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雪降る季節に出会えたら

作者: きつねねこ

 朝日が昇る頃に霜が降りている季節。

 眠っていた私はゆっくりと目覚めた。


 夏に比べ弱々しい太陽の光。

 遠くまで見通せる澄んだ冷たい空気。

 虫や動物が眠りにつき、代わりに私達が活動する時節。


 世界に溶けて居た体が、在るべき形へと実体化していく。


 白い着物を着た現身を得た私は自らの足で大地に降り立ち、思わず一言呟いた。


「ん? 冬なのに暖かい……?」


 実体化して見れば、冬の山々には雪の一欠けらもなく青々とした緑が茂っていた。

 気温も日差しが強いのか寒いと言うよりは肌寒い位の感じだろうか。


 しかし私が実体化したと言う事は今は冬のはず。

 けれど久方ぶりに実体を得て見た冬景色は、知っている物とあまりに違う。


 今はもしや秋口か春先なのかもしれない。

 と言う事は出現時期を間違えた?

 思わず浮かんだ雪女としては致命的な問題に寒気が走る。


「えーと、どうするかな……」


 人里離れた山中で、暫く一人で途方に暮れてしまった。


 ◇


 半刻経ってから途方に暮れても仕方ないと思い、適当に山中を歩き始めた。

 すると人間が作ったらしき小屋が見つかる。

 小屋と言うには作りが立派で、武家の家と言われても納得しそうな物だった。


 人は私達妖怪を本能的に畏れる。人在らざる者として。

 助け合う事もあるが、大体は途中で仲違いしてしまう。

 人に協力していた鬼が、最後は人に斬られたなんてよくある話。


 今が(不本意ながら)冬ではない事を確認したかった私は、警戒しながら建物に近づいていく。

 小屋の中に居る人間に問い質そうと入り口に近づくと――――ガチャリと扉が開いた。


「はぁ、やっぱ雪降らんかぁ……あ?」

「あ……」


 出てきたわらしと目が合った。


 着物は光沢がある作りが良い物。

 ただの農民の子ではないと内心で焦りが生まれる。


 武士連中は妖怪退治なんてお手の物。

 このわらしが武家の子だとしたら、幼いとは言え侮れない。


 温かな空気にもかかわらず、不意の出会い頭で吐く息が白くなるほど緊張していた私に向かい、小さなわらしが首を傾げた。


「ねーちゃん、どっかの旅館の劇団の人?」


 雪女である私に畏怖も警戒も示さないわらしの言葉に、今度は私が首を傾げた。

 劇団とはなんのことやら。


「あ、違う? そりゃそうか。スキー場まで衣装の着物着てくる人はおらんよね」


 勝手に納得してるわらしに好都合だと思い、聞きたかった事を聞く事にした。


「わっぱ、今は玄冬であろうか?」

「へ? げんとー? ねーちゃん、何それ?」

「ええい、今が冬かと問うておるのじゃ」

「最初からそう言ってよ。もちろん冬だよ」


 察しが悪い幼子の言葉に驚いた。

 私がうっかりと季節を間違えて実体化したのかと思ったが、そうではなかったのか?


 驚いた私は直ぐに質問を重ねた。


「冬だと言うなら何故雪の欠片もない。ヌシ、今を冬と勘違いしてるのではあるまいか?」


 見れば6,7歳くらいの幼子。

 そのくらいの子なら季節を言い間違うくらいはするだろう。

 自らの失敗を自身で後押しするような問いをして複雑な気分だった私に、わらしはため息を付いてから答えた。


「ねーちゃん知らないの? ちきゅーおんだんかなんだよ。ちきゅーおんだんか」

「は?」


 謎の言葉を言い放つわらしは、どこか偉そうだった。


 ◇


 二人で小屋の入り口の階段に座り、雪が降らぬ理由をわらしは話し始めた。


「ちきゅーが温かくなって、雪が降らないんだよ。うちはさぁ、スキー場をやってるから雪降らないと困るのにさ。暖冬でお客さんが少ない~って、温泉宿をやってる親戚のおじさんも困ってた。はぁ、雪降らんかなぁ」


