第2話 生徒会室の男役?
私は保健室に居づらくなり、会長に別れを告げて部屋を出た。普通の生活を送っていた私には衝撃が大きかったけれど、それが事実だということに変わりはなかった。
『信頼している夏菜子だから言ったんだぞ』
会長が言ってくれた言葉が、さっきから頭の中を駆け回る。信頼されていることはすごく嬉しい。でも、それとこれとは何だか違う気がする。
私は今まで、会長のことをかっこよくて可愛い人として見てきた。それはあくまでも『女子』だと思って接してきた。しかし、実際には『男子』だった。本人が言っていたから、間違いはないと思う。あんなこと、冗談で言うはずがない。会長は私だから言ったと言ってた。つまり、他の人には隠して生活してきたということなのだろうか。確かに、保健室の先生の対応の仕方を見ていて思ったことがある。おそらく、あの人はこのことをよく知っているのだろう。女子高の生徒代表である、立花果鈴会長が実は男だということを。
だが、それなら単純にすぐ近くにある、男女共学校の『桜ヶ丘高校』を選べばいい話だった。わざわざ女装をしてまで女子高に来る必要はないはずだ。なのに、何故女子高を選んだのだろうか。
会長に色々聞きたいことはあるけれど、そういうのは聞かないでくれというオーラが会長の体をまとっていた。この話はそう単純な問題ではないのかもしれない。
「あ、夏菜子。体調戻ったの?」
教室の廊下には春花が窓に腰を掛けていた。廊下を歩く人が多いと思っていたら、すでに昼休みになっていたみたいだ。チャイムに全く気が付かなかった。
「うん。まあまあ元気になったよ。心配してくれてたの」
仮病を使ったとはとても言えないけれど、会長によって違う意味で落ち込んでしまった。しばらくはこのもやもやとした気持ちは晴れないと思う。会長にとって、私はただの後輩なのに、どうして誰にも言えないような秘密を私に打ち明けてしまったのだろう。会長を置いて、私が保健室から出てきた後もいろいろ考えてしまったけど、果鈴会長の真実は結局、本人に聞かないとわかるわけない。どうしたらいいんだろう。
「まあね。夏菜子はいつも元気なのに、急にどうしたんだろうって思ってたの」
「そうなんだ。ごめんね、変な心配させて」
私は馬鹿だから、人のことを騙すなんてできないと思っていたけれど、この感じは仮病だとバレていないみたいだ。でも、春花は頭がいい。もしかして、気付かないフリをしているのかな。だとすると、余計に怖い。
「どうしたのよ。この世の終わり、みたいな顔しちゃって」
「い、いや。別に何もないよ」
思わぬタイミングでの春花からの指摘に、私は動揺してしまった。いつの間にか、考えていることが顔に出てたみたいだ。これからは気を付けないと。
果鈴会長も、このことは私にだけ教えてくれたみたいだし。しかし、なんで私を選んだのだろう。もっと信頼度が高い副会長とかに言えばいいのに。その方が頼りがいもありそうだし。
授業が無事に終わり、放課後になった。いつもなら、このまま生徒会室に直行するのが習慣になっているけど、今日はどうしようかな。あんなことを言われた後だと、会長とどう接すればいいのかが分からなくて、挙動不審になりそうだから、行くのはやめておこうかな。そんな気はなくても、部屋の中が気まずい空気になりそう。
とは言っても、行かないとまた怒られそうだし。どうしよう。
「そんな所で止まっていると、邪魔になるよ?」
「…あ、会長」
気付くと、生徒会室のある三階まで来ていた。いつも通り、無意識にここまで来てしまっていた。右に曲がり、廊下を進めばそこには生徒会室がある。つまり、もう逃げることができないのだ。
「どうしたの。また気分が悪いの?」
「いえ、そういうわけではないです」
気分が悪いわけではなく、目の前にいる会長と目を合わせることができないだけです。今日はサボることも出来なさそうだし、とりあえず生徒会室に入ろう。
生徒会室の中にはまだ誰もいなかった。鍵が開いていたから、てっきり誰かいるものだと思っていたけれど。昨日、開けたままで帰っちゃったのかな。昨日は最後まで残らなかったから、誰が最後にこの部屋を出たのかは分からない。
そういえば、昨日にあった果鈴会長事件の後、気付いたことがあった。会長は他の女子と比べると、言葉遣いが崩れているような気がする。いや、崩れているというよりも、どこか丁寧ではないのだ。心なしか、ちょっとだけ男の子っぽい。しかし、声は私とたいして変わりないんだよね。頑張って両方の声を出せるようにしているのかな。この方は俗に言う、中性的な顔なので、かっこよくて可愛い。具体的な例でいうなら、某歌劇団の男役をもっと現実的にしたような感じ。
「なんだ。じろじろと人の顔を見て。顔に何かついてるのか?」
「いや、そういうわけじゃないです」
会長のことを考えすぎてしまって、いつの間にかじっと見てしまった。このことを考えるのは控えたほうがいい。何だか体に悪い気がする。会長が秘密にしているのに、私のせいで他の人にバレてしまったらだめだもんね。とりあえず、ここから動こう。そうしないと、また同じことの繰り返しになる。
「お茶入れましょうか?」
「そうだな。頼む」
私と会長の二人しかこの部屋にいないから油断しているのか、男口調になっていた。
桜ヶ丘女子高校の生徒会には自慢出来るところがいくつかある。その中の一つに、お茶がおいしいということがある。これが本当においしいんですよ。
種を明かすと、ここの生徒会室で使ってい茶葉は、毎日副会長の桜葉ちゃんが補充してくれている。長期の休みとかじゃなければ、基本的に無くなることはない。持ってきている茶葉は、桜葉ちゃんの親戚の人が作っているらしい。親戚がお茶農家を営んでいるとのこと。そこからおすそ分けがもらえるんだって。何ともうらやましい限りである。そもそも、お茶農家で生活が成り立っていて、みんなに分けるほど収穫できるということは、一体どれくらいの広さなんだろう。桜庭ちゃんの親戚ってお金持ちなのかな。
生徒会室はそのおかげで、毎日おいしいお茶を飲むことができるのだ。なんてすばらしいのでしょう。このわずかな深みと口の中にすっと溶け込んでいくような味を体験できるのは、多分このお茶だけだと思う。お茶のことは素人だからよくわからないけれど。
そんなことを考えながら、私はゆっくりとお茶の準備をする。
「なあ、夏菜子。もしかして、さっきのこと気にしてる?」
「え、いや。大丈夫です。気にしてないです」
突然そんなことを聞かないでくださいよ。おどおどしてしまったじゃないですか。放課後の私の行動があまりにもおかしかったのかな。保健室で聞かされたことを私が気にしていると気付かれてしまいました。生徒会室を漂う、この気まずい空気。
私は一体どうしたらいいんだろう。