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§22 六月の巨大台風


 結局五対九で藤也は惨敗し、日が高くなって来たころに昼食となった。

 焚火の周りを串に刺さった魚が取り囲んでいる。



 ここは定番、鮎の塩焼きだ。



「そろそろいいかな」

 部長が一本拾い、焼き加減を見る。

「ちょうどいいぜ」



 GOサインを受けた結衣が火箸で串を引き抜き、腹をすかせた一同に配っていく。



 部長は鼻歌交じりに何かを取りだした。



 チョコソースだ。



 恐るべきことにその茶色い粘体を塩焼きした鮎の腹にどっぷり着けて、げんなりしている視線をものともせずに口に運んだ。

「お! こいつはアタリだ!

 かなりうまいぞ!!」

 ※本品の感想は使用者の体感であり、味覚、効用には個人差があります。

「小高も喰ってみろよ」

「結構です」

「今度にぼしでチョコフォンデュしようぜ」

「一人でやってろ!」

 なんか、もー、お魚さんに謝れ!

「なんだ、地上ではあんな食べ方が流行っているのか?」

「あれは例外ですよ」

 結衣はそう言って鮎を引き抜くと、その上にどっぷりチョコを垂らした。

「はい」

 っとその例外を宇治金時に寄越す。



 怖ぇ! 露骨ないじめ超怖ぇ!!