 わらしの話を聞くと、どうやら今は冬で間違いないらしい。

 聞きたかった事は最初の一言で十分だったが、さてどうしたものか。


「雪を降るのを望むとは変わっておるな。大雪にでもなれば困るであろう?」

「冬は雪が降らない方が困るんだよ。てかねーちゃんだって、温泉かスキー目当てで来たんだろ? 雪ないと気分でないだろ」


 私の記憶では人は雪が積もって困っていた気がする。

 だがそれは昔の話であるのか。

 前に実体化した時は一体何時であったか。


 私達妖怪は、人の欲望や恐怖や憎悪やらが形になり実体化した幻想の住人だ。

 故に闇夜に現れ人を誑かし陥れ敵対する。


 けれど逆に、人の希望や優しさや慈しみ等で具現化する事もある。

 だから人に好意的な妖怪も存在する訳だ。


 人が力を付け妖怪を駆逐し畏怖する心を忘れ、存在が希薄になっていた私が今この時に現れた理由が分かった。この辺りに住む人間達が雪を望み、その願いが私を形作ったのだろう。


 でもだからと言って私が人間に協力する謂れはない。

 どんなに協力しても、人は妖怪を恐れる心があるのだから。


 このわらしは結局は自分の生活の為、己の欲望を満たす為に雪を望んでいるのだろう。

 そのような者に協力した存在の末路は大概が禄でもない。

 なのでこのまま去ろうと思ったのだけれど。


「とーちゃんとかーちゃんが色々頑張ってるのに、僕なんてスキー道具が置いてある小屋を見たりしかできなくてさ。もっと色々手伝いたいのに、大丈夫だって言って手伝わせてくれないんだ」

