだ』と伝えた時の彼女の返事がこれである。
『えへへ、あらたまっていわれるとなんか照れるね。私もレイカちゃんだいすきだよ、これからも仲良くしてね』
あらたまっただけで観覧車の上までこねーよ、夕日がさしてるんだぞ?絶景なんだぞ?ムード満点だろ?どう見ても告白シーンだろ?
そんな突っ込みはやぼなので丸めてごみ箱にぽいだ、伊達に幼馴染をしてるわけじゃない。長期戦なんてのはとっくの昔から覚悟で来てる。そもそも女同士なんて余所から見たら気持ち悪いだけだろうし、それでも好きになっちゃったもんはしょうがないって割り切るしかない。どんなに避けてもどんなに認められなくてもどんなに大変でもやっぱり好きなんだから。他の女の子が奈央の隣にいても苦しいし、男なんてのは論外だ。
この天然記念物級で珍獣な上に鈍感という物語上の必然スペックまでかねそろえた奈央の様子がおかしくなったのは高校に入ってすぐのころだ。
いつもは綿菓子にくるまれて羊と鬼ごっこでもしているんじゃないかと思うくらいふわふわした空間を発しているのだが見てみるとどことなく元気がない。寝不足なのか若干クマができていて、覇気もなくしている。相談に乗ろうと話しかけてみてもいい返事が返ってこない。
そんな状態が数日続いたその週の土曜日、課題に区切りをつけ気分でも変えて外出するとそこで私は目にした。
中性的な容姿、身長は私より低く目じりは優しい。
――何故か確信があった
大通り、ジャージ姿をしてあたりをきょろきょろと見渡している。
――誰にも説明されてないのどうしてだかその男性が彼女だという確信があった
その男性は困ったように目を伏せ、左手でジャージの裾をつかんでいた。
――理解されなくてもいい、理解できなくていい。すっぽりとはまりこんできてぴったりとおさまってくる自信があった
その仕草は私の良く知る私の大好きな桂木奈央の癖に他ならなかった。私は生まれて初めて逆ナンをした。
自動販売機でお茶を買って二人で図書館に入った。名前を聞くと、彼は両手をぱたぱたとさせながら困った表情をし自分を金井ナオと名乗った。
桂木の字の中に木と土があったから安易に偽名に金の字を使ったのだろう。なんだやっぱり奈央じゃん。
目の前にいる――金井ナオ――と名乗る男性が幼馴染の桂木奈央
どういう原理かどういう理由かは全くわからないが二の次だ、せっかくナオとデートできるんだから楽しまなきゃ損損。だいたい私が思っているだけで全然別の人だって可能性もあるし、むしろそのほうが可能性は高いし。
そもそもいきなり知らない人をとっ捕まえておいて、本当のあなたは桂木奈央さんですか?って聞くなんて失礼にもほどがある。でもやっぱり私から見れば姿かたちは違えど彼は奈央だった。
結局私は好きな本や好きな音楽、それに自分の大切な幼馴染の事を彼に話し続けた。
それから私とナオは定期的に会い続けた。連絡先を教えてくれなかったけれど会うのはいつも土曜日の午後、図書館で。
金井ナオと会っている時、幼馴染の奈央から携帯に連絡が来る事は一切なかった。それがより一層、目の前の彼と幼馴染のナオが同一人物という荒唐無稽な話の根拠になった。
ある日、トイレに言ってくると残して私は図書館の二階に行き奈央の携帯に電話をかける。
下を見れば振動している携帯をあわててつかみ、電源を切るナオの姿。
ほら、やっぱり奈央だった。学校には普通に登校してるんだからあの姿になってしまうのはどうやら土曜日など限られた時間らしい。幼馴染なんだから相談してきてくれてもいいのに、そこまで信用ないのかな。
そう考えるとちょっと落ち込むので、相談できないような理由がある事にした。
そっちがその気なら、別に言ってくれなくてもいい。
その代わり私がどれだけ奈央を大好きかたくさん伝えよう、こんなのはちょっとしたやつあたりで卑怯なやり方だけどやっぱり私は奈央が好きで好きで仕方ないんだから。
それに私は金井ナオが桂木奈央だって気がついてない事になってるんだから。
「舞い込んできたチャンスはものにしないとね、覚悟しなよ奈央?」
携帯をジーパンのポケットにねじり込み私は意気揚々とかけ出した。
◆◆◆◆◆◆
彼女彼女の事情――桂木奈央の場合――
私―――桂木奈央には誰にも言ってない秘密が三つある。
一つ、中学二年のころから幼馴染のレイカちゃんを意識してしまってる。
二つ、私は変装能力により外見を中性的な男の子に変えることができる、というか勝手に変わる。これは誰かにばらすことができない。
三つ、何故か変装後の男モードの私とレイカちゃんが友人になってしまい定期的に会っている。
「ナオってさ、好きなやついないの?」
