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§29 遂げられた想い




 ――ああ、このまま死ぬのかな。




 藤也は朦朧とする脳裏でそう思った。

 このままトトキを救えず、たぶん起きるだろう世界の崩壊を見ぬままに、自分は死んでいくのだろうか。

 絶望が藤也の思考をどんどん悪い方へと追い詰めていく。



 ……だったら、せめて。



 せめて最後に〝彼女〟に会いたい。

 会って、子供のころ伝えられなかった想いを伝えたい。

 いいや、……贅沢は言わない。


 ただ一目、彼女の姿を見たい。



 藤也は手を伸ばした。五年前の様な光は無かったが、それでも彼は手を伸ばした。

 手を伸ばせば、彼女が掴んでくれるような気がしたのだ。



 ――……そんなわけ……ねーか。



「とうやああああああああああああッ!!」



 諦めたその時、水中で呼び声が聞こえた。

 深く沈んでゆく藤也目掛けて、すさまじい勢いで誰かが潜水してくる。

 まさか、そんな。

 そんなはずはない。



〝彼女〟がここに居るはずがない!



 だが、居るはずの無い〝彼女〟は、藤也の腕を掴むと、ぐっと自分に引き寄せ、その身を愛おしそうに抱きしめた。



 そして口づけをし、自分の酸素を藤也に分け与える。

 不思議な事に、藤也は彼女の口づけ一つで息苦しく無くなった。

 それどころか奪われた体力はみるみる回復し、自力で泳げるほどに至ったのだ。



「とうや……とうやぁ!

 死んじゃったかと思ったよッ!!」

 彼女は泣きじゃくっていた。

 間違いなかった。彼女は、五年前に藤也を救った人魚だ。



「なんで、君がここに……?」

「ずっと……ずっと居たんだよぉ……」



 人魚は藤也からやや距離を取り、その姿を藤也に見せた。

 藤也は目を見張った。





 その人魚は、海斗だった。




 いつも来ていたメイド服は無く、代わりに二枚貝で造られたビキニを身につけ、人間の足ではなく鱗で覆われた尾ひれで器用に浮いていた。



 なによりも驚くべき事は、海斗にはビキニでは覆いきれないほどの確かなバストがあるのだ。今の海斗は、内外ともに〝女性〟だった。



「お前……人魚、女なのか?」

 海斗はゆっくり頷いた。

「だって、さっきまでは確かに男で人間だっただろ!?」




「〝デメリット〟、だよ」




 海斗の口から意外な単語が出てきた。

「五年前、藤也が居なくなって、すごく寂しかった。

 ずっと藤也のことばかり考えてたんだ。

 藤也の事、すごくすごく好きで、会えない事が辛かった。

 だからね……海斗は、故郷の魔法使いにお願いして、人間に変えてもらったの」

「……その、デメリットが……」

 苦笑いしながら、海斗は頷いた。

「海斗は〝男〟になっちゃったんだ」

「……」

「いろんな方法で藤也を探して、海斗は藤也のクラスメイトになれた。

 部長もね、いろいろ助けてくれたんだよ」

「なんで、もっと早く言ってくれなかったんだよ!

 俺はお前の事、夢にまで見たんだぞ!

 俺だってずっと会いたかったのにッ!!」

「デメリットは一つじゃないんだ。

 藤也の記憶から、海斗の昔の姿も消えちゃうの。

 だから、伝えても判らないし……。

 それに、ほら」


 海斗は俯いた。



「〝男〟になっちゃったなんて……好きな人には言えないよ……」

「…………ッ」

 同性になってしまった海斗には、もう今の自分を受け入れてもらうしかなかったのだ。



 故郷を、生き方を棄ててまで追ってきた藤也への想いは止まらず、中性的な男性として実る事無い愛を伝え続ける事しか、海斗には出来なかった。



「……お前、だからあの時むりやりクリスタルを使ったんだな」

 海斗は舌を出した。

「ばれた☆」

 彼女にとって、藤也の傍で男であり続けるというジレンマ以上のデメリットなど、すでに無い。もしクリスタルで女性に変身できるなら、どんな代償を掛けてでも試す価値があったのだ。



「もう別の力が働いてるからかな。中途半端になっちゃったね、あれ」

 そうまでして、藤也の事を愛していたのだ。

 ……それを藤也は、近付いてはならない友人として邪険に扱い続けた。



「ごめん……おれ……」

 今は正直になろう。

 藤也も海斗に惹かれていた。

 朧気な記憶がそうさせたのかもしれない。

 だがそれは認めてはならない想いだったのだ。

「ううん、いいんだ。

 しょうがないよ。海斗、男だったもん。

 ……それでも藤也の傍に居たかったんだ。

 傍に居れる事が幸せだったんだ」

 海斗は笑った。

 見た事無いほどの満面の笑みで。

「〝だった〟……なんて言うなよ。

 人魚だろうと、男だろうと、俺はお前の傍に居る。

 もう辛い思いさせたりしない」

 そういうと、海斗の笑顔は一層広がり、涙すら浮かべ始めた。



「嬉しい……」



 藤也は海斗を引き寄せる。愛しさが胸に広がり、その後ろ髪を優しく撫でた。



 ぷくり。



 撫でた髪から、泡が一つ浮いた。

「……?」

 不審に思うが、気を留めずに置くと、海斗が口を開いた。

「海斗はね、幸せだよ。

 藤也が受け入れてくれるなら、ずっとずっと一緒に居られるから」



 ぷくり、ぷくり。



 海斗の体から泡が浮く。



「海斗、その泡……なんだよ」

 不安がよぎる。

 海斗の体から出る気泡が止まらない。

 海斗はえへへと笑った。




「ごめん。海斗、ホントは人魚に戻っちゃいけなかったんだ」



「戻ったら、どうなるんだ?」

「見ての通りだよ」

 気泡はどんどん増えていく。まるで、まるで海斗の体が溶けていくように、気泡は彼女を包んでいく。いや……実際に海斗の体が泡になっていくのだ!



