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ウマシカテ・ラボラトリィ ―食いしん坊の閑人閑話―  作者: 菊華 伴(旧:白夜 風零)
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【番外】本音とわたがし

※幸田さん視点の話です。


 鈴木くんは、正直に言うと、『いい人』である。

 私のようなちょっと捻くれた人間が、ちょっとだけ素直になれる人。

 側に居るだけでほっとする、不思議な人。


 鈴木くんとは高校3年間偶然にも同じクラスだった。中肉中背……というには若干背が低く、顔立ちはちょっと幼い感じがある。でも、ご飯を食べる時の顔はすっごく楽しそうで、みていて楽しくなる人だった。

 私がよく話すようになったのは、部活動が一緒で、しかも低音パートだったからだ。彼はコントラバスで、私はユーフォニウム。よく共に練習し、そこから仲良くなっていた。そうそう、2人とも同じ曲が好きって共通点もあったかな。


「鈴木くんは、何故ここの高校にしたの?」

 ある日、なんとなく鈴木くんに聞いた。そしたら彼は少しだけ考えて

「家から通いやすくて、学食が美味しいって噂だったから」

 と言った。

 ……ここの学校、県でも指折りの進学校のはず、だよね……?

「ウソでしょ?」

 って思って聞きなおすと鈴木くんは苦手だという数学の問題を解きながら

「近所の高校は、退屈そうだったからもある」

 と付け加えるように言った。鈴木くん曰く、近所の高校は顔なじみばかりだろうし、特色もないから面白みにかけるのだという。

 鈴木くんは、他の人とはちょっと変わっているかもしれない、とその時思った。


 私が居た高校は、部活動にも力を入れていた。けれども、定期テストで赤点を取ると追試を合格するまで部活動に出られなかったし、赤点を3回連続で取ると部活動をやめなければならないというルールも存在した。鈴木くんは数学だけがいつも赤点ぎりぎりで、時に赤点を取ったがために部活動を休まなくてはならないこともあった。

 そんなとき、鈴木くんはすっごくめんどくさそうに休み時間をつぶして勉強していた。その顔がまるで苦手な物を無理やり食べている子どものような顔で、思わずくすり、とわらったっけ。

 美味しいものを食べているときの顔がとても幸せそうで、ほんわかしていて、人当たりがいい。それが鈴木くんだった。滅多に怒らないし、どことなく憎めなくて。それでいて、一緒に居ると安心できる。不思議な人。


 けれども、私と鈴木くんは友達のままだった。私は、同じ部活の先輩を好きになり、やがてお付き合いをはじめた。鈴木くんは、恋愛に興味を持っていないような感じに見えていたし、たまに、気になる女の子とかいたみたいだけど、彼の浮いた話などは聞いていなかった。

 そんな鈴木くんに彼女が出来た、と聞いたときは青天の霹靂だった。部活の皆が思わず楽器を落としそうになるほど、である。友達に恋人が出来た。それだけの事なのに、私はしばらくの間空いた口がふさがらなかったっけ。


「ふられた」

 高校3年になったある夏の日、鈴木くんが項垂れてそう言った。丁度夏休み前だったように思う。半年前に同級生の女の子と付き合い始めたのを知っていたけれど、相手の女の子から「鈴木君が悪いわけじゃないけど、他に好きな人が出来たから」と……。意気消沈した鈴木くんの姿は、ちょっと見ていられなかった。

 ちょっと覇気がなかった鈴木くんは、がくんと成績が下がっていた。ぎりっぎり赤点を免れているあたりは凄いけれど、それでも食欲が無く、夏休みのとある練習の日に、倒れたのを覚えている。

 保健室に連れて行った後、様子を見ていたら鈴木くんが目を覚ました。ちゃんと食べているの? と聞いたら首を振ったから、私は思わず怒ってしまった。

「鈴木くん、どんなに辛くてもしっかり食べないと何もはじまらないわよ。あなたをふった子を悔しがらせて見なさいよ」

「……どうやってさ。僕は食べることが好きなだけだし、とりえなんてないよ?」

 鈴木くんはすっかり自分に自信がもてなくなっていた。付き合っていた子に「食べるときの笑顔がいいね」って言われていたのに、他に好きな人が出来たら「とくに面白みも無い」と言われたのが相当ショックだった、と後から友人を経由して教えてもらったが、当時の私はそれも知らなくて、一言言ってしまった。

「だったら、私が、見張る。貴方に今倒れられたら私は、嫌なの」

 そう言って、駄菓子屋で買ったわたがしの袋をあけて口に押し込んだ。今思えば何をしているんだろう、私。でも、何か口にして欲しくて、やったのよね。

 鈴木くんは、とても面食らっていた。まぁ、吹奏楽部としては最期のコンクール前だったし。当時唯一のコントラバスだった鈴木くんにはしっかりしてほしかったのだ。それに、げっそりした鈴木くんなんて見るのが辛かったから。

 鈴木くんはその言葉で何かを悟り、ちゃんと食べるようになった。そして練習にも力を入れてくれた。お陰で、高校最期のコンクールを金賞……しかも、全国大会で……を得る事が出来たのだ、と思いたい。勿論皆で頑張ったお陰なんだけども。でも、あれから鈴木くんは、本当に頑張って練習に打ち込み、笑顔でちゃんと食事を取るようになった。


 大学は別々になったけど、市民オーケストラで再会した。お互いいろいろあったけど、今こうして、私たちはつるんでいる。今度は私がフラれて辛い思いをしたけれど、鈴木くんは付き合ってくれたし、そうやって話していて、最近少しだけ思ったことがある。


 私は、ちょっとだけ鈴木くんのほんわかしたやさしさに惹かれているかもしれない。

 そして、鈴木くんはそれに気付いていないだろうって。


 駄菓子屋で買ったわたがしを食べながら、考える。

 久しぶりに食べて、思い出してしまった出来事に少し恥ずかしい気持ちになりながら、舌の上で解ける甘さに目を細める。この何気ない、ほんのりとした甘さのようなあの人が、ずっと側に居てくれたら、ステキかもしれない、と。


読んでいただき、ありがとうございます。

秋田先輩にふられた幸田さんは、年末になってこんな事を思っておりました。

知らぬは鈴木ばかりなり……なのか?

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