「ふむ……」


 気落ちしてるらしいわらしを見遣る。


「わっぱ、何の為に雪を望む?」

「へ?」


 わらしは虚を突かれた抜けた顔をした後に、幼子らしからぬ真剣な表情で悩み始めた。

 初見の怪しい相手の質問に随分と悩んでいる。

 警戒心が薄いとなじるよりも、それほどの悩みだと思っておくとしよう。


 ふらふらと頭を左右に揺らし悩んでいたわらしが、顔を上げてしかと答えた。


「とーちゃんとかーちゃんや、町の人達が笑顔になったら僕も嬉しいから?」


 出だしははっきりとしていたのに最後は首を曲げ疑問で締めた。

 あやふやな答えであったけど、思いの外私の心に響くものがあった。


「皆の笑顔を見るのが好きか?」

「うん!」


 子供らしい純粋な返事。

 このような期待していた返事をされては、やらなくてはならないか。


「ならば今日は家に帰り、明日の雪に備えるが良い」

「え? 明日雪降るの?」

「ヌシが望むなら降るであろうよ」

「本当!?」


 見るからにパァと明るくなる顔につい釣られてしまう。

 子供とは言え素直すぎるのが少々心配になるが。


「期待してるが良い」


 やるべき事を得た私は、わらしに負けぬ笑顔で言い切った。


 ◇


 深夜、静かな山中にて空を見上げる。


「今の私に如何程の力があるのか」


 両手を挙げて願い奉る。


「冬の雪の精達、雪を望む童子の願いを叶えてたもれ」


 呼びかけてから少しすると、願いに応える様に天から白い粒が落ちてくる。

 冬の厳しさを体現する吹雪ではなく、優しく包みこむ粉雪の群れ。


 暗い真夜中に深々と降る雪ん子達。

 静かに優しく、山々に雪化粧が施されていった。


 ◇


 約定を果たさんと数日山に篭って居た私は、わらしの様子を見に町へと下りた。


 一つの町の人々の願いだけでは、やはり昔のように一夜にして雪で埋める事は出来なかった。今の自分の力の無さに思う所はあるが、殺伐としていた昔よりも良いかと思い直す。


 日中も優しく降り続く粉雪達の中を進んで行き、わらしと出会った小屋近くへやって来た。

 そこで予想外の光景を目にして思考が止まる。


「なんと大勢の人達……」


 小屋の先の坂では、何やら大勢の人間が滑り降りてくる。

 よく見れば謎のからくりに乗って上へと運ばれた人達が、競って滑り降りてきているようだ。


 あまりに多い人間達に怖くなり、小屋の裏手からそぉっと覗いていると背後から声がかかる。


「ねーちゃん、何してんの?」

「ひぃっ!?」


 思わず声を上げ飛び上がってしまう。

 すぐさま反射的に背後に眼を向けると。


「小童が! 背後から脅かすでない!」

「へ? あ、ごめんなさい」


 見事に頭を下げられてしまい、それ以上の文句が出せなかった。

 人が畏怖する存在の私が子供に驚かされてしまうとは。


 失態を恥じているとわらしが歓喜の声を上げた。


「見ての通り、ねーちゃんの言うとおり雪が降ったんだ。おかげで皆が笑顔になった。ありがとう!」


 わらしは本当に嬉しそうに嬉しそうに言った。

 この子は私が雪女だと気づいていない様子。

 だから私に礼を言ったのは、単に嬉しかっただけであろう。


 しかし雪女として、雪の精達の代表として、わらしがわからずともその礼を受け取ろう。


「うむ。ヌシの願い、確かに叶えたぞ」

「うん!」


 見ている此方まで嬉しくなる笑顔が返ってくる。

 こんな子を見ていると、人を好く妖怪が居るもの納得する。


 わらしに会えて用件も済み山に帰ろうとしたのだが、不穏な声が聞こえた。


「また来年も同じ様に降るといいなぁ」


 人の欲望は尽きぬなとは思った。

 が、望まれた存在として実体化したからだろうか、聞かずには居れなかった。


「それは、皆の笑顔が見たいからか?」

「うん。今年みたいに皆が笑顔だったら嬉しいもん」


 一度叶えた願いと同等の純粋な思い。

 であるならば、その思いがある限りは叶えねばならない、か。


「幼子よ、努、その思い忘るるな」


 ◇


 わらしの住む町の住人達は雪を望んでいたのか、それから毎年私は実体を得た。

 目覚めて雪を降らす度にあの小屋へと出向き、わらしと会い話をした。


「雪降ってとーちゃん達が忙しそうだから手伝うって言ってるのに、お前は勉強しろ~って言うんだ。勉強なんかより手伝いで役に立ちたいのにさ」

「家業を手伝うよりも勉強しろとな。ヌシの家は裕福なのだな」

「そうでもないと思うけどなぁ。猫を飼いたいけどお金がないからダメって言われたし。僕のお小遣いじゃ猫のご飯も高くて買えないし」


 予防注射とかもお金かかるんだってと小声が聞こえた。

 よく分からぬ話ではあるが、つまり親御は裕福でもないのに子に学問の道へ進んで欲しいとな。


「ふむ。親御様が勉強してほしいと言うなら、してみたらどうじゃ?」

