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ウマシカテ・ラボラトリィ ―食いしん坊の閑人閑話―  作者: 菊華 伴(旧:白夜 風零)
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豚玉日和

漸く登場、三城さん。

「何しけた面してんだよ。ほら、飯でも食うぞ」

 と街角であった三城さんに言われ、近所のお好み焼き屋に連れて行かれたのは、30日の夕方だった。元々三城さんは友達が経営しているこの店に食べに来たとのこと。そういえばこの人も何気に交友が広いんだよな。未だに別れた奥さんのお兄さんとも仲がよく、たまに飲んでいると噂で聞く。


「おまえ、時々妙に落ち込むよな。何でも食えよ。奢ってやるからさ」

「あ、ありがとうございます……」

 三城さんががさつに笑って肩を叩く。その強さに思わず呻きそうになったけど堪えて礼を言えば頭をくしゃくしゃに撫でられた。

 本当は部長とか呼べばいいんだろうけど、この人はそれを嫌い「会社の外では『三城さん』って呼べよ?」と言っている。仕事のオン・オフの切り替えがうまい人という印象が僕にはあった。


 僕は気に入っている豚玉を注文した。生地のなかにキャベツとか、天かすとか入れて焼く関西風だ。広島風も好きだけど、気分的にこっちが食べたい。三城さんは広島焼きの方がすきらしく、薄く延ばした生地の上にキャベツや豚肉を乗せて焼いている。こっちも美味しそうだな。

 混ぜた物を鉄板に乗せ、のんびり焼きあがるのを待つのは、なんかすっごくわくわくする。なんかこう、かくれんぼしているときのように「もういいかい?」「まーだだよ」というのを食べ物とやっているような気分になる。

「鈴木、おまえってホントに、飯を前にすると楽しそうだな」

「そう、ですか?」

「あぁ。真面目に飯を楽しんでるって感じがする」

 三城さんは真面目な顔でそういい、次にはにっこり笑って言葉を続ける。その笑顔はちょっと父親っぽくて妙に照れてしまう。

「『いただきます』『ごちそうさま』だってちゃんと言うし、不味い飯屋でもきちんと食べてしまうし、何より、飯のときはたいてい笑顔だしな。たとえ仕事でミスって怒鳴られた後でもさ」

「そ、それは……」

 少し恥ずかしくなって顔が火照るのを感じていると、お好み焼きがいい感じに焼けてきた。生地に穴が見える。どうにかひっくり返していると三城さんも広島焼きを上手に作っていた。僕が言葉を出せずにもごもごしていると、三城さんが笑う。

「お前の食べっぷりとか、食べ物に対する姿勢ってさ。見ていて清々しいんだ。ホント、こうでなきゃいけないって感じを憶えさせる。おまえ、その姿勢は今のままでいろよ?」

 そう言われ、僕は嬉しくなって、でも妙に照れくさくて。小さな声でしか「はい」と言えなかった。そしたら「もっと腹から声を出せ」と短く叱られる。

「あぁ、お前、好きな人いるんだってな」

「……真田さんからですか?」

「いーや、野上」

 僕は思わず「はいぃ?!」と変な声を出してしまった。三城さんの直属の部下である野上さんですか……。はいはい。三城さん曰く、僕が恋をしている事を野上さんから聞いたそうで。まさか、お相手の事も話していないだろうか……。

 三城さんはしばし考えて、静かに言った。

「焦るなよ」

「え?」

「ライバル、いるみたいじゃねぇか。だからって焦ると、逃げちまうぞ」

 その言葉に、僕は少し嫌な予感を覚える。幸田さんが湯元さんの告白をけったとはいえ、相手はまだまだアプローチを続けているそうだし、油断できないけど。

「お好み焼きだって、ひっくり返すのを間違うと中身が焼けていないだろ? だからって待ちすぎると焦げるだろ? なんでもタイミングなんだよ、タイミング」

 そう言いながら三城さんは出来上がった広島焼きを美味しそうに食べた。僕は少し焦げた豚玉にソースとマヨネーズをつけて食べながら、「なるほど」と思っていた。


「俺な、別れた女房とより戻したんだ」

 不意に、三城さんがそう言った。

「えっ?」

「俺が浮気したことが原因で別れたんだけどよ。あいつさ、離婚届、出してなかったんだよな」

 びっくりした、という三城さんのいきなりのカミングアウトに僕は正直びっくりしていた。

「……しばらく頭冷やして考えてたらさ。俺のほうがバカだっただよな。女房あいつに焼き餅焼かせようとしてたら浮気相手にのめりこんで。ま、もう浮気相手とは縁、切ったけどよ」

 三城さん、それ、今言うことですか? と思いながら僕は妙な気分になっていた。


 正月。

 三城さんから来た年賀状には奥さんとお子さんが一緒に写っていた。正月休みはハワイで過ごすらしい。幸せそうな一家に、僕は少しだけほっ、とした。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

因みに噂のロシア人女性は義理の妹さんなのだそうです。

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