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§1 山で合宿! サーフィン部!



 さて諸君。



 サーフィン部と聞いて、いったいどのような印象を受けるだろうか?




 湘南の海に、ボードを片手にダイビングスーツでびしっと決めた四、五人の男女が、他のチャラチャラした海水客を押し退けて荒波に突入する。





 ウェーブを支配する度に歓声が上がり、うちに一人くらいはこの夏の伝説になる――。

 ちょっとロマンを盛りすぎた気もするが、だいたいそんなところじゃないだろうか?



「……なにをやってるんだろうな、俺」




 甲斐葉高校二年生にして、サーフィン部の小高藤也は、斧を振りおろし薪をカチ割りながらため息をついた。




 サーフィン部。波を征する夢を持った少年少女の集まり。



 ……にもかかわらず、シーズンの真っ直中、彼らは生活圏からけっこう離れた山林にてキャンプに勤しんでいた。




 草野球が出来そうなほどの面積の広場に、免許取りたての部長が借りて来たハイエースワゴンが置いてある。男性用テント、女性用テントを一基づつ設置し、それらを伝うようにタープを張り、屋根にした調理場と、煉瓦で組んだ自前のコンロ。



 設営に半日掛った、わりと本格的なキャンプである。

 だがくれぐれも繰り返すが、藤也達はサーフィン部である。

 これが夏の合宿と銘打ってあるのだから冗談だと思いたい。



「小高ァ! 夏を満喫してるかい!?」



 未成年でありながら白昼堂々酒瓶、しかも泡盛を片手に吠えるのは、我らがサーフィン部創立者にして部長の斎三太いつきさんただ。

 左右に分けられたロングヘアーに、皮ジャンとジーパン姿。年代無視したロックスターのようなスタイルである。




 さらに奇妙なのは彼の装着するサングラス。フレームが横に間延びした六角形なのだ。クリスタルを薄っぺらくカットした形を想像して頂ければいいだろう。



 それにしても、暑苦しいから皮ジャンを脱いで欲しいものだ。



「夏は良いだろう? 皆でテント張って、薪を割って晩飯作るんだ。

 俺は夏が大好きだぜ」

「部長」

 藤也はこの校則ガン無視の先輩に尋ねる。

「おう?」

 ロン毛は胸を叩いてこう言った。

「悩みがあったら、このカッコイイ俺の胸を借りるがいいぞ!」

「サーフィンしたいっす」

「却下だ」

 サーフィン部部員がサーフィンをしたいとサーフィン部部長に心願してコンマ五秒で却下されてしまった。



「なんでなんすかっ!?

 俺たちサーフィン部ですよ!

 甲子園や花園を目指すように、湘南とか目指すべきでしょうっ!?」

「湘南はド素人発言だなー。そこで行くなら静波だろ」

「いや知らないっすよ!

 てか教えてくださいよ!!

 ここどこだと思ってんすか!?

 岐阜ですよ、岐阜ッ!

 先輩がサーフィンやればモテるっていうから一年バイトしてサーフボードまで買ったのに、なんでったって今俺ら日本のど真ん中、海ない県に来てるんですか!?」



「うむ。ここまで届くビックウェーブなら、さぞ乗りがいがあるだろうな」



「そりゃ津波だよ! もうセカンドインパクトクラスの津波だよ!!

 藤岡弘、とか草薙剛とかノアの箱舟とかそんなんが必要な事態だよ!!」

「わはは。お前は乗せてやんねぇからな」

「あんたは助かる前提かよ!?」



 ……あー、いかんいかん。またこの人のペースに持ってかれてしまった。

 一通り突っ込んでから、一息……クールダウンする。

「冗談抜きで、これ終わったら今度こそサーフィン連れてってくれるんですよね?」



「やだ。サーフィン飽きたし」



 こりゃまいった。衝撃発言である。

 藤也は二の句が出ない。




「だってさー、サーフィン部なんて看板かけてるけど、うち公には水泳部だぜ?

 弱小とはいえ、あんまり遊びすぎるのもなんかなーって思ってさー」



「……すげぇ、これっぽっちもキャンプする理由になってないわ……」



「とーおーやーっ!」



 バカみたいに上機嫌な声を出して、木々の向こうから何かが飛び出してきた。



「つーかーまーえ……たっ!」

「えぶしっ!」

 勢いを殺さない体当たりをぶちかまし、不意を突かれた藤也は転がった。




「あれれ……ハグしようと思ったのに、ボディチャージしちゃった」

 下腹部にインパクトを受け、悶絶する藤也を尻目に惚けた声を出す。

 クラスメイトの天野海斗あまのかいとである。

 髪には両端にクロワッサンのようなカールをかけたやつが二つ。

 丸く大きな瞳が甘いルックスを引き立てている。

 メイド服だ。

 山の中、フリフリのメイド服だ。

 このくっそ暑い中、メイド服だ。

 手には拳銃のモデルガンを一丁。


 どうよこの格好。

 奴もサーフィン部だが、やはりサーフィンをするつもりはさらさらないようだ。

 てゆうかまじめにキャンプする気も感じられない。



「小高を捕まえ損ねたな」

「あ、ぶちょー!

 マグナムすごかったよ!

