モンブランとツイてない日
(ったく……、連絡が遅いって)
僕はその日、妙に苛々していた。寝坊するわ、会社からの連絡が遅れるわ、おまけに顧客側の都合で仕事が急に無くなってしまうわ……。散々だった。
「あーあ。こんな日はちょっとケーキでも……」
そう言って行き着けのケーキ屋へ行こうとした時だった。ぽつぽつと雨が降り始めたのは。あれ? 天気予報では夜からじゃなかったっけ?
「今日はホント、ツイてないなー」
思わず呟きながら鞄の中を漁るけど折りたたみ傘はない。だけど、おあつらえ向きに傘を売っているお店があった。普段、折りたたみ傘を持ち歩いているから、傘をあまり使わないんだけど、奮発して買ってしまおう。そうしよう。
お店に入って適当に……ぱっと見刀っぽい印象になってる傘を購入。うん、なかなかいい感じ。今度こそケーキ屋に……と思っていたら、幸田さんがいた。だけど、なんだか声がかけ辛かった。というのも、彼女の耳には見覚えのあるお洒落なパールのイヤリングが光ってて……。その送り主の事を思い出してしまった。
(それ、秋田先輩から送られたって奴じゃなかったっけ?)
秋田先輩は、長年幸田さんとお付き合いしてて……同時に別の女性ともお付き合いしていた。で、幸田さんを捨ててそっちにいっちゃったんだよな。見る目無いな、先輩。
それはそうとして、僕の胸の中はざわめいていた。いや、その……。幸田さん、やっぱり秋田先輩に未練があるのかなって、思ってしまったんだ。
「やあ」
「鈴木、くん?」
僕はそれでも努めて笑顔で声をかけたけど、幸田さんが僅かに困惑していた。眼差しは僕の目を見ているけど、本当に「何で?」って顔だった。
「それ、秋田先輩からのだったよね……」
僕の問いかけに、幸田さんは答えない。なんでだろう、物凄く胸の中のざわめきが大きくなっていく。ちがう、ちがう、と内心で首を振っても、そのざわめきが消えない。
「鈴木くん、何を怒ってるの?」
幸田さんに声をかけられて、我に帰る。僕の顔、そんな怖い顔をしていたのかな?
「いや、僕は至ってフツウだよ」
「え? なんかちょっと変よ?」
幸田さんは困惑したように僕を見る。僕は胸の中のざわめきが大きくなるのを感じて、それを否定したい気持ちと、何故そんなざわめきが聞こえるのか理解している自分を隠そうと、笑う。
「正直に言って。なにか、私……悪い事、した?」
「いや、幸田さんが悪いわけじゃないよ」
困惑し続ける幸田さんに、僕はどうにか笑顔で言う。だけど次の言葉を放ったとき、幸田さんの顔がぽかん、としてしまった。
「なんか、秋田さんからのプレゼントをつけてた姿みたら、彼に妬けたっぽい」
雨音が、聞こえなかった。
何言ってるんだろ、僕?!
なんでか、自然とそんな言葉が出てしまった。
「す、鈴木くん?」
「ごめん、幸田さん。僕、やっぱなんか変だ。……疲れてるのかもな」
僕は謝って、足早にその場を去った。絶対、幸田さんに嫌われた……。何、恋人でもないのにそんな事言ってるんだろ? いや、恋人でもそんなこと言わないよ!
「ホント、何やってるんだろ、僕は……」
ざわめく胸の中をそのままに、僕は足早にケーキ屋に行く。そして、モンブランを買うと急いで家に帰った。
紅茶を淹れて、モンブランを口にする。濃厚な甘さが僕の疲れを押し流す。だけども、先ほどのことは抜けなかった。驚いたような幸田さんの顔と、耳で輝くパールのイヤリングが脳裏にこびりついて取れない。
(どうしよう……。どんな顔で幸田さんに会えばいいんだろ)
僕が深いため息を吐くと、甘い、甘い栗の香りが鼻腔を抜けた。栗特有の、どこか懐かしくも強い甘味がした一杯に広がっていて、濃厚なクリームが喉をするりと滑っていく。本当なら嫌な事も流れていく筈なのに、その日はうまく行かない。クリームが喉を滑るように、脳裏に移った出来事が流れていかない。
僕は紅茶を飲みながら雨降る街を見る。すっごく気が重いけど……幸田さんに、謝らなければいけないな。でも、正直怖いんだよ……。
そんな事を考えていたら、幸田さんからメールがきた。その内容はあたりさわりのない物で、それを見たとたん、僕の心は寂しい気持ちと安堵する気持ちに支配された。
(メール、返事しないと)
幸田さんは「グチなら聞くよ」ってメールでくれたけど、今はそんな気持ちじゃない。なるだけ傷つけないよう、メールの返事をしよう。
――幸田さん、先ほどはごめんなさい。
僕は、疲れていたみたいです。
今日はお風呂に入ってもう寝ます。体調も崩したかも。
おやすみなさい。
P.S
僕は、貴方の事が
そこまでメールを打って、手を止める。
こんな形で告白はないだろう。
(消すか)
そう思って操作しようとしたら、ピンポーン、とチャイム音。誰だろう、と思いながらインターフォンに出たとき、携帯を強く握ってしまい、キーに触れた。
「しまった?!」
そして、その書きかけのメールは、幸田さんに送られてしまった……。
翌日、幸田さんからの返事は、なかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