「えぇ~、小学校の勉強なんか大人になったら役に立たないんだよ。ねーちゃん、花の名前とか覚えたってけいえーには使えないんだよ」


 偉そうな態度をとって言ったわらしの言葉が軽く聞こえる。

 おそらく誰かの真似で、自分に都合の良い部分だけ真似てるので軽く聞こえるんだろう。


「役立つかどうかは私にはわからぬ。だがヌシの親御様は役立つと思ってるから勧めるのであろう」

「そうかなぁ」


 やりたくない事を役立つと言われても納得はせぬか。

 では少し遠まわしに言ってみよう。


「ヌシの両親はヌシを愛してると思うか?」

「ねーちゃん、あいしてるって何?」

「あ~、つまり、親御様はヌシの事を好きかと聞いておる」

「んと、たぶん好きだと思う」


 恥ずかしいからかそっけなく言ったつもりであろうが、そっぽ向いて頬を赤くして言う様子は実に可愛らしい。


「であるならば、好きなヌシの事を思って言っているのだろうさ。勉強をする事で幸せになれるとな」

「そうなのかなぁ」


 余程小学校とやらの勉強が嫌いなのか全く納得する様子がない。


「納得いかぬなら親御様に聞いてみるがよい。勉強を勧めるのは僕の為ですか? 勉強したら幸せになれますか? と」


 想っていても言葉にせねば伝わらぬ事は多々ある。

 人は当たり前すぎると言葉にするのを忘れてしまう。

 サトリでもない限り、愛があっても真意は言葉で伝えねばならぬ時もあろう。


「ヌシも自分の気持ちをちゃんと言うと良い。勉強よりも家の仕事が大変そうだからお手伝いがしたいです。とな」

「うん! 聞いて言ってみる!」


 思い立ったが吉日とばかりに、わらしが駆け出していった。

 本当に素直で良い子だ。親御に愛されて育っているのだろう。


 数日後に話を聞けば、父上殿は小さい頃勉強をせずに苦労したので、わらしにはそんな苦労をして欲しくないから勉強をして欲しいと言われたそうだ。だから仕方ないから勉強するそうだ。


 家業についても、もう少し大きくなったら手伝ってもらうと言われたと大喜びで話していた。


 ◇


 ある年、雪を降らせてから小屋の裏手に行くとわらしが見るからに落ち込んでいた。


「おや、またテストで満点を取り損ねたか」

「ねーちゃん、いじわるだな。どーせいつも100点取れてないよ」


 元気付けようとした皮肉にも力なく応じられた。

 これでは私が苛めたようではないか。


「どうした? ヌシは元気が取り柄だろうに。何があった」

「んー、実は転校生が来たんだけどさ。その子が口が悪くて困ってるんだよ」


 詳しく聞けば、何やら都より女子がやって来たらしい。

 知らぬ地に来たばかりの女子の事を、小学校の先生や女子の両親に面倒を見てくれと頼まれたのだそうだ。素直なわらしは頼まれたからにはと面倒を見たのだが。


「その女子がトゲトゲしくて周りに馴染めぬ、と」

「いつも怒っててさ。どうしたらいいかわからないよ」


 一端のため息を吐いて項垂れておる。

 さてはて、どのように答えたものか。


 件の女子の様子はなんとなくはわかる。

 都より山間の町々にやって来た公家や武家の人間は、馴染めておらんかったからの。彼奴らは周りの者を田舎者と罵ったりしてたから。


 都落ちをした者は権力から零れて田舎へ来た事で不安だったのであろう。見知らぬ景色、見知らぬ習慣、見知らぬ人々。何が正しいのか、信じて良いのかわからぬ未知への不安から、自分を守る為に毒を吐いてしまう。


 おそらく件の女子も似たような心境であろうな。

 これをそのまま説明してもわらしに伝わるかどうか。

 ふむ。


「そうよな。もしその女子とは逆にヌシが都会に行ったらどうする?」

「僕が?」

「うむ。考えてみよ」

「ん~」


 寒空の下でわらしはそれなりの時間悩み続ける。

 温かそうな服を着ているとは言え、病にでもかかってはまずいと雪の精達に頼み、わらしの周りを少しだけ温かくしておいた。


 それから3個ほど小さな雪だるまを作り終えると、わらしが迷いがない顔で此方を見て答えた。


「わからない!」

「ぷっ」


 あれ程悩んでその答えはないだろうと吹き出してしまう。

 が、すぐに中々悪くない回答だと思いなおす。


「どんな所かわからない。何をして良いかわからない。どういう人がいるかわからない。そう言う事か?」

「うん。僕さ、東京行った事ないから行ったらどうするって言われても、何も思いつかなかった」

「なるほど。では転校生の女子も、今は来たばかりで何もわからないのやもしれん」


 女子の話に戻るとわらしは黙って私の言葉を待った。


「何かせねばと思うのに、何もわからないのは不安であろうな。だからつい不安から周りにキツイ言葉を言ってしまうのかもしれん」

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「一概にどうすれば良いか決めるのは難しい。ヌシはその娘と仲良くなりたいか?」

