§7 「俺の作った焼きそば食わせて、同じキャンプで寝泊まりしたんだ」
結衣がこちらを見ている。
わりぃな。今回ばかりは、睨まれたぐらいで動じるつもりはないぜ。
結衣の反論に身構えた藤也だが、意外にも、彼女はくるりと体の向きを変え、
「……神父さん、問題ありませんよね?」
二人の神父は困り顔を見合わせている。
さすがに不信感を得たのか、結衣は相手から少しづつ距離を稼いだ。
「ふぅむ」
デブ神父はまいりましたねと後頭部に手をやる。
「警察に連れていかれると、我々のボスが怒るんですよ」
そして正しい位置に戻ってきた腕には、なんとまあ、黒光りするリボルバー式の拳銃がどっしりと握られていた。
銃口が藤也達に向けられる。
なにこの状況、てか、ここ日本だよね?
「事後処理も面倒なんだ。
とっととその子を渡してくれよ」
「イヤっていったら?」
「そしたらもう、撃つしかないでしょう」
……くそっ。
あれはさすがに本物なんだろう。
銃に撃たれると言うことがどういうことか藤也は知らない。
なにせ撃たれたことがない。多分、むちゃくちゃ痛いんだろうな。
藤也の度胸が、足からすぅっと地面に吸われていくような錯覚がした。
「――――」
フリルが目の前をよぎった。
トトキが前進したのだ。
そして藤也の前に出て、振り返り、向かい合う。
どうする気なのかと気後れしていると、彼女はぺこりと会釈をした。
私、行きます、っと捉えていいのか?
「ま、まてよ!」
藤也はトトキの手を掴んだ。
銃を持ち出すような相手の元になんて行かせるわけにはいかない。
「先輩……」
結衣が藤也に、宥める様に手を添える。
「気持ちはわかりますけど、勝ち目がありません」
「わかってるッ! だけどッ!!」
「どうするんですか?
戦って勝ち目はあるんですか?」
「か、勝てないけどさ! でも、」
「早くしてくれないかー?」
デブ神父が他人事のように催促した。
「だから、こういう面倒事に関わらないほうが良かったんです。
正義感ぶって護ろうとしても、結局こうなるんですよ。
昨日の内に追い出しておけば、こんな後味の悪い思いもしなくて済んだんです」
彼女らしい、冷静で冷酷な正論だった。
一方藤也は中身のない感情論を振りかざしているだけだった。
それは……わかっている。
だけど、でも、だって、
「じゃあトトキはどうなるんだよ!?」
「……」
結衣は俯くと、小さな声で、
「……私たちには関係が無い話です」
「霧崎っ、てめぇ!」
「じゃあどうしろっていうんですか!?
出会ってたった一晩の女の子のために、先輩、命を掛けられますか!?」
「……」
そんな問いに答えられるほど、藤也は思慮深くは無かった。
結衣の非難するような視線と、トトキの泣き出しそうな視線。
「……………………一時の仲じゃねぇ」
そうだ。きっとだから、俺は彼女にトトキという名前を付けたんだ。
「俺の作った焼きそば食わせて、同じキャンプで寝泊まりしたんだ」
誰かとの関係の重さが、一緒にいた時間の長さだけで量れるはずがない。
もしそうなら、あの海での〝彼女〟との出会いが軽すぎることになる。
それは寂しいじゃないか。
もう二度と会えないとしても、もう二度と会う事がないとしても、
「一時の仲じゃねぇ。
その子は俺のダチだ」
「何を言ってるんですか……」
「ダチのために、い、い……命ぐらい、かけてやれるさ!」
「裏返った声で、無茶苦茶言わないでください!
それでカッコつけてるつもりですか!?」
「カッコ付かなくて悪かったな!
文句なら後にしろよッ!!
俺があいつらの気を引くから、霧崎とトトキは逃げろッ!!」
激しく首を振るトトキを振り切り、藤也は二人に背を向ける。
「おいおい、冗談でしょう?」
それを見たデブ神父はせせら笑った。
「生身で拳銃と戦うつもり?」
「お……おう! やってやるよ!」
相変わらず声がひっくり返って決らない。
心臓が激しく脈を打つ。足が震えて来た。
だが、それでも藤也は退かない。
仲間のために、退くわけにはいかない。
「こうなるってわかってたから、関わりたくなかったのよ……」
結衣の呟きが聞こえる。そして、
「逃げるわよッ!
こうなったらこのお人好し、ホントに死ぬまで止めないんだから!」
それを合図に、藤也の脚は力んだ。
目の前の銃口を意識から外し、霧散した勇気をかき集めて相手に詰め寄る。
「逃がすな、追えッ!」
デブは驚き、引き金に指をかけたが、
「ぎゃッ!」
っと悲鳴を上げて銃を落とした。
原因は不明だが、怯んだその隙を藤也は逃がさなかった。
「おおりゃああああああ!」
跳躍し、顔面に全体重をかけた容赦ない蹴りを叩き込む。
ドロップキックだ。
格闘経験のない藤也が確実なダメージを与えるための、捨て身の一撃だった。
体勢が崩れていた相手は無抵抗に転がり、ぐうと唸った。
同時に藤也も全身から地面に落下する。受身の事など考える余裕はなかった。
「こいつ!!」
ノッポが懐に手を入れる。そこに、茂みから影が躍りかかった。
部長だ。
彼の拳がノッポの顔面に命中する。
素人目にもわかる綺麗なフォームだ。
なにか技術に覚えがあるのだろうか?
一撃で相手はくるりと回転し、地面に伏せた。
藤也も打った腰を撫でながら立ち上がり、身構える。
「とうやーッ!!」
部長の現れた茂みから、海斗が飛び出し、藤也にがっしりしがみついた。
迷彩仕様に改造された、まこと不思議なメイド服を着ている。
「藤也の馬鹿ッ!
なんで危ない事するんだよッ!!
バカッ! ばかばかっ!!」
心底心配したのか、藤也の胸のあたりで罵詈雑言を吐きながら泣きじゃくっている。
手にはあの改造マグナム銃を持っていた。
「そうか、お前が銃で助けてくれたのか」
「そうだよッ! じゃなきゃ藤也、撃たれて死んじゃうところだったんだからね!!」
「……悪い。助かった」
部長にも頭を下げると、サングラスの向こうで凶暴な笑みを浮かべて、
「十倍返しな」
何を尺度に十倍か知らないが、すごく嫌な借りを作った気がする。