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§25 〝カッコイイ俺〟



 卒倒しそうになるほどの怒りで満ち溢れた三太だったが、敵を全滅させることで一筋の冷静さを取り戻す。



 ――トトキを手に入れたはずの敵が、何故今だ襲撃を続けたのだろうか?



 理由が無かった。

 惰性で三太を始末しようとしたとしても、全滅前に逃げる個体が居てもいいはず。

 そんな戦力の無駄をしてまで、一体何を狙っていたのか……。



「…………――ッ!」



 ある考えに行きあたり、三太はトトキの掴まっていた岩を捜索する。

 そこに、クリスタルが挟まっていた。

 あの瞬間トトキはクリスタルを隠したのだ。

 敵に手渡したく無かったのだろう。

 あるいは、自分たちに望みを託したか――。

 そうとは知らずに、敵はクリスタルは三太の手の中にあると勘違いし、襲撃を続けたのだ。




 三太はクリスタルを手に取る。




 迷いは無かった。




 大事な人を失う苦しみを、その後悔に苛む辛さをもう一度味わうことに比べたら、どんな〝デメリット〟も怖くなかった。

 三太はもう一度愛用のサングラスを掛ける。

「いいか!

 トトキちゃんを救う超能力だぞ!」



 念を押して、クリスタルを握った。

 発光し、煙が三太を取り囲む。

 そして発光体が現れ、細長い棒状の物体に変化した。



 三太はそれを手に取った。

 光が消滅し、残ったのは釣り竿だった。

 これで釣り上げろってか。

 面白い。



「名付けて〝ライフセーブロッド〟ってとこか」



 三太は竿を振り上げると、釣り針を川の中に落とした。

 すると釣り針はしゅるしゅると糸を引き、生き物の如く自ら動きまわる。

 トトキを捜索しているのだ。

 リールは針の要請にガラガラと回転してラインを供給し続ける。

 少しして。



「!」



 確かな手ごたえ。針は何かを掴んだ。

 間違いない、トトキだ。三太に備わった不思議な感覚にセーブロッドが訴える。

 三太は仰け反り、リールを逆回転させて引き寄せた。

 糸は異様に重たく、大型魚同様に抵抗した。

 強力な力で引き寄せられる。




「重い……ッ!」



 気を抜けば、三太の方が川に持っていかれそうだった。

 三太は踏ん張り、渾身の力で糸を手繰り寄せる。

 その足元で、河童がぬっと顔を出した。

 妨害に現れたのだ。

「今忙しいんだ!

 出てくるんじゃねぇ!」

 三太の懇願を無視し、河童は飛び掛かる。


 三太は身の丈ほどの岩を背にして、空手の型を参考にどっしり足を構え、重心を安定させた。これで、容易に転倒させられる事は無い。

 張り付く相手をものともせずにトトキを引き寄せ続ける。

 河童の数は増える。三太の両足をそれぞれ一匹づつが掴み、なんとか川に引きずり込もうとする。だが三太はびくともしなかった。

 業を煮やした一匹の河童が、三太の胴を殴った。



 重たい衝撃が腹部を走る。

 だが三太は動じない。

 さらに河童は三太の顔面を撃つ。



「ぐぅ……ッ!」

 さしもの三太も声を漏らすが、竿を手離さない。

 次の一撃でサングラスが砕けた。


 鼻血が零れる。


 三太は歯を食いしばり痛みに耐えると、再び竿に力を込める。


 もう少しだ。


 もう少しで引き揚げられるんだ。




 まってろトトキちゃん――ッ!




 ゴッ!



 拳大の石を顔面にぶつけられ、三太は不覚にも崩れ落ちた。



 しゅるしゅるとリールは回転し、糸が川の中に吸い込まれる。



 三太は咄嗟にリールを素手で掴んだ。

 ビッとてのひらが切れるが、回転を阻止する事に成功する。




 今立ち上がれば引きずり込まれる。三太は腰を落としたまま、トトキを引き寄せた。





 そんな三太に、彼の頭と同じくらいの岩が突き付けられる。

 河童はそれを振り上げた。



「……くそ……っ」




 あんなものを脳天に叩き込まれたら、どう考えても死んでしまう。



 逃げ出すことは簡単だった。

 満身創痍の現状でも、ロッドには反撃する能力がある。

 だがそのためにはトトキを放す必要があった。



 判ってる。



 共倒れになるぐらいなら、一度トトキを手放してここは逃げ、みんなと合流して救出作戦を立てる。その方がどんなに賢いだろう。

 トトキに救われた命を、トトキと共に費やす事がどれほど愚かしいか。



 だが三太には出来なかった。

 四葉は救えなかった。

 あの時三太にどれほどの事が出来ただろうか。



 無い。

 ありはしない。

 どんな選択肢も、自虐的な後悔を生むばかりで、あの時の三太に四葉を救う事なんて出来なかったのだ。




 だが、トトキは今、目の前に居る。


 この細い糸で確かに繋がっている。


 今なら彼女を救えるかもしれないのだ。

 二晩過ごした大切な仲間を、手放す事なんて三太には出来ない。

〝カッコイイ俺〟にそんなことできっこない。

 それはもう、命をかけた意地でありわがままだった。



 わがままは貫いてこそ花だ。



 フレームだけ残ったサングラスで、三太は不敵に笑った。

「やってみろよ!

 俺は死んでもこの手を離さねえぞ!」







 岩石は三太に容赦なく降り注いだ。




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