「うん」


 そう言うだろうと思っていたが、相変わらず素直な子だ。


「ならば仲良くなりたいと伝え、その女子がこの町に慣れるまでゆっくり待てばよい。女子が困ってたら助けたりしながらの」


 すぐに馴染めるものでもあるまい。

 種が芽を出し木として根付くのには、必要な歳月と言うものがある。

 私が言えるのはそれまで精々困ってたら助けると言う、人の当たり前の営みを伝えるくらいだった。


 年経た妖怪、わらしよりも年長者のはずがは大した事を言えなかった。

 そんな風に少々無力感を感じていたのだが。


「そっか。あ~、そうだよね。すぐに皆と仲良くさせなきゃって焦ってたかもしれないなぁ。ねーちゃん、ありがと!」


 わらしは真っ直ぐな礼を言ってきた。

 何故かその礼に救われた気がする。


 この子なら、きっと不安な女子の心もほぐせるのだろうね。


 ◇


 冬に雪を降らせ、冬の間にわらしと語らう事が増えていった。


 知らなかった現代の事を聞くのは中々に面白かった。

 わらしが持って来た携帯ゲームとやらにはついつい夢中になってしまった。


 高校生となったわらしが、初めてバレンタインチョコを貰った時は少々鬱陶しかった。前に悩んでいた転校生の女子と仲良くなったのは良いが、菓子一つで喜び過ぎだろうに。


 毎年少しずつ成長していくわらしに対して、母とも姉ともつかぬ奇妙な親愛を感じていた。

 しかし別れは唐突であった。


「来年から東京の大学に通う事になってさ。あっちで一人暮らしする事になった」


 東京と言う今の都に引っ越すことになったらしい。

 行きたかった大学に受かったと、バレンタインの時にも負けぬ喜びようであった。


「良かったの」


 寂しさは感じたが祝いの言葉を贈っておいた。


 ◇


 わらしが東京へと旅立った次の冬も実体化した私は雪を降らせた。

 あの子が近くの町に居なくとも、約定は果たさねばと思ったから。


「ありがとう。雪の精達」


 毎年力を貸してくれる精達に感謝を述べる。

 その後、する事もない私は習慣から小屋へと向かった。


 今年からあの子は都で頑張っているのに。

 わらししか知己が居ないというのに。

 などと自虐めいた事を考えながら辿り着くと、そこには。


「あ、ねーちゃん。やっほー」

「……」


 元気な声をしたわらしが一人おった。

 消沈していた気持ちも忘れ、わらしに向かい声を荒げて問い質した。


「ヌシ、何故ここに居る! さてはあまりに頭が悪く、東京の大学を追い出されたか!」

「いや、確かに1個赤点とって補修受けたけどさ。追い出されるほど頭悪くはないと思う。ていうか思いたい」

「では何故!」


 強く問うとキョトンとした顔をして首を傾げた。

 成長しても幼子の時のような反応は可愛らしい。

 無垢なわらしに答えを早くよこせと視線で訴えると、ようやっと返事が来る。


「冬休みだからさ。大学が休みの間だけ実家の手伝いとか、年越しとかで帰ってきたんだよ」

「本当か? 勉学が辛くて逃げ帰った訳ではあるまいな?」

「ねーちゃん、俺の事バカだと思ってるよね。でも赤点取ったし、完全には否定出来ないのが悔しい」


 また会えた事が嬉しくて、うっかり辛辣な物言いをしてしまった。

 内心での嬉しさを隠す為とは言え、悪い事をしたか。


 家の手伝いなのか、わらしは置いてあった網を棒を使い器用に立てていく。

 防護ネットと言うのだったか。

 よし。


「どれ、私も手伝ってやろう」

「え、良いよ。ねーちゃんはゆっくり待っててよ」

「ええい、手伝わせんか」


