§4 溺れる夢
ぶくぶくと、水泡が目の前を通り過ぎる。
ぶくぶく、ぶくぶく……。
彼は手足の力を失い、奈落へとゆっくり堕ちていた。彼には分っていた。
これは夢だ。いつも観る夢だ。
いつだったか……幼い頃、海に溺れた時に見た夢だ。
――ああ。このまま死んじゃうのかなぁ。
夢だとわかっているのに、どこか当時の記憶と入り乱れ、混乱した頭はそんな悲壮な結論に嘆いていた。
日の光は水面より遥か上空に輝き、無情にも遠ざかっていく。
あの光を掴む事ができたら、地上に帰る事が出来るのではないだろうか?
朦朧とする思考が、正常なら思いつかないような儚い希望を見出す。
彼は最後の力を振り絞り、手を伸ばした。
だが、光を掴む事など不可能だった。
何も掴む事が出来きない彼を、引力が緩やかに引き寄せていく。
彼は何も掴む事が出来なかったが、彼を掴む人物はいた。
彼の体を、歓喜のうねりが駆け巡る。
彼女だ! 彼女の登場だ!
彼女は海を自在に泳ぎ、信じられないようなスピードで地上へと向かう。
そして彼を救い……夢がぼやける――救われた彼と、彼女は……まってくれ、ここからが大事なんだ、まだ醒めるなっ――
藤也は、また彼女の顔を忘れてしまう。
……夢でいい。夢だけでもいいんだ。
もう少しだけ、君と、一緒に居たい。
居させてくれないか……?