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ウマシカテ・ラボラトリィ ―食いしん坊の閑人閑話―  作者: 菊華 伴(旧:白夜 風零)
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味噌汁ってなんかほっとするんだけど……

 妙に寒くなってきた10月の終り。もうすぐハロウィンだなぁ、とか考えながら僕は仕事を終わらせていた。今日は自宅勤務だったのでほぼ一日中家の中だった。……座って仕事するのも疲れるよね。

「そろそろ夕ご飯の時間かなぁ」

 そう思っていると、急に電話が鳴る。相手は幸田さんだった。珍しいな、彼女は普段おそくまで仕事をする事が多いんだけど……。

「はい、鈴木です」

「鈴木君、悪いんだけどさ……今夜、夕食を食べさせてもらえないかな」

「また、食費削りすぎた?」

 僕が心配になって言うと、幸田さんは「違うよ」と苦笑交じりにそういった。ん? どうしたんだろ。珍しい……。

「実はね、恋人のフリして欲しいんだ」

 幸田さんは恥ずかしそうにそう言った。

 なんでも、苦手な上司にサシで飲みに誘われたらしい。だけど幸田さん、咄嗟に「恋人と食事の約束をしているんです」と言ったそうな。

「その上司さぁ、近所のマンションに住んでるのよ。だからウソってばれたらやだなって」

「あー……」

 僕はなんとなく判ったような気がした。その上司の人、幸田さん狙ってないか? いや、下種の勘ぐりかもしれないけどさ。いやな予感がしてしまう。

「その上司、女性? 男性?」

「男性。ちょっと脂ぎったおっさん。私が苦手なタイプ」

「OK、把握」

 僕は、幸田さんの仕事が終わる時間を聞き、迎えに行く事にした。なんだろ、妙に胸騒ぎするんだよね。


 幸田さんが仕事を終えるまで時間があるので、素早く買い物を済ませて調理をする。今日は、幸田さんが好物にしているサバの味醂干しを買ってきた。後で焼こう。ご飯を炊いて、副菜に卵豆腐と小松菜の白和えをつくって、味噌汁も作る。

 お味噌汁って、あるとすっごく安心する。これを夕ご飯のときに口にすると一日の疲れがちょっととれる気がするんだよね。たとえば何か不安な事があっても。具だって選択肢は広い。豆腐とあげの組み合わせとか、ダイコン、ワカメ、ナス、シジミ、アサリ……。何種類か組み合わせるとより美味しいよね。あ、僕はカボチャの味噌汁も好きなんだよね~。麩も捨てがたい。

 ネギをちらすと風味もよくなるし、ごはんと組み合わせるともう最高。ご飯に掛けて食べても美味しいんだよね。ちょっとお行儀悪いかな? たまに、残ったお味噌汁の鍋に冷や飯を入れて暖めて、雑炊風にするのもけっこういける。

 このお味噌汁を心を込めて作るって、大切な事なんじゃないかな、とたまに思う。これ1つでちょっとほっ、としてもらえるならば、ってね。


 今回はダイコンとモヤシ、あげの組み合わせ。けっこうしゃきしゃきしておいしいよ? モヤシは安くて使いやすくていいよね。

 まずダイコンをいちょう切りか短冊切りにする。今日は小さめなのでイチョウで。薄めに切って、水をいれた鍋に投入し、火をつける。そのあともやしとあげも入れる。沸いたら顆粒だしを入れて、火を止め、味噌を解く。網に載せて解くんだけど、僕は小さな木製スプーンを使っているよ。

 この味噌。基本はあわせ味噌を買ってくる。じいちゃんが生きていたときは白と赤、両方の味噌を買ってきて白から赤って順で解いて入れていた。あの味噌汁、本当に美味しかったなあ。

(幸田さん、喜んでくれるかな)

 喜んでくれたら、僕はうれしくなるだろうな。そんな事を思いながら手際よく作業を終わらせた。


 幸田さんから連絡を受け、会社へ迎えに行く。と、最初に出会ったのは大柄な男性だった。その人はすれ違いざまに僕をじろり、と見て一礼して立ち去った。……なんだったんだろ。妙に威圧感のある人だったな……。

「おまたせ。遅くなってゴメン」

 幸田さんの声で我に帰り、首を振る。そして、男性の話をすると彼女は表情を曇らせた。

「その人よ。今日食事に誘ってきたのは」

「直属の上司?」

 僕が問うと、幸田さんは首を振る。

「あの人は、人事部の部長さん。……なんで私が食事に誘われたのかはわからないけど」

 仕事で接点が無いのにね、と幸田さんは肩を竦める。僕は妙に嫌な予感がしながらも幸田さんとその場を後にした。

 会社の近くに車を止めていたので、早速乗り込む。父親から借りた車だが、けっこう気に入っている。案外広いからねぇ。

「あのね、鈴木君」

 信号で止まったとき、助手席に座った幸田さんが僕にふと、声を掛ける。

「んー?」

「……セクハラって、どこから言うのかな」

 いきなりそう言われ、僕は「え?」と思わず声に出してしまった。

「何があったのさ」

「あの上司から『君も、いい歳なんだから結婚してここやめたら』って言われたのよね……。おまけに『君、美人だけど気が強いからなぁ。私はかまわないけど』とか言ってきてね。その流れで食事に誘われたわけ」

 僕はその時、なんだか無性に腹が立った。あの嫌な予感って、これの事だったのかな。言ってる事が妙に腹立たしい。

「それ、セクハラだよ、絶対。君が不快に思ったならセクハラだ。誰か、相談したの?」

「直属の上司に相談したら……笑顔だけど低い声で『あん野郎ふざけた事しやがって』とかこっそり呟いてたな……。とりあえずまた何かあったら教えてって言われた」

 幸田さんの上司さん、かなり怒ってる……。

「直属の上司は話しやすい人でよかった。普段は厳しいけど、部下思いで優しい人よ」

「よかった……」

 そういいつつも、僕は妙にいらいらしてしまった。幸田さんは気付いていなかったみたいだけど、僕はその声をかけてきた上司って人に対して、怒りがわいたんだと思う。

 さっさと家に帰って幸田さんとご飯にしよう。お味噌汁を飲めば少しは……気が紛れるかな。


 そう思って幸田さんとご飯を食べたけど、何故だろう。あの男の人の事を思い出すと、妙に苛立ちが残った。……なんか、また何かしそうな気がして、嫌な予感が続いていた。



ここまで読んでくださりありがとうございました。

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