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§2 不思議な少女


 やがて夜の闇が森を覆い、拠り所は焚き火の赤々とした輝きのみとなる。

 四人はそれぞれイスになる岩やキャンプチェアーに腰掛け、小高藤也製の焼きそばを口にしていた。


「おいしー☆

 藤也、お料理上手なんだねー」

 一口した海斗が褒める。

 破いたメイド服とは別のメイド服を着ていた。いったい何着持ってきてるんだ。


「天野先輩、女声で喋らないでください。

 ぶっちゃけキモいです」



 先輩を平然と罵倒する結衣に、海斗はさっきの笑みを浮かべて、

「妬いても遅いよ結衣ちゃーん。

 海斗、さっき藤也に可愛いって言われたんだもん」

 結衣がドン引きした目でを見てくる。

「ちげぇ、誤解すんな。

 どんなにルックスが良くても、オカマ野郎には違いないって言ってやっただけだ」



 海斗の可愛さは折り紙付きだ。学年の人気投票でも、男性の部女性の部二冠同時制覇という偉業を成し遂げたくらいなのだから、客観的に〝可愛い〟で引かれる覚えはない。

「さっきと言ってる事、ちょっとちがう」

 拗ねる仕草も可愛らしいから困る。

 だがどこまで可愛くてもでも奴はイミテーションだ。

 男なのだ。

 騙されてはならない。

「発言には意味ってもんがあるんだ。言葉尻だけで都合よく解釈すんな」

「ちぇー。

 海斗が一歩リードだと思ったのに……」

 正気かよこいつ……。




「だいたいこのくらいでおいしいとか媚び過ぎなんですよ」

 結衣は焼きそばを口に運びながら、

「麺が少々堅い普通の焼きそばじゃないですか。ちょっとしょっからいし」

「文句あんなら自分で作れよ。

 もともとお前の仕事じゃねぇか」

「文句なんていってませんよ。

 ご苦労様です」

 ああ、うぜぇ。

 藤也は思わず部長に、

「部長、ちょっと森ン中で、後輩に上下関係を叩き込んで来ていいっすか?

 一応体育会系ですし」

 と申請した。

「止せ。うちの紅一点をキズモノにされちゃたまらん」



「一点じゃないよーっ、海斗もいるよっ!」

 お前は灰色とか紫色とかそういう中間色だろうが。

「俺は霧崎の手料理を期待してたんだがなぁ。先に言ってくれれば、俺が創作料理を作ってやったのに」

 部長の申し出に三者がハモって、



「「「それは却下です」」」



「うぐ」



 部長の創作料理は想像の域を越える。

 ミソコッペパン、アボガド納豆ご飯などは食べられるからまだいい方で、忘れられないのは柴漬けアイスクリームだろう。

 ロシアンルーレットたこ焼きに至っては、まともな味覚ならすべてアウトというルールの破綻した誰も喜べないゲームだった。



「俺は誰も食べたことのない未知の珍味を開拓したいだけなのになぁ」



 部長はがっくしと凹む。基本的には自分のペースで事を進めるタイプなので、阻まれるとショックが大きいようだ。

 と、その部長がやおら顔を上げて言った。

「……匂いにつられて、獣が迷い込んだぞ」

 がさがさっと、キャンプベースの外側、腰ほどの高さの木々が波を打つ。



 何か居る。




 夜の山中、暗闇の向こうで何かが蠢く。




 得体のしれない危険を想像して、一同は緊張した。




 ところが部長はただ一人立ち上がり、



「とぅ!」



 っと掛け声一つで茂みに飛び込こんでいった。

 普通飛び込んでいくかよ、っと藤也達が案じている最中、

 ――この、やろ、くそ! おとなしくしろっ!!

