せんりつナポリタン
何故「せんりつ」なのかは……お察しください。
あと、コスプレの元ネタとかわかる人いるかしら……。
12月後半のとある土曜日。
今日は、所属している市民オーケストラの演奏会である。
(緊張するんだよねぇ……)
大学の頃から所属しているとはいえ、やっぱり緊張するものはする。僕はため息混じりに水を飲みながら楽譜を見ていた。
もう少しで演奏会は始まる。そんなに長い時間ではないけれども、頑張ればきっといいことがあるに違いない。そう思いながら弓の動きとか、ピチカートでの部分の確認とかしていると、幸田さんがにこやかに笑ってやってきた。
今回は定期演奏会という事もありちょっと気を引き締めての黒いタキシード。女性陣は黒いワンピースである。幸田さんは露出する服をあまり好まないのでハイネックっぽいワンピースを着ている。その姿がすごくかっこよくて、思わず見とれていると、鹿島さんに小突かれた。こっちはふだんの尻尾髪ではなく、髪をすっきりとオールバックに纏めている。
「何ぼ~っとしとんのや、スーさん。そろそろやで? ははーん、幸田さん綺麗やからなぁ、見とれとったんか?」
「鹿島さん……」
「パートリーダー、からかわないでくださいよ。私は美人じゃないですし」
「いや、それはおかしい」
横から口を出したのは、ファゴットの中島ママ。彼女はくすくす笑いながら傍らの旦那さんと共にわかってないと首を振る。
「ともかく、そろそろ行かないと」
逢坂さん(髪の毛を染め直して黒にしている)が突っ込みをいれ、僕らもまた楽譜を手に楽屋を後にした。
* * * * *
演奏会は2部構成で、1部はクラシック系、2部はポップスなどなじみの深い曲を選んでいる。それに、2部ではちょっとしたネタも挟んでいるのだ。
今年流行したアニメの曲のメドレーを弾くときは、全員でコスプレというネタに走った。僕は、とあるロボット系アニメの主人公のコスプレをさせられたけど、完成した姿を見て一言「身長があとちょっと低かったら『本人降臨』って言ってた」とアニメ好きな人に言われて戸惑った。
幸田さんは幸田さんで別のアニメのヒロインが来ていた制服を着せられて赤くなっていたし、中島くんにいたっては深夜にやってた妖怪アニメの主人公のコスプレをさせられ「……え? これでファゴットぶんまわせって事?」とジト目をしていた。同じアニメに登場する妖怪のきぐるみパジャマ(作:奥様)を纏った中島パパは「楽器ぶんまわしちゃ駄目。箒ぶんまわさないと」とか言っていた。ごめん、それもちょいとまって。
ともかくアニメのコスプレはうけた。僕はぶかぶかジャケットを脱いでコントラバスを演奏したけど、この後友人達にもみくちゃにされるとは思わなかった。
* * * * *
演奏会が無事終り、僕は家から持ってきていたお弁当を食べていた。といっても、中身はナポリタンスパゲッティーである。夕飯の残りなんだよ……。ピーマンとベーコンとタマネギとエリンギを茹でたパスタとともに炒めて、ケチャップと塩コショウで味付け。じつに簡単でいいよね。ナスをいれても美味しいけど。
まぁ、冷めても電子レンジでチンできればいいけど、流石にないので我慢。ともかくお腹がすいて仕方が無かった。タキシードでは食べづらいけど私服に着替えていたし。
無言でかっこんでいたら、幸田さんが呼ばれた。この時間、着替えも終り楽屋には何人もの人が来ていた。少し長めに借りていて正解だなーとか考えてケチャップの味とか楽しんでいたら、ちらり、と見覚えのあるイケメンが見えた。真っ赤なバラの花束を持った湯元さんだ。なんだろ、めっちゃ似合う。
「幸田さん、よろしいですか?」
「あ、はい……」
幸田さんが少し困惑したような様子だった。僕が「どした?」と聞くけど、湯元さんがにっこりわらってこういった。
「鈴木さんは、いいですよ」
何がどういいの。あ、来るなって事? ここは空気をよんだら駄目だ、と思った。けど、幸田さんは大丈夫、という顔を僕に見せ、湯元さんに導かれるまま楽屋を後にした。
何故か喧騒がとまり、僕を見る低音パートメンバー。まるで「いいの? いいの?」と聞いているようだ。僕は色々苦々しいものを覚えつつも黙って楽屋を出た。丁度何か飲み物を買いに行こうと思っていたし……、と内心で言い訳しながら。
で、今現在。僕は呆然としている。
「私は、夏の演奏会のときに貴女を見かけてから……ずっと幸田さんを慕っているのです」
「えっ……?」
楽屋から少し離れた場所で、湯元さんが赤い花束を手に幸田さんにガチ告白していた。僕は思わず息を飲む。湯元さんは僕が幸田さんのことを想っている事に気付いていたんだろう。だから、無言の「くるな」というメッセージを送っていた。
「あなたを愛しています。……私に、チャンスをいただけませんか?」
僕は不覚にも、何もいえなかった。
ちょっとまった、ぐらいいえてもいいんじゃないのか、自分!
「……あぁ、鈴木さん。見られてしまいましたか」
僕の姿を見、わざとらしくそういう湯元さんに、僕は表情を引き締める。
「見ていたら、悪いのかい?」
僕が一歩踏み出したとき、幸田さんが手を伸ばして「大丈夫」ともう一回言った。
え? 何が?
僕が不思議そうな顔をしていると、幸田さんは笑顔で言った。
「大変申し訳ありませんが、お断りします」
その堂々とした姿に、何故だろう、僕は思わず胸がときめいていた。
でも、男としてはどうなんだろ、自分……。正直、穴があったら入りたい。
鈴木ェ……。
やっぱヘタレだよね? ですよね?
ともかく読んでくださりありがとうございます。




