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§6 招かれざる客


 アスファルトとコンクリートに彩られた外界は、今日も夏の湿度と日差しに蒸籠状態なのだろうか? こちら山林は深緑の空気と川のせせらぎに包まれて実に快適なり。

 ま、虫の多さには閉口ものだが。




 そんなこんな考えながら、藤也は近くの小川に皿洗いに向かっていた。



 傍にはトトキが助手として同行している。


 部長と海斗はサバイバルゲームに燃え盛り、ダウナーの霧崎は二度寝を始めた。

 昼過ぎまで起きてこないのだろう。

「俺は今、蟹工船とかあの辺のプロレタリア文学に共感できるわ」

 歴史の授業で覚えた単語を使いながら、藤也はグチった。

「なんで俺ばっかり働いてるんだよ」

 その隣でトトキが苦笑いを向ける。


 ぱくぱくぱく。


 相変わらずなにを言ってるかわからないが、たぶん慰めてくれているのだろう。



「悪いな、トトキまで付き合わせて」

「――――」

 トトキは首を横に振る。

「ところでその衣装、暑くないか?」

 トトキの膝の見せないロリータドレスは、袖もばっちり包んでいる。

 Tシャツのラフな藤也に比べてかなり暑そうだ。

「――――」

 トトキはスカートの裾を引っ張り、困った顔でパタパタ翻した。イルカや貝のぬいぐるみがつられて揺れた。

「やっぱり暑いのか。

 着替えがあればいいんだが」



 できればなんでったってそんな服を着ているのか問いかけたいが、どうせ声がでなければわかりっこないだろうからやめておくことにした。



 ぱたぱた。



 トトキはスカート遊びが気に入ったらしく、無邪気に翻してはくるくる回っている。

「よせって、見えるぞ」

「――っ!」

 慌てて回転を止め、顔を真っ赤にしてスカートを押さえる。

 ほんとのところは、そんなロングでヘビーなスカートが回転したところで、中身を拝見できるほどサービスが良いとは思えないのだが。

「それって中身どうなってるんだ?

 あ。説明できないなら直接見せてくれてもいいのだが」

「――――!」

 トトキがぎゅーっとの藤也の頬を抓る。

 やっぱだめですか。純粋な興味でしかないのだが。


 いやほんと。うん。





 トトキを引き留めたことを、藤也は後悔していなかった。

 この不思議な少女は身元不明で、成り格好もキナ臭いのだが、会話をしていてなかなか楽しい。



 例えこちらしか喋ってなかったとしても、くるくると変わる表情やジェスチャーで、トトキは言いたいことのほとんどを藤也たちに伝えて見せた。




 言葉がなくても会話が弾む。これって、案外すごいんじゃないのだろうか?



「ほら、あんまり回るからぬいぐるみ、落ちてるぞ」



 俺は屈んでヤドカリのぬいぐるみを拾ってやった。

 トトキは喜んで受け取る。

 そういえばイルカ、タコ、ヤドカリと、トトキのぬいぐるみは海の生き物ばかりだ。

 そのこだわりになにか理由があるのだろうか?

 だが尋ねたところでトトキは答えられないし、答えられないというジレンマに悩む彼女を、見たくはない。



「そろそろ戻るか」



 藤也は疑問を呑みこみ、トトキにそう言った。

 彼女は声無き声で元気に返事をし、パタパタと藤也の後を付いてきた。

 いろいろよくわからんが、これでいいんじゃないだろうか?

 と、藤也は思った。


 少なくとも、トトキは同じキャンプで飯を食った仲間なんだから、きっとそれが大事なんだ。









 藤也達がキャンプベースに戻ると、妙客が待ちかまえていた。



 デブとノッポの、黒い帽子と十字架がデザインされた衣装。

 素人目には神父さんに見える。

 二人はキャンプチェアーに腰かけ、結衣となにやら談笑している。

 デブの髪は長く、小さいめがねをかけている。



 中年ぐらいだろうか?




 ノッポはデブよりやや若そうな感じだ。

 どちらも青い瞳と白い肌をしており、日本人ではないらしい。

 しかしどいつもこいつも、どうして気温を無視した服を着てやがるんだ。





「おお、アリナ!」




 うち一人、ノッポがこちらに気づいて立ち上がった。

 饒舌な日本語だ。

 視線はトトキに向けられている。



「心配したんだぞ、アリナ」



 デブも立ち上がった。なれなれしい表情でトトキに歩み寄る。

 アリナ、とはトトキの事を言っているのだろう。



 当のトトキは藤也の背中に隠れ、すがる様にシャツの布地を掴んだ。




 さて。こいつらはトトキの言う悪の組織か、電波少女を保護しに来た関係者か。

 藤也は怯え始めたトトキを軽く撫でてやり、相手を見極めようと注意を凝らした。



 デブは優しい口調だし、ノッポは本当にトトキを心配しているように見える。



 見た目では判断できなさそうだ。



「先輩、まさかこの人たちが例の悪者とか言い出すんじゃ無いでしょうね?」

 采配する藤也に釘を刺すようなことを言い、結衣が立ち上がった。

「紹介しますよ、先輩。

 この方々は孤児院の神父さんたちです」

 二人は帽子を取って、深々と俺に挨拶をした。



「アリナが大変ご迷惑をおかけしまして」

 デブが言う。



「ご存じの通り、アリナは少し妙な主張をするところがございまして」

 ノッポが言う。




「そうなのか。困った奴だな、お前」

 トトキに向かって言った。

 調子を合わせないと、結衣が実力行使に出る可能性もあるからだ。

「その子を渡してください、先輩。

 それでめんどうな騒動も一件落着です」

 結衣の一言に、二人の神父が暖かい笑みで頷いた。



 ぎゅっと、不安げにシャツにしがみつく小さな手。

 大丈夫だ、俺に任せろ。



「もちろん、この子はお返しいたします」

 藤也は二人の神父に言った。

 そして返事を待たずにこう続ける。

「ただし、警察や然るべき機関を経由してです。それまではお渡しできません」

 途端に神父たちの笑みが曇った。

「……なにか問題でも?」

 藤也の問いに、神父は答えなかった。



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