 BB弾が岩にめり込んじゃった!」

「そうだろう? さすがは俺カスタムだ。

 ガス圧を極限まで弄って、しかも弾はBB弾じゃなくて金属製のベアリング弾だぜ。

 人骨だって砕ける。おおっと、こっちに銃口向けないでくれよ」



「そんなことしないよぉー」



 じゅんっ。



 銃刀法違反型マグナム弾が、やっとこさ起き上った藤也の頬をかすめる。



「……」

 患部に違和感。

 ぬぐうと、血液がべっとり。

 少し切れて流血したようだ。



「誤射しちゃった。てへ☆」



 舌をチロっと出し、自分の頭をコブシでこつん☆






 藤也の怒りが爆発した。






「ぶっ殺してやる」

 藤也は飛び掛り、海斗を押さえつけてマウントポジションを取った。

「きゃーっ!

 おーかーさーれーるっ!!」


「甲高い声でわめくな!

 まずその暑苦しい服を剥いでやるッ!!」

「やめてぇ!

 か弱い乙女になんてことするのっ!?」




「乙女だぁ!? ふざけんなッ!!」




 メイド服のフリフリ部分を掴み、





「お前は生物学上男だろうがッ!!

 こんのオカマやろぉーーーーっ!!」




 ズバァっと力任せに裂くッ!!

「いやぁぁっ!

 六千円もしたのにぃッ!!」



 裂け目から垣間見る白い肌とまっ平らな胸を両手で隠し、海斗は抗議の声を上げた。



「知るか。これに懲りたら二度とそんな格好するんじゃねぇ!」

 藤也は相手を解放しながら言った。

「鬼っ! 鬼畜っ! 鬼畜ゲー主人公ッ!!

 それに海斗、オカマじゃないもんっ!

 男の娘だもんッ!!

 ちゃんと訂正してよッ!!」

「ジャンルだけ上手に言ったらなんでも丸く収まると思ってんじゃねぇぇぇ!

 どんなに可愛くてもなぁ、お前はただの女装フェチ野郎だッ!!」

 とどめを刺すつもりで人差し指を突きつけて吼えた。



 が、海斗はにやりと笑みを返して、

「……可愛いのは認めちゃうんだ」



 しまったぁー。



「前言撤回。今のは、なんだ。

 ……いわゆる慣用表現だ」

「お前の誕生日は国語辞典を買ってやる」

 脇で部長が呟く。




「えへへー、もう遅いもん。藤也は海斗のこと、可愛いっていっちゃったもん。

 ……付き合ってあげてもいいよ?」

「調子にのんじゃねぇばぁーか」

 藤也はアホらしくなり、相手するのをやめた。



 叩き割った薪を手に、二人を無視してテントの側に迎い、夕飯の支度の進行を伺うことにする。




「……」



 ――しゃかしゃかじゃか。



 そこには女子生徒が、……より正確に表現をするのであれば、〝本物の〟女子生徒が一人居た。

 髪は栗毛色の短髪で、ヘアピンで纏めてある。

 服装は学校指定の赤いジャージだ。

 胸に白く校章が印字してある。

 彼女はクーラーボックスを座席に、イヤホンで音楽を聴いていた。

 少し音量があるようだ。音が漏れている。


 ――しゃかじゃかしゃかじゃか。



 その尻の下には、先日藤也が熱射と戦って買い出しした貴重な食材が入っていた。

 中身が出された様子も、ましてや調理されている形跡も無い。



 ――しゃかしゃかしゃか。

「霧崎」

 ――しゃかしゃかでーん。

「おい」

 ――どっどっどっど。

「……」

 藤也は無言で女子生徒の側に向かった。

 深呼吸、――爆破。



「きぃぃーーりぃーーさぁーーきぃッ!!」



「……」

 女子生徒、霧崎結衣きりさきゆいはこちらをちらっと見ると、ふぅとため息をつき、イヤホンをはずした。



「聞こえてます」

「なら返事をしろ」

「聞こえないふりしてたんです」

「ではなぜ先輩を前に聞こえないふりをしていたのか五十文字以内で説明しなさい。

 はりきって、どうぞ!」




「め・ん・ど・い」




 四文字。せめて十五文字以上の制限を設けるべきだったか。

「……まあいい。俺は寛大だ。

 聞かなかったことにしてやる」

 藤也はこめかみに青筋が走るのを自覚したが、相手は本物の女の子。

 ジャージを引き裂くわけにもいかないし、ここはぐっとこらえた。

「時に霧崎。お前は晩ご飯係だったはずだが、そこんとこ順調かね?」

「私、今日、サーフィンやりにきたんです。今は波待ちです」

「ここは岐阜だぞ」

「じゃあここまで届くビックウェーブを待ちます」

 どうしてあんたらはやたらめったらに日本を沈没させたがるんだ。

「OK。要するに何もしないって言ってるんだな?」

「そうは言ってません。ちゃんと、サーフィン部として波を待ってますから」



 ひっちゃかめっちゃかだよこいつら。



 こいつらの相手をするのもバカらしいが、食いっぱぐれるのも勘弁だ。

 藤也は煉瓦を組んで造った自作コンロに火を入れると、油を引いて肉を焼き始めた。

「小高先輩、料理するのわりと様になってますよ」

 後ろから挑発的なエールが届く。

 藤也は先ほどのモデルガンで全員射殺する妄想を描きながら焼きそばを投入した。




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