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ウマシカテ・ラボラトリィ ―食いしん坊の閑人閑話―  作者: 菊華 伴(旧:白夜 風零)
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季節外れの甘酒

今回は、ちょっとしっとりめ。


 その日は、雨が降っていた。

 妙に冷えるとおもって、コンビニであったかい甘酒の缶を買って、仕事帰りにスーツのポケットに入れた。


 しばらくして、小さな神社の前を通った。

 僕は、なんとなく、そこで立ち止まる。

 ここには、少し思い出があるのだ。


 僕が中学生の頃、両親はまだマンションの管理人をしていなかった。

 親戚の都合で留守番と言う形ではあるが、木造建築平屋建てに暮らしていて、お風呂が広かったのを覚えている。親戚一家は仕事の都合でアフリカに6年間行かなくてはならなかった。その間という約束で僕ら一家はそこにいたのだけれども、結局僕が高3の頃に老朽化が原因で壊す事になってしまったのが残念だ。


 それはさておき。

 その頃、近所のケーキ屋さんに、すっごく綺麗なお姉さんがいた。僕はそのお姉さんに恋をしていたけど、見事玉砕していた。

 ちょうど受験直前に「旭くん、私結婚するの!」って笑顔で言われたときのショックっていったら……。うん、すっごく暗い気持ちで志望校受けて、ぎりっぎりで合格したっけなー。


 それから数年たって、僕が大学1年の頃。

 その日は僕の誕生日で、初夏なのに雨が降っていた。妙に冷えて風邪引きそうだな~って思いながらケーキ屋に行くと、お姉さんは大きなお腹で店に立っていた。

 なんでももうすぐ出産だそうで、僕は「無事に生まれて欲しいですね」なんていいながら隣のご主人さんをちょっとうらやましく思っていた。

 だが、その時。

 偶然だろうけど、お姉さんがお腹を押さえてしゃがみ込んだんだ。どうしたのか解らなかったけど、嫌な予感がしたから「直ぐに病院に行きましょう」って言って、近所の叔父さんに車を借りた。

 丁度ご主人さんは風邪引いて薬飲んでて、おまけに店の車は配達で出ていたし、僕が運転して二人を病院まで送った。


 その後、お姉さんは直ぐ看護士さんにつられて病院の中へ。僕はとりあえずご主人さんと待合室にいたが……なんか不穏な様子だった。

 話はあまり聞こえなかったが、お姉さんが大変な事になっている、というのは雰囲気で解った。

 赤ちゃんが危ない状態だ、とか聞こえたときは背中に冷たいものが流れた気がした。


 この病院の近くには、お稲荷さんがある。

 近隣の人は子守り稲荷って呼んでいる。そして、よく妊婦さんがお参りしていたっけ。

 僕はご主人に出かける旨を伝えて、そこに走っていった。お願いは1つ。お姉さんと赤ちゃんを助けて欲しい、それだけだ。

 雨は、僕がケーキ屋に行ったときより激しく降っていた。小さな鳥居の奥の、小さな祠では、誰かがお参りした後なのか、ろうそくがついていた。僕は、ちょうど惣菜屋で買ったいなり寿司をもっていたので、お供えして、手を合わせた。


 それから、どれだけ経っただろうか。

 僕が気がついたとき、雨がやんでいた。お姉さんと赤ちゃんが気になった病院に走ったら、ご主人さんが笑顔で僕を出迎えた。


 ――無事に生まれたよ。女の子の双子だよ!


 なんでも、双子の赤ちゃんはへその緒に絡んでいたらしく、その為お産が長引いたりしたそうな。体重はちょっと軽めだけど赤ちゃん達は元気一杯に泣いていた。

 新生児室であくびをする赤ちゃん達をみていたら急に寒くなって、くしゃみをした。そしたら、ご主人さんが暖かい甘酒の缶を僕の手に持たせて「ありがとう」と頭を下げた。僕はなんだか照れくさくなって、何もいえなくなった。


 雨の日に甘酒を飲むと、その時の事を思い出す。

 あの時の双子ちゃんはもう幼稚園に通っている。お姉さんもりっぱなママになっていて、2年前にもう1人、女の子を産んだ。今は、ご主人さんがケーキ屋さんを継いでいて、前より稼いでいるらしい。

 顔を上げると、レインコートを着た2人の女の子と一緒に、髪を長く伸ばした女性が歩いている。ちらりと見えた横顔で、あのお姉さんだとわかった。

 だけど僕は、幸せそうな姿に照れてしまって、何も言わず見送った。


 1人で飲んだ甘酒は、どこかしょっぱい味がした。


読んでくださり、有難うございました。

次は多分、いつものぐだぐだしたものに戻ると思います。

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