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林檎

作者: 飛路途

俺が来た時、彼女は窓の方を向いていた。

「よお」

「あ、今日も来てくれたんだね。こんにちは」

彼女は僕の方を向くと、柔らかに微笑む。

病院の先生から聞いた話、彼女は生まれつき身体が不自由で、元々足が弱く、生まれつきというわけではないが今はベッドの上にしか世界がないらしい。それより外はまるっきりの未知のようだ。たとえベッドから1mも離れていない場所に、彼女の識っているものは何一つない。当時のものがいくつ残ってるのか。という意味でではあるが。

「林檎、食べるか?」

「剥いてくれるの?」

初めてここに来た時。本当に気まぐれに立ち寄った時のこと。果物籠の上に飾られた林檎があったのを覚えている。いつのものかわからないそれは明らかに腐っていた。俺はそれを見た時に、識らないという事が、知られないということが、なんというかどう顔に出せばいいのかわからないような状態に陥った。そんな事があったから、本当にどうでもいいようなことかもしれないけれど林檎をむいたり、花を買ってきたり、おおよそお見舞いに来た時によくやるような、外では、テレビの中ではさも当然なことをお節介してるというわけだ。

「今日は前より少し柔らかい林檎だから食べれるも思うが」

「いつもありがとうね、忙しいでしょう?」

「そんなことない、本当に空いた時間にフラフラと足が向くだけなんだ」

ふふ、と彼女はやはり少しだけ謝罪を混ぜて微笑む。本当はもっと病院の中で働かなければならないのだが、気力と根性と度胸で時間を空けている節もあるようなないような。と言った具合だ。

「俺はここに来たくて来てるんだ、だから感謝こそすれど、謝罪だけは顔から滲ませるだけでさえやめてくれ、そんな顔だけは俺も見たくない」

「でも」

「そうだな、確かに俺は些か臆病過ぎたかもしれない」

*

病院で看護師として働く。

夢が叶い、病院を案内してもらった日のこと。

「これでこの病院の患者様にはみんな挨拶しましたね、明日から研修も兼ねて、僕の助手をしてください」

「了解しました」

「じゃあ僕は戻るから」

「あの」

「なんだい?まだ他に質問かな?」

今日はもう用はない。かえって早く寝ろ、と後に続けるのがふさわしい顔をしていた。

「い、いえ」

実は名前の入っていない病室があった。それにしては人の気配と、その証拠として空調が入ってるのに気づいた。それが気がかりで真夜中にその病室を覗いた。

病室には物憂げに外を眺める彼女。

その姿だけで、硬直した絵画のような美がある。

「あら、誰か来たのかしら」

「あ、こ、こんにちは」

「まあまあ緊張なさらずに、とりあえず座って?少しお喋りしませんか?」

「は、はい…」

5歳ほど歳上だろうか。物腰の落ち着いた女性。彼女のいるベッドの上に座ってみたものの、話題がないことに気づいた。

「つ、月が綺麗ですね!」

今日は生憎の曇天。分厚い雲はどんよりと、真夜中に浮かぶ宝石群を覆い隠していた。緊張のあまり、嘘をついた。

「月がお好きなんですか?」

「え、ま、まあ」

「ふふっ」

「どうなさったんですか、急に」

「いや、そんなに緊張なさらないでいいのに。私は自然体の方が好きなんですよ?」

「でも患者様には」

「ほら、その空気感てあまりに閉塞的だと思わない?少なくとも私は自然に接してほしいの、あ、そうだ今度お外の話をしてくれませんか?」

*

「なあ、俺がここに来た日を覚えてるか」

「ええ、確か月が綺麗な日」

「あれさ、月が綺麗だったってのは嘘だったんだ。実は月なんて出ちゃ、いや曇り空で全く見えなかった」

彼女は黙って聞いている。

「もしかしてだけれど」

一度深呼吸をする。

「あの日には目もみえていなかったんじゃないか?」

「ええ、そうね、でもそれがなにか関係があるの?」

彼女は少し不機嫌になった。

「ねえ、あなたは毎日ここに来てるけれど、それは誰かの命令?こんなこと聞きたくはないけれど、もう私は余命がないから、少しでも寂しくないようにっていう配慮?ねえ。お願いよ、事実を教えて」

「いや、誰の命令でもないし、俺の知ってる限りでは余命の通告なんて受けていない」

「そう」

彼女は俯く。きっと俺が嘘をついているという疑念が晴れないからだろう。

「目、本当に見えてないんだよな」

「ええ。」

僕は彼女がこちらを向くまで、間が持たなくていつもなにかを喋りかけてくれる彼女がこちらを向くまで、顔を上げてくれるまで待った。

暫く。気が少し落ち着いたのか、彼女はこちらを伺うような素振りで綺麗な声を聞かせてくれた。

「ごめんなさい、少し取り乱してしまって。あんな事言うつもりはなかったの。ただ今までずっと独りだったから。独りだったからあなたがいる状況にまだ慣れていないみたいで。嫌いになってしまったのなら、ここを出て行って?まだ、お仕事あるんでしょう?」

俺は、俺が伝えたかったのは、1つだけだ。

「人ってさ、大きかれ小さかれ、孤独を抱えてると思う」

らしくない、そんな呟き。彼女が聞いてるか聞いていないかはわからない。

「俺だって独りだ。皆独りだ。独りだから存在できる。独りだから認識される。そして、独りだからこそ。」

誰かと関係を持てる。

「んっ…ん!?」

唇を奪う。

「んうん!んん!」

唇を離すと、彼女は怒っているの照れているのか、それとも熱があるのか、とりあえず林檎のように頬を真っ赤にし、頬を膨らませていた。

「な、な、な…!?」

「好きです。俺と一緒になりませんか?」

「あ、あ、あう、あっ?」

本当に彼女は混乱しているのか全く言葉が出せずにいるようだ。

そんな彼女がひたすらに可愛いと思う一方どこまでも激しい罪悪感が身を包んでいた。嫌われたらどうしよう。後先考えなかったがこの状況、やっぱり誰がどう見ても駄目なような気がしてきた。

ようやく彼女が落ち着いてきたようだ。さっきまでとは違う、光のある目を浮かべ、その奥に広がる幾多の苦難を見つめていた。

「いい、よ?」

「よかったぁあああああああ」

ため息を混じらせながら、柄にも無くピシリと張っていた背中の力を抜く。ベッドの上にべたあ、と上体を寝そべらせると、彼女はまた顔を真っ赤にして頭を撫でてくれた。手はプルプルと震えていたが本当に心地よかった。

「ねえ」

「ん?」

「私は、もう、1人じゃないのね。」

「どうした?1人じゃないのに淋しそうだけれど」

「そうね、1人でいる生活から離れるのが淋しいのかもしれない」

「これからはずっと二人だ、離れていても。どんなことがあろうと、二人っきりだ」

「そう、そう」

彼女の目は潤み、その目に写るのは誰も介在する余地もない満ち満ちとした喜びの光だった。

やっぱりこういうの書くのが好きな気がする。病院。ベッド。彼女。俺(もしくは僕)

何故かはわからないけれど、病院のベッドと歳上の女性って凄く似合うと思いません?私だけかな。

それはともかく、やっぱりこういう感じのんが自然に書けるので、こんな風なのをいっぱい書きたいです。

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