§23 俺は夏が大好きだぜ!
斎四葉は三太の二つ下の妹であった。
三太とは別の学校に通っていた。
結衣とは同級生だが、名前を知っている程度で交流は無かったようだ。
兄妹は仲が良く、三太がやることを四葉やなんでも真似をした。
要領がいい妹は、教えたことはなんでも自分のものにした。
サーフィンだってそうだ。
初日で立って波に乗れるようになり、四葉はきゃあきゃあ騒いでいた。
……教えるんじゃなかった。
生きる事は後悔の連続で、失敗しない人生なんてない。
どこか達観している三太は、そんな持論を持っていた。
だから『あの時ああすりゃよかったな』と例え話で落ち込むのは三太の性に合わなかった。
むしろ、反吐が出るほど嫌いだった。
それくらいなら正面向いてやる。
後悔と反省は真正面を見据えるためにあるはずだ。
斎三太はそういう男だった。
そんな三太でも、こればかりは後悔し続けていた。
三太が四葉にサーフィンを教えなければ、彼女はあの日、静波に行かなかったかもしれない。ふっと脳裏をよぎった、彼女達だけの旅行は大丈夫だろうか? という予感に従って、無理にでも止めればよかった。いや、もっと……ああしておけば……。
どうすれば妹は死なずにすんだのか、知恵熱が出るほど考え込んでしまう。
しかしそんな手遅れの葛藤を後輩たちには見せたくはなかった。
奴らの前で格好悪い姿を見せられるか。
持論はすなわちプライドであり、そのプライドが三太を支えていた。
だが、妹の死はそんな彼の目の前に再び突き付けられた。
「妙なところで繋がっちまったな」
一行の焚火から少し離れ、渓流をさらに上流へと上ると、ビルほどの高さがある見事な滝に辿りついた。そこで手頃な岩肌に腰を落ち着け、滝壷へと落ちる流水の音を聞きながら、ぼーっとその様を観賞する。
妹の死から目を反らしたくて、山に逃げ込み、そこで出会った不思議な少女との巡りあわせの先には、妹の死の根源が待っていた。
石を拾い上げ、川に投げ込む。
……だからなんだってわけじゃないだろ?
ちょっと動揺して、あいつらに不細工なところを見せちまっただけだ。
……別に……四葉のカタキを討とうだなんて……。
手に握る石に、力が籠る、
「……」
やめろ、抑えろ。
自分を崩すなよ、三太。
「……くそっ」
自分を叱咤したが、胸のなにかが決壊するのを三太は遂に抑える事が出来なかった。
「くそおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
全力を持って、石を滝に投げ込む。
「なんで、四葉が死ななきゃいけなかったんだよッ! 神様のいざこざがなんだって!?
巻き込みやがって……ふざけてんじゃねえよ、くそがあッ!!」
八つ当たりだった。
感情に翻弄されて我を見失う人間ほど、不細工なものはなかった。
そういう恥ずかしい人間にはなりたくなかった。
それでも三太は止められない。
喚きながら石を投げ続けた。
「はぁ……はぁ……ッ!!」
息が切れるまで暴れ、三太は腰を落とした。
そんな三太を冷笑するかのように、滝は何事もなく営みを続けている、
「はぁ……。
あーあ。やっちまったよ」
徐々に冷静さを取り戻し、自嘲して頭を掻く。
「だせぇ。俺もまだまだだな」
いっそ、あの滝に打たれればもっと強靭な精神が手に入るのだろうか?
ならぜひそうしたいところだが、困ったな、着替えが無い。
トランクス一丁になって、帰りはノーパン。
「うーん。それでいくか」
そう決断してズボンをひざ下までずり下ろしたところで、
「――――」
……トトキと目が合った。
「あ、えーっとな」
後を追って来たのだろうか?
またタイミングの悪いところで……さてどうしようか。
「トトキちゃん、ここから先は大人の世界だ。君にはまだ早い。わかるね?」
「――――」
「…………」
「――――」
「…………あー」
無理やり捻りだしたジョークが空振りに終わり、ざあざあという滝の音だけがむなしく響く。トトキはこちらを見つめたまま、無言で立っていた。
「……さっきの、見てた聞いてた?」
返事をしない。
「やだ恥ずかしい。
とりあえず、小高達には内緒な?」
やはり、微動だにしない。
冗談で誤魔化すのは無理か。
「……トトキちゃんのせいだなんて思ってない」
トトキの頭に触れると、やっとぴくりと反応してくれた。
そして悲しそうな顔でゆっくり首を横に振る。
「判ってる。半分嘘だ。
気持ちのどこかでは誰かれ構わす当り散らして、何かを晴らしたいと思ってる。
けど俺はそういう男じゃない。
俺はカッコイイんだ。カッコイイ俺は、トトキちゃんに八つ当たりなんかしねぇ」
平たい石を手に取り、スナップをかけて川に投げる。
「人間ね、〝こうなりたい自分〟を崩したらお終いなんだよ。
たとえ妹が死んじまってもね。
神様たちはどうだかしらないけどさ」
三回ほど水の上を跳ねて、石は川に沈んだ。
「未来の自分を見失ったら、後は腐っていくばかりだ。
だから俺は四葉に胸を張れるほどカッコイイし、カッコイイ俺は知ってる。
トトキちゃんがどんな娘か知ってる。
本名も趣味も年齢も知らないけど、思い詰めやすくて責任を抱え込んじまい、そのせいで余計に話をややこしくしてしまう不器用で優しい女の子だって知ってる。
人懐っこくて騙されやすくて、どこかほっとけない娘だって知ってる。
合宿ってそういうのをわかりあうためにあるんだぜ」
岩に座り込んで、ちょいちょいっとトトキを呼ぶ。
「だからわかるさ。
トトキちゃんはその時、事件を食い止めようと必死だったんだ」
トトキが動かなかったため、強引に引き寄せて隣に座らせた。
「トトキちゃん。
俺たちとのキャンプ、楽しかったか?」
するとトトキが初めてはっきりと意思を示した。
大きく頷いて肯定する。
「そうだ。夏はいいだろ。
キャンプして、一緒に飯食って、魚釣って、花火見てかき氷喰うんだ。
偶然出会った人となんのわだかまりもなくなるほど楽しめるんだ。
恋愛したり、恋愛沙汰をニヤニヤ見物したり、ちょこっと冒険しちまったりな。
俺は夏が大好きだ。夏を一緒に楽しめる仲間が大好きだ。
だから俺はトトキちゃんが大好きだ。
大好きなトトキちゃんが、俺のせいで凹んでるのは見たくないんだ」
「――――」
な? っと頭を撫でると、トトキはやっと笑みらしいものを浮かべてくれた。
ふぅ、よかった。三太は空を仰いだ。
深緑の隙間を縫うように輝く日の光が眩しい。
「四葉にも、夏が来るはずだったのにな」
思わず口をついて、しまった、と思った。
気が緩んで本心が零れてしまったのだ。
「いや、その、悪い……っ」
慌てて取り繕う。
だがトトキはもう悲しそうな顔は見せなかった。
困ったような、無理しているような、……しかし確かに笑顔で答えてくれた。
「うん。
トトキちゃんは笑ってるのが似合う」
トトキの頭をもう一度撫でると、トトキはくすぐったそうに眼を細めた。