「止められないのかよ!」

 海斗はゆっくり頷いた。

「……なんで、

 なんで人魚に戻ったんだよ……!」

 判っている。藤也を救うには、それしかなかったのだ。

 だが、理解していても、藤也にはとうてい納得しがたかった。



「藤也と同じだよ。大好きな人のために、仲間のために、命だって、運命だって、どんな代償でもかけてみせるよ。海斗はそういう事のできる藤也が好きなんだ」

「やっと一緒になれるのに!」

「一緒に居るよ」

 海斗は藤也の胸元に縋りついた、

「だって、藤也がそう言ってくれたから」



 海斗から放たれた泡が藤也を包み込む。

 何が起きているのか、藤也には徐々に判り始めていた。



 人魚達には一つの能力がある。

 人魚伝説の不老不死などに代表される、我が身を棄てて、自分の〝力〟を人に与える事が出来る能力だ。最初のキスから、儀式はすでに始まっていたのだ。

 藤也は新たな力を得た。

 ――海斗を、初恋の人との再会を喪失するデメリットを背負いながら。





『行こう、藤也』

 藤也に深く深く浸透した海斗が言う。



『トトキちゃんを、サーフィン部の仲間を、みんなの夏を救うんだ』



 藤也は頷く。海斗から逃げた気泡が藤也の元に集合する。




「ジェット・ジャグジーッ!」

 藤也は水面に向かって加速する。

 水中から飛び出してきた藤也を見て、台風は目を見張った。




「貴様、どうやって!?」

「うおおおおおおおおおおおッ!」




 問答無用。藤也は吼え、トトキを取り戻すべく台風に突撃していく。

「学習しろ! お前たちの力は、この私には通じないんだよ!」



 動じず、勝ち誇ったように台風は叫ぶ。

 大間違いだ。

 藤也の超能力は、トトキ由来の力とは似て非なる別の系統の能力に変わっていた。



 海斗のくれた力だ――止められるものなら止めて見ろッ!



「盛大に爆ぜろおおおおおおおッ!!」

 気泡で肥大化させた拳をぶつけ、台風の頬っつらを横殴りにする。



 防御方法を間違えた台風は、ぐぇっと呻きながら水中に墜ちた。



 藤也は追撃の手を止めない。藤也はためらわず水中に飛び込む。今の藤也にとって、水中は有利なテリトリーの一つになっていた。

 台風も黙ってはいない。反撃に渦巻きを発生させて藤也を巻き込もうとする。

 だが、藤也は魚類の如く自在に潜水し、瞬く間に台風の背後を取った。



 再び台風の悲鳴が響いた。



 さらに追い打ちを掛けようとしたところで、水流が一気に引いていった。

 水は不利と判断した台風が環境を変えたらしい。

 しかし藤也はまだ止まらない。

 ジェットジャグジーで舞い上がり、空中から台風を追う。

「なぁぁぁめぇぇぇるぅぅぅなぁぁっ!!」



 台風が怒気を露わに叫ぶと、突風が藤也に襲いかかった。



「――ッ!」



 藤也は勢いを失い、弾き飛ばされた。

 神格由来の力には、藤也と海斗の能力だけでは太刀打ちできないのだ。



「なめてんじゃねぇぞ!

 雑魚がぁぁッ!」




「お前こそなめるな」

 落下しながら、藤也は言った。

「俺には、仲間がいる」




 両脇から影が駆ける。

 宇治金時、そして結衣だ。

 結衣は鶴姫の胴乱を着ていた。

 両者は双方から息の合った猛攻を続け、台風を圧倒する。

「馬鹿か、お前は!?

 その胴乱を着れば死ぬんだぞ!」

「仲間の為に命ぐらいかけて見せますよ」

「くそ! 群れるな雑魚共が!」

「貴様は孤独か。哀れだな」

 結衣と宇治金時の不敵な笑みに、台風がたじろぐ。

 そこに藤也が加勢する。

 台風は絶叫した。

「くそおおおおおおおおお!

 お、俺は……、俺はポセイドンの息子なんだぞ!?」


「なら私は綿津見直系の子孫、竜宮城乙姫」

 その背後に、トトキが立つ。

「――しま……った」

 台風は青ざめた。

「またの名を、

 甲斐葉高校サーフィン部のトトキ。

 ――あなたには、力に溺れた〝デメリット〟を受けてもらいます!」

「ぎやああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 台風の体が発光し、中から次々とクリスタルが飛び出す。




 そして最後にことり、っと漆塗りの化粧箱だけが残った。




 台風は中に封じられたのだ。




 トトキが乙姫だというのなら、さしずめこれは玉手箱といったところだろうか。



「黄泉に直送されないだけましだと思え」

 宇治金時が言った。


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