 悪く言った謝罪と、何よりも会えた嬉しさから手伝わせろと言うのに、わらしは手伝わせんとし阻んでくる。


「子供が遠慮するものではない!」

「ねーちゃんって、いつまでも俺を子供扱いするよね。でもさ~」


 わらしが私のすぐ前に立ち偉そうに反り返った。


「もうねーちゃんより背が高くなったんだよ」


 わらしは地面と水平に曲げた手を私の頭の上でクイクイ動かし、自分の胸の高さだと強調する。


 言われてみれば、出会った頃小さな幼子だったが、今はもう立派な男児か。

 楽しそうに笑うわらしを見上げ、感慨深い思いが湧く。

 だがしかし。


「図体ばかり立派になってもの。中身はあまり成長しておるまい」

「う、否定できない」


 人の言う事にいちいち素直に落ち込みおって。

 そういう所が可愛くもあり、心配にもなる。


「子供は善意を素直に受け取ればよい」

「ん、わかった。ねーちゃん、ありがと」


 どこか仕方ないなぁと言う雰囲気をわらしが漂わせる。

 これではまるで私の方が子供みたいではないか。


「ほれ、はようそこを持て」

「はいはい」

「返事は一度でよい。重いのだから早くしてたもれ」

「はーい」


 雪女だと言うのに、胸がポカポカと熱い一日であった。


 ◇


 幾たびの冬をわらしと会い話したか。

 大学に行っても変わらず小屋で会えて安心していた。

 延々と続くのではないかと錯覚するくらいに。


 けれど現実は厳しく、世の無常を知った。


 それは変わらず雪を降らし、小屋でわらしと話している時のこと。


「うちの管理してるスキー場さ、閉める事になるかもしれない」

「閉める?」

「うん、使わなくなるかもって事。老朽化や他のスキー場との合併とか、色々難しい問題があってさ」

「スキー場を使わなくなる……」


 わらしがバブル時代の~等と言葉を続けていたが耳に入らなかった。

 この町の人々が雪を望んでいるのはスキー場の為だと私は知っている。

 幾年もわらしと話し知ったのだ。


 ならばスキー場を使わなくなると言うなら、たぶん私は……。


「ねーちゃん? どうしたの? 大丈夫?」


 上の空だった私を心配する声が聞こえた。


「あぁ、すまぬ。大丈夫。心配せずとも話を続けるが良い」


 余計な心配をかけぬように笑顔で答えると、わらしは顔を真っ赤にして下を向いた。

 その様子に疑問を抱いた。何かしてしまったかと。


 答えは顔を上げたわらしが教えてくれた。


「そ、それで俺も今年で二十歳になる訳で。えーと、なんと言うかそろそろ思う訳です」

「しゃきっと話さんか!」

「はい! ねーちゃんが好きです! 付き合ってください!」

「…………は?」


 最初は理解できなかった。

 が、言葉の意味を理解していくにつれて私まで顔が赤くなる。

 突然のわらしの告白に嬉しさやら恥ずかしさで頬が火照る。


 恥ずかしくて堪らぬ。

 上の空だった私が悪いのかもしれない。

 だがこんなに突然に言うわらしが悪い。

 話を聞き流してた自分を棚に上げた。


 人の嫁にいった妖怪は意外と居る。

 かの有名な狐の御方や、私と同じ雪女等々。


 しかしそれも妖怪が今よりも存在するのが当たり前だった昔の話。

 数多居た妖怪が居なくなった現代では……。


 おそらく次の冬は、この地の人々に望まれぬ私は存在できまい。


 そう思うと嬉しさが冷めてゆく。

 私が雪女だと知らぬ顔を真っ赤にしているわらしを見た。


 雪女に恋するなど一時の夢であろう。

 なれば覚ますのは私の最後の役目か。


「それは無理だ。ヌシは知らなかったろうが、私は雪女。雪を司る妖怪」

「へ?」