私がうんうんうなりながら参考書の問題を解いているとレイカちゃんはそう尋ねてきた。場所は市の図書館、空調のききすぎたこの時期は少し肌寒いが仕方がない。私服に疎い私は本来なら制服で来たいところなのだが、何分男物の制服など持っているはずもなく仕方ないのでレイカちゃんと会うときは毎回ジャージ―――もちろん学校指定のではなく通販で購入したもの―――だ。
「いないよ、鮫島さんは?」
唐突な質問に声が上ずる私、まさかあなたですよなんて言えるはずもない。いや、今の私の姿だけなら男の子モードなんだからこの瞬間のみあなたが好きですと言うだけなら可能だ。もちろん最終的には女の子に戻らなきゃなのだからそんな事できるはずもない。
最初にこの姿になったときは本当に困った、その次の週に町中でレイカちゃんに話しかけられた時はもっと困ったけどそれ以上にうれしくてどこか安心した。
以来なんとなく、この姿の時はレイカちゃんに会っている。レイカちゃんはいつも私――この私とは桂木奈央のこと――を話題に出すから嬉しいけどすごくはずかしい。
ちなみに鮫島さんというのはレイカちゃんの名字だ、男モードのままレイカちゃんよびはまずい。
「いる」
その二文字を聞いたとき、私は図書館に来た事を後悔した。口内がかわき鉛ともへどろともわからない液体が胃の中におさまってくる。レイカちゃんがもてるのは知っていた、女の子の私から見ても――今は男だろうとか余計なつっこみはいらない――彼女は鮮烈で強烈で美しかった。そもそも女の子である私に勝ち目なんて最初からあるはずがなかった。
どうしてきてしまったんだろう、どうして聞いてしまったんだろう。『鮫島さんは?』なんて聞かずに他のきき方をしていればこんな流れにはならなかったのに。
「へ、へー。どんなひと?」
会話が途切れないように注意を払って、私はかすれた声で何とか尋ねる。
「すっげーあほ」
へ?あほ?
あほなのか、レイカちゃん男の趣味わるい。
「いうことはきかねーし、電子レンジに卵は入れるし、ガム食べてるのにチョコレート渡してきて無理やり突っ込んでくるし」
なんだか聞いているとあんまり男の子らしくない。レイカちゃんはぱりっとしてて目もきりりとして鼻筋も通っていてすらっとした美人だ。だから好きになる相手もサッカー部のエースとか、仕事ができるビジネスマンとかそういうしっかりした人がお似合いだなって思ってたのに…。
「ぼさっとしてるから中学の文化祭の準備なんかしてる時、柱の下敷きになりそうになるし」
ん?……あれ…………それって……
「おまけに観覧車の上で手つないで告白してるのに『これからもなかよくしてね』って言われたよ、完全スルー」
思いだされるのは中学の時の記憶
「なー、ナオーどうすればいいかなぁ」
困り顔でこちらを見てくるレイカちゃん
対する私は全身の血液という血液がすべて顔に集まってきてるみたいな、急な展開で頭真っ白的な
恥ずかしくてうまく答えられない。いま私絶対顔赤いよ、完全に変な人だ。
「遠回しにふられちゃったのに、鮫島さんはまだ好きなの?」
どうしてももう一度聞きたくて、もう一度確かめたくてそんな意地悪な質問をするとレイカちゃんは破顔して答える。
「まだ好きだよ、もうずっとずっと好きでずっとずっとダメなんだ。あいつがいないとまわっていかないし、あいつがるから同じ学校受験したしあいつが笑ってくれるとうれしいしこればっかりはどうしても譲れないかな。要するに私はっ……てどうしたお前肩ふるわせて。顔真っ赤だしにやついてるぞ?」
「なんでもない、昨日のテレビ思い出してただけ。それだけ」
両手をぎゅんぎゅん左右に振って返事をする。
私がいたから受験してくれてたなんて全然しらなかった。どうしよう、明日からどんな顔で話そう。いま絶対口元にやついてる。
「そうか?とにかく私はあいつじゃないといやなんだよ」
「そかそか、ごちそうさま。とにかく二人きりで遊びに行って距離間を縮めるのはどうかな?イベントたくさんあるし」
なんだかデートの催促しているみたいだ。別にレイカちゃんは『男の金井ナオ』=『女の桂木奈央』を知らないからいいが私からしたらそうではない。さっきから嬉しいやら恥ずかしいやら今は男やらでどうにかなりそう。
「せっかくたくさん休みあるもんな」
気持ちを落ち着けるために買っておいた緑茶をごくごく消費していく。緑茶に含まれるテアニンはリラックス効果を持つのだ、α波最強。これで私もスーパーカテキン!!
「変な虫がつかないようにそろそろもっかい告るか」
「ブホッ……ケホ」
噴き出してしまったお茶に虹がかかるのが見えた。
勢いで書いてみたGL、連載出来るか微妙なのでとりあえず短編でお試し。