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§5 ただの生理現象


 朝の日差しが薄い外壁を透過し、藤也を眠りから覚ます。



 土と草の匂いがする。

 やけに寝心地が悪い。



 ……そうだ、キャンプの最中だった。

 寝袋じゃ寝苦しくて仕方ないが、贅沢は言えないな。



 そんなこんな考えながら、覚醒しきらない頭を強引に揺さぶり、半身を起こす。



 くわっとあくびをして脳に酸素を補填してやった。


 最近、よくあの夢をみる。

 初恋の女の子の夢だ。



 藤也が幼いころ、迂闊な行為で海に溺れてしまい、死にかけたところを彼女が助けてくれた。

 それがきっかけで藤也と彼女は友情を結び、ほんの短い間だったが、輝いた時間を過ごした。

 大人の都合ですぐに会えなくなってしまったが、藤也にとっては大切な思い出だ。



「もう、顔も思い出せないんだけどな」

 時間の経過による記憶の劣化は残酷で、どんなに大切な思い出も幼少の記憶から細部を思い出すことは難しい。

 だがしかし、もう二度と会えなかったとしても……彼女が藤也の親友であり、初恋の相手であることは永遠に変わらない。



 藤也はそう確信していた。



「うんにゅ……。とうやー」

 ちょっとして、隣の寝袋もむくりと起き上った。海斗だ。



「おう。おはよー」

「うんー。おはよー」



 芋虫のような寝具のジッパーを下げ、海斗が這い出す。




 レースのキャミソール越しに見える、撫で肩の細いシルエット。立ち上がり伸びをする。形のよい臀部を、シルクのパンティーが覆っていた。



「ふぅ……ん」っとアンニュイな声であくびを漏らすと、眠たげな目線でもう一度、

「おはよー……」

 と寝ぼけた声をあげた。












「思春期の男子には毒だわー」

 部長の声にハッとなる。

 いつの間に起きてきたのか。

「……見惚れてただろ?」

「見惚れてません」

 耳打ちされて、速攻否定する。

「嘘つくなよ。朝一番のあれに反応しないんじゃ男性機能が死んでるぞ」

「してませんって。あいつ男ですよ」

「見た目は完全に女じゃん。

 あいつお前に気があるんだから、この夏モノにしちまえよ」

「冗談。

 俺はゲイでもバイでもありません」

「ローマ神話じゃ女性は男性に与えられた罰なんだぜ」

「……だからなんですか」

「つまり、逆に考えるんだ。

 あいつは女じゃない、ではなくあいつは男だからいいんじゃないかと」

「論点挿げ替えてわけわかんない事言わないでください。

 じゃあ部長が付き合ったらいいじゃないですか」

「やだよ。俺ゲイじゃないもん」

「要するに面白半分でくっつけたいだけじゃないですか……」

「なになに、二人して朝から内緒話?」

 覚醒しきった海斗が興味を向けて来た。

「おう、喜べ天野。

 小高がお前のぱんつをむぐぐ、」

「ちょっ!」

 余計な事を言われまいと、藤也は部長の口を塞ぐ。

「ねぇねぇ、何の話?」

 するとさらに興味を惹かれたのか、海斗が藤也に詰めよってきた。


「なんでもねぇって!」

「うーっ、海斗を除けものにしたーっ」

 追っ払おうとする藤也だが、海斗はさらに追及しようと体を寄せてくる。



 うわ、顔が近い……っ。



「ねえっ、教えてよーっ!」

 キャミソールの隙間から貧乳が覗く……違うあれは乳じゃないっ、胸板だ!

 良くない視界をそらし、必死に意識を他にやる。

「とうやーっ!

 いい加減に白状しないと海斗も本気を出しちゃうぞ……、ん?」

 海斗が右手の下……寝袋の中の違和感に気づいた。



 気無しに異物をぎゅっと、



「ぎやああああああああああああっ!」

「えっ、なに、とうや!?」

 藤也の突然の絶叫に、海斗は仰天する。

「だ、だだ、だいじょうぶ!?

 怪我したところだった!?」

 患部をいたわる様にさわさわ。

「か、い、とぉぉっ! いいからそこ、そこぉ、……触るなぁッ!!」

「だって、こんなに苦しそう……」

 さわさわなでなで。

「ひぃぃ……っ!

 わ、わざとやってんだろお前ぇっ!?」

「ええっ!?

 なになに、一体なんなの……あ」



 どこまで女らしくても男は男。

 海斗は同性の状況を、やっとこさ理解したようだ。





「……」

「……」

 ……嫌な沈黙。

「うぅーんっ……と」

 海斗は立ち上がり、我が身を抱きしめながら片足立ちをした。



「まいっちんぐ☆」

 ぷっつーん。





 藤也は立ち上がった! 寝袋ごと立ち上がった! たってるのにたちあがった!!

 そしてサナギが蝶に変態するかのごとく雄々しくキャストオフ!!




「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 ばらばらになった寝袋、飛び出した藤也の魔の手が海斗のキャミに襲いかかる!

「二度とっ!

 女の格好すんじゃねぇぇぇぇぇぇッ!!」

 びりびりびりぃ!!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」








「先輩っ! 大丈夫ですか!?」

 悲鳴を聞きつけ、只事ではないと感じた結衣とトトキが男子テントに突入する。

 ぜえぜえと荒い呼吸をする藤也と、ぼろ布をまとった海斗がおいおい泣いていた。

「あー、気にしないで」

 部長がグラサンを磨きながら答えた。

「ただの生理現象だから」




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