§3 少女の名前
育ち盛りの男子が三人も(一応カウントしておいた)いるのだからと、多めに調理をしておいたのが吉と出た。
謎の少女に焼きそばを与えると、食うわ食うわおかわりだわで、あっと言う間に平らげてしまったのだ。
よほどお腹が空いていたのだろう。本当に逃亡中なのかもしれない。
「――――っ!」
少女は合掌、お辞儀で「ごちそうさま」を示すとこちらを向いてにこりと笑った。
「うまかったか?」
「――っ!」
大きく頷く。
「俺が作ったんだぜ」
「――――」
拍手。声が出なくても、けっこう伝わるもんなんだな。
「先輩。距離、近すぎ」
結衣が割り箸を振って「離れろ」と指示している。
別にやましいことないのだが……海斗もすごい睨み方してるので体裁は保とう。
「――――」
謎の少女が不意に立ち上がった。
ぱっぱと珍妙なドレスのほこりを払う。
ドレスのチャームがちゃらちゃらと音を奏でた。
「なに、『おいしかったです、そろそろおいとまさせていただきます』だって?」
部長が言う。少女が頷く。
「水くさいね。何かの縁だ、もう二、三泊していきなよ。
なに?
『これ以上私がお邪魔すると追っ手がみなさんに迷惑をかけるので』だって?」
また少女が頷く。
「先輩、よく通訳できますね」
結衣が言う。
よくもまあ適当にといった態度だ。
「想像力が足らんのだよ、チミたちは。
もっと読書をしたまえ」
部長が本を片手にしている姿なんて見たことないぞ。
いったいどんな本を読むんだ?
「ライトノベルスを少々」
ラノベでエバられてもなー。確かに想像力は付きそうだが……変な方向にな。
問答している藤也達の傍らで、謎の少女は再拝、立ち去ろうとした。
「あーあー、まてまて」
部長があわてて引き留める。
「どうせ行くとこもないんだろう? 口を封じられちゃいろいろ不自由だろうし。
ん、追っ手がそんなに心配か?
そんなもん、なぁ? 天野?」
「海斗たちが追い払ってやりますよーっ!」
さっきのモデルガンを振りかざす。
勇猛果敢に拳をあげるのは結構だが、その悪の組織とやらがSWAT顔負けのプロ集団だったり、ソ連払い下げのスターリン三型重戦車持ち込んだり、ガマガエルとボイラーの合成怪人なりを連れてきた時に頼むから巻き込むなよ?
そんなことを声に出さずうなだれてると、海斗が、
「大丈夫っ!
ウチの部には、藤也がいるんだから!」
頭数にしっかり入ってたわー。
約二名の勇者(約ってところがポイントだ)が宣言する様を見て、少女がこちらに瞳を向ける。
「――――」
ほんとにいいの? っと言いたげだ。
部長と海斗の視線、そして結衣のやや意識を向ける程度の注意が藤也に降り注ぐ。
藤也はまずいな、と唸った。
いつの間にか決定権が与えられてしまったぞ。
斎先輩と海斗はすでに賛成票を入れているのは承知の通りだ。結衣は今日の100%ジュースより信頼の置ける数字で反対票を入れるだろう。
二対一。ここでどっちつかずの藤也の票に世間の注目が集まるというわけだ。
ならばはっきり腹を決めよう。答えはノーだ。
結衣の言うとおりだとすれば、彼女には妄言癖があると考えられるし、喋れないかどうかも怪しい。少なくとも然るべき施設や役所に彼女を送り届ける、そこまでの面倒を見るくらいで人道的義務は果たされるだろう。
部長や彼女の主張が事実だとしたら、それこそ冗談ではない。
俺は強化戦闘服なんて持ってないし、ましてや改造人間でもない。小学生に退化させられたらどうしてくれる!