 等言いながら未知の相手に格闘、そして、

「捕ったどーっ!」

 高らかに宣言し、茂みから帰還を果たす。

 手に持つ獲物は……、

「女の子?」

「え?」

 海斗に言われ、初めて部長も困惑を表す。

 彼がが首根っこを掴んでいる獲物は、獣でもなんでもなく、麦藁帽子を目深に被った、ドレス姿の少女だった。




 妙な恰好だった。




 フリルをふんだんに使ったドレスのまわりには小さな、イルカや、カメなどといったファンシーなぬいぐるみが散りばめられていたのだ。



 だいたい山の中でドレスを着てる事自体意味がわからない。



「しまった、暗くて気づかなかった。

 てっきり獣かと」

「だから夜はサングラスを外して下さいって言ってるんです」

「それ以前に獣に格闘戦挑む神経がどうかしてます」

 藤也と結衣のつっこみ。

「これは俺のポリシーだ。カッコイイ俺はこれを外すわけにはいかん」

 六角形の不思議なグラサンをケント・デリカットのように動かして、

「度も入ってるんだ。これがないと逆に見えない」

 とわけのわからない主張をした。




「いいから女の子こっちに渡して下さい」

 藤也は目を回している被害女性を奪い取ると、海斗に寝袋を持ってくるよう指示して、安静に寝かせた。




 麦わら帽子を外すと、藤也達よりやや幼い、可憐な素顔が出てきた。

 目を閉じる姿は人形のように均整がとれていて、現実味がないほど美しい。

 にしてもこのドレスは不可解だ。

 街中でも稀に見かける、お菓子系とかお姫さま系とかいうファッションだろうか?

 その格好でで白昼町中を闊歩し、注目を集めるくらいならまだしも、こんな真夜中に山の中を徘徊している理由が掴めない。

 思考を巡らせながらも、ひとまず声を掛ける。




「おーい。だいじょうぶか」

「……」




 意識が無くなった訳ではないようだ。

 少女は目を開けると、ぼんやりした表情で周囲を確認した。



 青い瞳が、のぞき込む四人を映し出す。



「――――!」




 四人の中からサングラスの男を確認すると、少女は声にならない悲鳴を上げてばたばた暴れた。茂みの中で、よほど怖い目にあったのだろう。



「大丈夫、大丈夫だから」




 藤也はパニックになる少女を宥めた。

 少女はぐっと藤也の服にしがみつき、すがるようにして怯えている。

 あれ、ちょっと役得?



「小高先輩、鼻の下延びてます」

「藤也っ!」

「うぉっほん!」



 藤也は咳払いを一つ付き、少女が落ち着くのを見計らった。そして情報を得ようと、



「がおーっ!」

「――――っっ!」

 したところでグラサンの奇人が吠える。


 少女は再びパニックになった。


「大丈夫! ほんと大丈夫だから!」

 藤也は必死に宥め直す。

「ぶちょーっ!

