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ウマシカテ・ラボラトリィ ―食いしん坊の閑人閑話―  作者: 菊華 伴(旧:白夜 風零)
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【番外】 昼下がりのロールケーキ(ため息編)

20190715:誤字訂正


「お茶入れたよー」

「ありがとう」

 鈴木君が、綺麗に切ったロールケーキと紅茶をテーブルにおいてくれた。栗の甘露煮が顔を出したロールケーキの上には、栗を練り込んだクリーム。モンブランを彷彿とさせる絞り方で、なんだか懐かしく感じる。

 鈴木君のお兄さんがモンブランを好物にしていたっけ、と考えていると鈴木君も椅子に座って、早速食べよう、とフォークを渡してくれた。

 ふわり、としたロールケーキはフォークを受け止めて沈み、僅かな手ごたえと共にクリームを切る。一緒に秋田先輩への未練も切れたらいいのに、と思いながら。

 銀のフォークがクリームを押しのけてスポンジを切り、口に運べばしっかりとした栗の甘さが、クリームのまったりとした、妙にぼやけた甘さを抜けて舌に刺さっていく。

 僅かに顔のこわばりが解けたのを感じながら飲み込むと、幸せそうな顔でロールケーキを食べる鈴木君の笑顔が目に入った。ゆっくりと、口角が上がる。目が、やんわりと細くなって糸のようになる。僅かに顔が右に傾いて、どこか照れたように頬がそっと赤く染まる。本当に幸せなのだ、と私に伝える眼差しが、ちょっと擽ったい。

「おいしいね。栗の甘露煮、うまく作れなくてさ、こんな風にくどくない甘さにするにはどうしたらいいんだろね」

「今日行ったお店はオーナーが色々とレシピをホームページで公開しているから、覗いてみたら? あるかもしれないわよ」

 自然と優しい声で答えていた。鈴木君は「そうするよぉ」と幸せの余韻に浸った、蕩けた声で答えた。


 ――幸田さん、ありがとね。


 その声で、一気に記憶が高校時代に飛ぶ。

 鈴木君が、バレンタインに、私が作ったチョコレートを食べてくれたときの事を。

 今と同じ笑顔で、おいしくないだろう手作りチョコレートを食べてくれたときの事を。


「んー、どうしたの?」

 夢見心地の声で問いかける鈴木君が、問いかける。

「ううん、なんでもないわ。それよりも……ほら、ここ」

 ふんわりとした笑顔の口元に、クリームがついている。夢中で何かを食べていると、大人になってもやっぱりこういう風になるわよね。

 ついている、と教えると鈴木君は「恥ずかしいトコみせちゃったなぁ」って苦笑しながらティッシュで口元を拭っていた。こういう無防備なところを見るとちょっと心配になるけれど、かわいいと思う所でもある。よく考えれば、彼は高校時代もこんな感じだったのよね。

「そういえばさ。高校のころも教えてくれたよね」

「君が食事に夢中になりすぎるのが悪いと思うんだけど。後輩に示しがつかないし、それ以前に身だしなみには気をつけて欲しかったから」

 思い出したのか、懐かしそうにいう鈴木君に思わず突っ込む。あの時の彼は本当に子供っぽくて……。特に食事中やおやつの時はこぼすことはなかったけど口元にちょっとついていることが多くて注意していたのよね。

 でも、鈴木君は本当に美味しそうに食べるから、彼が何か食べていると皆もお腹がすいてくる。だから、練習の時の昼食は彼をが中心になっていたかなぁ。

 懐かしい気持ちに浸りながらロールケーキを食べていたら、その甘さがなんとなく心を穏やかにしてくれている気がした。しっとりでふんわりとした食感は、心のささくれを元に戻してくれて、なんだか元気が沸いてくる。

「また今度、買ってくるわね。もうちょっとしたら柿を使ったロールケーキを出すって言っていたし。鈴木君、柿は好き?」

「うん、大好きだよ~」

 そんな話をしながら、私達はまた食べよう、と約束した。

 その日は、それでおしまいだろうと思っていたのだけれども……、お暇しようとした時、鈴木君に呼び止められた。

「え? 何?」

「実はさぁ、見たかった映画があるんだよね。ちょっと付き合ってくれないかな? 女性のお客さんが多そうだし、ちょっと行き辛いんだよね……」

 そう言って私に見せたのは、ラブコメディ映画のチラシだった。そういえば、鈴木君が会社の友達から進められたって前に言っていたっけ。

「それに、この映画もうすぐ終わりなんだ。夕食は奢るからさ、時間があるなら……一緒にどう?」

 下心なんて見えなくて。それでいて、一生懸命で。そんな彼に思わず笑ってしまいながら私は頷いた。どうせ、予定は無いんだもの。

 私は鈴木君と一緒に映画に行き、ポップコーンを食べながらラブコメ映画をたんのうした。思わず胸がキュンとなって泣いた時はハンカチを借りたり、うっかり寝た鈴木君をたたき起こしたり、思いのほか長くて映画館を出たとき、レストランはどこも人で一杯だったり、と色々あったけど楽しかった。

 鈴木君と一緒に過ごしたお陰で、ううん、あのロールケーキを一緒に食べたお陰で、ちょっとは元気になれたかな、と思う私だった。


「幸田君、先日は大変だったね」

 休み明けに、高田さんが私に声をかけてきた。この方は色々あって私が失恋したことを知っている。そして、励ましてくれた方でもある。

「まぁ、助けた方は大丈夫でしたし。それに、あのあと『パティスリー・アオバ』のロールケーキも入手しちゃいました」

「いいことをしたから、運が向いたんじゃないか?」

 高田さんは笑いながらコーヒーを差し出し、程よく肩の力が抜けた私に「調子よさそうだね。今日もよろしく」と言って席に着いた。


 うん。今日も仕事を頑張ろう。

 そして、また『パティスリー・アオバ』のロールケーキを、鈴木君と食べよう。






ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


『ウマシカテ』本編はあとちょっと続きます。

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