そんなこんなを一秒弱思案、意見を決定した藤也は口を開く。
「……まあ、居てもいいんじゃないか?」
誰か意志の弱いこの男をぶって。
「さっすが藤也っ! 海斗の好感度フラグはウナギ登りだよっ!」
海斗がきゃあきゃあ歓喜する。
ギャルゲーのヒロイン気どりかよ。
その脇で結衣の表情から軽蔑スキル〝マジで見損ないましたよ先輩〟がどっかんどっかんシューティングされていた。
胃が痛い、許して。
「賛成三票、反対一票。
霧崎、異論はないな?」
部長がぶちょうらしく仕切る。
「好きにして下さい」
あーあ。本気で拗ねちゃったよ。
「――――っ!」
少女が輝かしい笑みでやってきた。
ぺこりと頭を下げる。
やはり立ち去るのは寂しかったらしい。
なにはともあれ、彼女は今からキャンプを楽しむ仲間だ。
「ようこそ、甲斐葉高校サーフィン部へ」
藤也が言うと、少女はうんうんと頷いた。
代償は少しばかり高くついたが、悪い気はしなかった。
「というわけで、今日からサーフィン部夏の合宿に同行することになった、あー」
部長がジョーク混じりで彼女を紹介しようとして、あることに気づいた。
「名前、なんだっけ」
「――――」
少女の困った顔。もともとそこから始まったような気がするのだが。
たしかに名前がわからないんじゃ不便ではある。
「はーい。便宜上の名前を付けるってどうでしょうー?」
海斗が手を挙げる。奴にしては名案だ。
「みぃこちゃんなんてどうかなぁ?」
「却下だ。そりゃ俺の行きつけのキャバ嬢の源氏名じゃねーか」
「にゃはは☆」
キャバクラ通ってんのかよ……こいつ本当に高校生なのか?
「小高はなにかないか?」
キャバクラ通いの高校生が言う。
困ったらすぐこっちに振るんだよなぁ。
「名前付けるのはいいですけど、この子の了承得てないでしょ。ねぇ?」
「――――」
藤也が尋ねると少女は首を横に振った。
「え。いいの?」
「――――」
今度は縦に振る。そして藤也の服の裾を引いた。
催促と見ていいだろう。
「あー。困ったな」
命名という大仕事をまたもや流れで背負ってしまい、藤也は悩んだ。
生身の異性に名前を付けるとなると、ペットやゲームの主人公やるそれと訳が違う。
下手をすると失礼当たるし、だからと言って、そう、フローラやナンシー辺りのありきたりな返答など誰も望んでいないくらいの空気は読める。うまい塩梅というのがわからないものだ。
だいたい、一時の付き合いとなる彼女に、
「……トトキ」
口からこぼすように、単語を吐いた。
「なんだって?」
部長が尋ね返す。呟くように言ったため、聞き取れなかったらしい。
「十時です。漢字でじゅうじ」
「なんで漢字なんですか。
まるっきり外人さんなのに」
結衣のごもっともな突っ込み。
「何か意味があるんだな。
その心を聞こう」
部長が促した。
「いや、えーっと、意味っていうか、」
口をついてしまったものの、よく考えれば噴飯ものな気がしてきた。が、言ってしまったことはもう引っ込めない。
恥をかくとするか。
「一時の仲ではない、とか、そんな感じで」
「……ははは」
結衣の力ない笑い。
やあ、それはかっこいいつもりかい、そこまでバカとは思いませんでしたよ、これはもう笑うしかありません、お大事に。
……っと聞こえるのは幻聴だろうか。
胃が痛い、許して。
落ち込む藤也の腕が、不意に持ち上げられた。
「――っ! ――――っ!」
見ると少女が藤也の腕をぶんぶん振ってはしゃいでいる。
「俺は悪くないと思うがね。それ以上にトトキちゃんが気に入ったようだな」
「本格的にめんどくさい」
結衣は相槌とも愚痴とも取れない一言を残し、テントに籠もってしまった。