 なにやってるんですか!!」

「あーもー! めんどいなぁ!」

 三太に非難が集中する。

「だって女の子に抱きつかれてる小高に、ちょっとジェラシー感じちゃったもん」




 部長が隅っこで小さくなったのを確認して、藤也は少女に尋ねる。



「名前は?」

「――、……?」



 少女は口をぱくぱくと動かすだけだ。



「あれ?」

「――、――?」



 ぱくぱくぱく。



「もしかしてその子、喋れないんじゃないですか?」


「え、そうなの?」



 結衣の指摘を藤也が確認する。

 少女はおずおずと頷いた。


「――、――」

 ぱくぱくぱく。


「犬のおまわりさんってこんな感じかね。

 困ってしまってわんわんわわん」

 藤也が唸る。

「困ってないです」

 結衣が呆れ声で言った。



「聞きたいことなんてありません。

 早々にお引き取り願うばかりです」

「女の子を夜の山中に追い返すわけにはいかないだろ」

「そうだそうだ、冷血女ーっ」



 藤也と海斗の反論。

 結衣は両者を見比べるようにみると、はぁっとため息をついた。



「好きにしてください」

 そう言い捨てて、イヤホンをつけながら目を瞑ってしまった。



「しかしコミュニケーションが取れないと困るな。

 日本語はわかる?」

 藤也の問いに少女は頷く。そこに海斗が大学ノートとペンを差し出した。

「筆談という発想が、天より海斗に光臨したよ☆」

 少女はぽんっと手をたたく。

「それナイス!」のジェスチャーだ。

 さらさらとノートに文字を書き込み、意気揚々に二人へ見せる。

 どうやら文字らしき、ミミズが踊った後のような曲線が描かれていた。



 ……はっきり言って読めない。



「中東諸国の文字?」

 海斗が呟くが、こんなのじゃないだろうと藤也が突っ込んだ。 

 少女の方はやはり「こんなはずでは」と言った感じに首を傾げ、困っている。




「名前も不明、目的も不明」

 と、藤也。

「この子、なんでったってこんな格好でこんな時間にこんな所にいるんだろ?」

 と、海斗。

「記憶喪失か、あるいは」

 隅っこに行っていたはずの部長が戻ってきて、

「……悪の組織に追われているとかな」

「さすが部長。発想が六角グラサン以上にトンデモです」

 結衣が突っ込む。

 イヤホン越しでも聞こえるらしい。

「俺の知り合いにも口頭言語が不自由な人がいる」

 気にせず部長は説明を始める。

「その人は先天性の難聴なんだ。

 聞こえないと話せないだろ?

 話し方を知らないんだから」

「その子聞こえてますよ」

 結衣が話の腰を折る。

「続きを聞け。

 ……もちろん喉や精神的ショックの関係で聞こえているのに話せない人もいる。

 じゃあ次だ。なぜその子は筆談すらできない?」

「日本語わからないんじゃないかな。

 外人さんみたいだし、言葉はわかっても、書けないとか」

 海斗が答える。

「それでは説明不足だ。その字、どっかの国の文字に見えるか?」

 三人がノートをのぞき込む。

 描かれているミミズの軌道に、法則性があるとは思えなかった。

「で、最後のポイントだが。

 その子は話そうとする、書こうとする。

 できないなら最初からやらないだろう?

 以上の証拠から、俺の推理では」

 びしぃっと三太の指が少女を捕らえた。




「彼女は催眠暗示かなんかで意思の伝達を禁じられてると見た」



「「「……えー……」」」



 三人が同時にブーイングを飛ばす。

「そんなことする奴はもはや悪者だ。

 組織体型の可能性もある。

 そして彼女は現在、何らかの理由で組織から逃走中なんだろう。夜中に山に身を隠しているとすればこんなところで見つかるのも納得がいく。

 ……謎の少女さん、俺の推理どうよ?」

 部長の問いかけで、一同の視線が謎の少女に集まる。

 本人の答えは。



「――、――」



 口をぱくぱくとして、声がでないことを思い出したようだ。

 ジェスチャーに切り替えて答える。

 両手を頭の上に持っていき、大きく、

 ○(ぴんぽーん)。

「きゃーっ! すっごーい!!

 さすが部長、尊敬しちゃうよっ!!」

 海斗が両の拳を握って絶叫した。

 藤也は納得とまでいかないものの、まあ、女の子本人が認めるから事実なんだろうと、ぱちぱちと一応の拍手を送る。




「はぁー……」



 傍目で見ている結衣が嘆息を漏らした。



「なんだよ。カッコイイ俺様の推理、おかしいってか?」



「おかしいもなにも、悪の組織とかどこからどう突っ込めばいいんですか。

 あー。もー。めんどい」

 結衣はイヤホンを外し、実に下らなさそうにもう一度息を吐く。



「仮に悪の組織があるとして、その子が逃走中だとしたら。

 意思の伝達能力とか奪う暇があればさっさと捕まえちゃいますよ」



「あ」



 そりゃそうだと部長がグラサンの向こうで目線を泳がす。

 視線がくるりとまわって、藤也に向けられ止まった。

 こっちにふられてもなー。



「じゃあ霧崎はその子をなんだと思ってるんだ?」

 一応、助け船を出してやる。

「変な服を着て夜中に山の中を闊歩するただの電波少女です。

 本当に喋れないかも怪しいもんです」

 そこまで歯に衣を着せない言い方はどんなものと思うが。

 藤也はショックを受けていないかと少女を見た。


 ぐー。



 少女のおなかが鳴った。彼女にとって、自分の身分を証明することより、目の前の焼きそばの方が重要だったようだ。

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