「雪女に恋した人間がどうなるか知っているか? 氷像にされ命を落すのだ」


 わらしの頬の熱を冷ますように頬を撫でた。


「戯れにヌシとした雪を降らす約定も、スキー場が無くなるのなら必要あるまい」

「ね、ねーちゃん?」


 雪と共に私も居なくなる。

 想いはしっかり断ってやらねば。


「そもそもヌシには幼馴染の女子がおるであろう? 妖怪の私に惑うては嫉妬の炎に焼かれるぞ」

「ちょ、ちょっと待って、ねーちゃん!」

「さらばだ」


 突き放すようにわらしから離れ、吹雪を纏いて姿を消した。


 わらしの恋心も所詮は泡沫の夢。

 春になれば消える雪と同じであろう。


 再び消え逝く私には、わらしの未来が幸せである事を祈るくらいしか出来なかった。


 ◇


 もう実体化する事もあるまい。


 そう思っていたが、気づけば再び体を持って大地に立っていた。

 自然の力で粉雪降る、夜の煌びやかな光で彩られたスキー場に。

 あの小屋の前に。


「ねーちゃん!」


 自分が建つ場所を確認してすぐに誰かに抱きしめられた。

 強く強く、絶対に離さないと言う意志を篭められて。


「く、苦しい。せめて少し緩めぬか!」

「嫌だ! ねーちゃんがまた逃げるかもしれないから!」

「逃げぬ! 逃げぬから離せ!」

「本当?」

「本当だ」

「本当の本当?」

「本当の本当だ」

「本当の本当のほ」

「しつこいわっ!」


 私を抱きしめていたわらしが渋々離れた。

 不本意そうな顔をしているが、実体化してすぐに苦しい目にあった私も不本意だ。

 と考えていると、わらしがそわそわして再び抱きついてきそうなので一歩下がる。


 ついでにスキー場の様子をチラリと見てみた。

 そこかしこに綺麗で彩り豊かな明かりが照らしてある。

 普段は聞いた事のないしっとりとした曲も流れていた。


「ん? 何故スキー場が開かれておる?」

「あ~、うん、説明するけど、他にも色々ねーちゃんに言いたいことがあります!」

「は、はい?」


 気合の入ったわらしの声に反射的に姿勢を正した。


「まずスキー場だけど、閉めるかもって話があっただけで決定じゃなかったんだ。だからまぁ、見ればわかるけど閉めない事になった」

「そうだったのか」

「次に!」

「はい!」


 さらに気が入った声につい同じ様に返事をしてしまう。


「ねーちゃんが去年言ってた幼馴染の子の事だけどさ。あの子はいとこだから。親戚だから。妹みたいなものだから」

「う、うん? そ、そうなのか?」

「まぁ結婚は出来るんだろうけど、恋愛感情とかはないから。わかった?」

「わ、わかった。わかったから離れてたも」


 ずずいっと近づいてきて私の肩を掴み言うわらしが少し怖かった。

 伝えたい必死さは伝わってきたが。


「んで最後に言い難いんだけど……」


 一歩離れたわらしが間をとった。

 実体化してからの流れに驚く暇もなかった私に、驚くべき事実が伝えられる。


「ねーちゃん、自分が雪女だってバレてないと思ってたの?」

「……何?」

「ねーちゃんに初めて会った日に両親に話したんだ。冬で寒いのに、白い着物を着た薄着のねーちゃんに会ったって。そしたらきっとそれは雪女だろうーって。明日雪が降れば本物だなって親と話してた」

「なななななんじゃと!?」


 と言う事は、初めから正体が悟られていた?


「前から思ってたけど、ねーちゃんって天然だよね。去年告白した時、ねーちゃんのあまりの勘違いだらけにくらっときたよ。雪がないと困るのはかわらないし、あいつを恋人候補と勘違いしてたっぽいし、何より雪女だってバレてないと思ってた事にびっくり」