「あの、これは?」

「美味しいらしいですよ。はい、天野先輩」

「わーい☆」

 もちろん海斗とトトキには普通の鮎が渡される。

 宇治金時のウサ耳がしょんぼりとした。

「霧崎結衣。

 憎しみからは何も生まれないと思う」

「早く食べないと冷めますよ?」

 やべえあの人泣きそうだよ。

 宇治金時はぶんぶん振ってチョコを弾き飛ばし、薄皮を剥いで鮎に喰い付いた。

 あーあ。あれじゃ塩焼きが台無しだよ。

 憐れみながら藤也は鮎を口にする。

 ざくっとした歯ごたえに、塩の効いた脂がまたうまい。

「話の続きをしよう」

 ぐすんと半泣き状態の宇治金時が言った。



「先程の話で気になる部分がある。

 その〝悪の組織〟が姫を生かして捕らえようとした理由についてだ。

 姫に濡れ衣を着せ続けるという目的は理解できるが、それだけでは腑に落ちない」


「他にも目的があると言いたいんだな」

 部長が言うと、宇治金時は頷いた。

「ともすれば、そいつらの計画は進行中なのかもしれない。

 それを我々に悟られないよう、姫を泳がせ、そして生かして捕らえようとした。

 そうすれば我らの目は姫に引き付けられるからな」

 トトキが大きく頷く。その通りらしい。

「トトキが昨日の晩向かおうとしていた目的地に、何かあるのかもな」

 藤也が言うと、トトキはさらにふんふん頷いた。

「黒幕の計画ってやっぱり、すっごく悪くてまずい事なんだな?」

 さらに藤也が聞くと、トトキは脇をしめ、タメた後に大きく広げてどっかーんっと爆発を表現した。

 どうやらずいぶんとんでもない事が起こるようだ。

「というかね、海斗、ずっと気になってたんだけど」



 早くも一本目を食べ終えた海斗が身を乗り出した。



「事件とか惨劇とか宇治金時ちゃん言ってるけどさ、結局何が起こったの?」

 言われてみれば、肝心なことを忘れていた。時系列で言えばそっちが先なのだろうが、どうも目の前の情報ばかりに気を取られすぎていたようだ。



 すると宇治金時はため息をついて、

「それを言おうとしたところで、先程お前が遮ったのだ」

「えー、そうだっけ?」

 こいつのとぼけっぷりには安定感があるよな。

「だって、神様の世界の話だから、藤也達には関係ないと思ってたもん」

「何を馬鹿な。

 災いは地上の人間に振りかかったのだ」

「そうなの? じゃあもうじゃましないから、おしえてー」

「この娘、ちょっとここが弱いのか?」

 ツンツンと頭をさして宇治金時が言う。



「それ、娘じゃねえから。男だから」



 ちゃんと訂正してあげると、石みたいに硬直してしまった。

 正常な反応だと思うよ。





「その災いというのは、やっぱり海上で起きたのか?」

 部長が言うと、宇治金時は頷いた。

 すると部長は、様子を伺うように、



「……六月の、巨大台風……」



「心当たりがあるのか?」

 そういえば、ニュースでそんなのやってたっけ。



 日本からほど近い太平洋に突如として巨大な勢力の台風が発生して、そして静岡あたりに当て逃げするように弧を描いて上陸、一日もしないで消滅してしまったという異常気象だ。現地では甚大な被害で人命まで奪われたとか。



 季節としてはちょっと早すぎるし、そもそも台風はフィリピン沖あたりで生まれて徐々に徐々に日本側に北上していくのが普通だ。

 ニュースなんかで地球温暖化が原因どうのこうの言っていたが、まさか事件とはその台風の事を言っていたのだろうか?

「あの台風こそが全ての発端だったのだ。あんなものを引き起こす事が出来るのは、この近辺では姫様しか居ない」



 ばきり、っと、竹を割る音が鳴った。



 何事かと注目すると、部長が鮎を刺していた串を圧し折った音だった。

「…………――――」

 皆に注目されても、部長は無言で微動だにしない。

 殺気立っていた。

 こんな部長は初めてだった。

 グラサン越しに何かを抑えるような、しかしそれでも漏れ出す怒りがわかる。



「……部長?」

 少しして藤也が声をかけると、部長はすっと立ち上がり、



「すまん。ちょっと、散歩に行ってくる」

 と言うと返事も待たずにどこかへ行ってしまった。



「部長、どうしたんだろ?」

 海斗が困った顔で言ってきたが、藤也にはわからなかった。

「部長は、

 今年妹さんを亡くしているんです」

 その疑問には結衣が答えてくれた。

「六月、静岡に友達と旅行に行って、巨大台風に巻き込まれたそうです」



 ――そんな話、初めて聞いたぞ。



「部長はあんまり弱いところを見せたがりませんから、誰にも話さなかったんですよ」

「じゃあなんで結衣ちゃんは知ってるの?」

「私は妹さんとは同じ中学の同級生でしたから、たまたま耳に入りました。

 あの時はなにか声を掛けようかと思いましたが、何事もなかったかのように平然としていたのでこっちが呆気にとられてしまいました。

 でも……平気なわけなかったんです。

 だから、部長は合宿の予定を、山のキャンプに変えてしまったのかもしれません」

 海に行くのは辛かったのでしょう、と結衣は言った。




〝湘南はド素人発言だなー。

 行くなら静波だろ〟

〝やだ。サーフィン飽きたし〟



 キャンプが始まった当初の部長の言葉を思い出す。

 嫌な予感がしてきた。



「霧崎。……先輩の妹さんって何しに静岡に行ったんだ?」

 そういうと、結衣は火箸で焚火を突きながら、



「彼女はうちの中学ではサーフィンの得意な子としてちょっとした有名人でした。

 あとは判りません。そんなに親しくなかったので」

 と言った。

 静波は静岡の海水浴場で、時期的にも海開き早々の頃だ。

 人気サーフスポットが賑わう前に練習しようとしたのかもしれない。

 妹さんがサーファーでなければ、事件に巻き込まれずに済んだのだろうか?

 藤也はそんな可能性を考えてしまって、サーフィンを教えてくれと部長に迫ったのを、酷く悔いた。知らなかったとはいえ、酷い事を言ってしまったな。



「――――」

 突然、トトキが立ち上がった。

「あなたが行っても、慰めようがありませんよ」



 結衣がそう言うが、トトキの意思は固い。



 事件の当事者として妹さんの死に責任を感じているのだろう。

「トトキ。頼めるか?」

 トトキは大きく頷いた。


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