「あうあう」


 自分の失態を理由付けで説明されてガクガク震えてしまう。

 本気の羞恥で逃げ出したくなる。

 と言うよりも駆けて逃げ出そうとした。


 しかし腕を掴まれ止められる。


「えと、これで去年ねーちゃんが断った理由はなくなったよね。だから改めて言います。好きです。付き合ってください!」


 追い討ちをされ、恥ずかしさが止まらない。

 断った理由が勘違いだとわかり、断る理由がなくなったのが嬉しい。好きだと言われ嬉しい。

 そんな自分の気持ちも恥ずかしさを後押しする。


「ゆ、雪女と付き合うなど、親御様が許さぬ!」

「あ、大丈夫。いつも冬にねーちゃんと会ってるの、うちの両親知ってるから。むしろ雪を降らせてくれてありがとうって言いたいから、会いたいってさ」


 なんと器が大きい親御か。

 ってそうではなく。


「ふ、ふふ、私の雪を降らす力が目当てであろう。そうであろう!」

「雪が降らないと困るけど、それ目当てじゃないよ。ねーちゃんと居ると楽しかったし、いつも真剣に相談に乗ってくれたし、美人さんだし」


 美人さんが3番目の理由なのが少々気になるが、後に問い質すとして。


「わかっておるのか? 妖怪なのだぞ。妖怪、雪女」

「ん~、今って妖怪は子供に大人気だよ。アニメやゲームや漫画にもなってるし。ねーちゃん、雪女だって世間に知れたら、子供達に大人気になれる」

「じ、時代がかわったのだな」


 オソロシヤ人の成長。

 おどろおどろしい妖怪すら友としたのか。

 最早動揺で冷静さは保てなかった。

 自分でもよくわからないことを口に出す。


「わ、私はヌシを子供と思っておる!」

「ん、頑張ってねーちゃんに相応しい男になってみせる」

「そ、そうか。いや、でも私は雪女だから冬しか体が保てなくて」

「それはやっぱり寂しいなぁ。なんとか人間になれたりしない?」


 む、そう言えば確か。


「人間の愛を貰った妖怪が人と成ったと聞いた事があるような」

「じゃあ俺がねーちゃんに愛をあげたらいいのか」


 言ってからしまったと思ってしまう。


 向きを変えられ見つめ合う状態にさせられる。

 両肩も掴まれた。優しく掴まれているのに動けない。

 ゆっくりわらしの顔が下がってくるのに焦ってしまう。


「待て、待って。きょ、今日は夜に何でこの様に薄紅色の光や柔らかな曲が流れておるのだ」

「うん? 今日がクリスマスだから、そのお祝いにかな」

「く、くりすます?」


 嬉しいのか断りたいのか自分でもわからないが、必死に時間を稼ぐ。

 おかげでわらしの動きが止まってくれた。


「クリスマスって言うのは、サンタクロースって言う不思議なおじさんが、子供にプレゼントをくれる日なんだ」

「つまり子供の日か。ならば今日は諦めるべきでは」

「大丈夫、小さい頃クリスマスにねーちゃんとずっと一緒に居たいって願ったから」


 何を諦めるべきで、何が大丈夫なのかわからぬまま、わらしは再び顔を近づけてきた。

 私は最後の抵抗とばかりに言葉を吐き出す。


「あ、愛で人に成ったとしても、愛を失えば妖怪に戻るのだぞ!」

「そっか。じゃあこれから毎日愛してるって伝えるね」

「う、うつけが! そのような事――――」


 続きの言葉は発することができなかった。

 そして暫くしてから、わらしと私は少しだけ離れた。


「はっ、はっ、くちゅん」

「ねーちゃん?」

「……寒い」


 そう言うとわらしは着ていた上着を脱いで私にかけてくれた。

 それでも寒さが体に染みたので、温かい所へ連れて行けとわらしに催促する。

 わらしは喜び実家へ案内すると請け負った。


 道中にわらしが仕出かした事の重大さを教えてやった。


「知らぬ女人をいきなり連れ帰ったら親御様に怒られるだろうよ」

「大丈夫! 近々雪女のねーちゃん連れ帰ってくるからって言ってある」

「それは戯言と思われてるはず」

「そうかな。頑張れって何度も応援されたから、本気な気がするけど」

「親御様に説教したい気分になったわ」


 二人並んで夜道を歩く。


「はぁ、どのように挨拶すればよいか」

「嫁に来ましたって言えばいいんじゃないかな」

「そんな恥ずかしい挨拶できるかっ!」


 明るく照らされた道を、二人連れ添って進んで行った。

お読み頂き、ありがとうございました。

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[良い点] 雪女の天然なトコが好感もてました(^^)
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